仕事をサボろう

「馬鹿で遊ぶのは楽しいんだが、時間ばかり無駄に過ぎるな」

「流石に下着に入れるのはちょっと、ね?」


 全力で自分の太ももを擦り合わせていたミシュが、不意に全身を震わせると……そのままぐったりとして動かなくなった。

 後始末はメイドさんたちに委ねると、汚物を運ぶかのように……嫌々何処かへ運ばれて行った。


 まあ良い。あの手のタイプはしばらくすると勝手に復活するはずだ。


「で、これで良いのか?」

「はい」

「"アルグスタ・フォン・ドラグナイト"と"ノイエ・フォン・ドラグナイト"ね。家名は『ドラグナイト』ってことで良いんだな?」

「ですね」


 ピラピラと提出した家名申請の紙を振ってくる。


「この家名の意味は?」

「ドラゴンを倒せそうな名前ってことで」

「ノイエの希望か?」

「はい」

「……ぞっこんだな。本当に」


 よせやい。事実だから否定はしないぞ?


「正直色々と悩んで、延々と提出されない方が厄介だったからこれでも良いけどな」

「そうなんですか?」

「……手続きとか面倒臭いんだよ。家系図からお前の名前を抜いて新しく作らないとならないしな」

「あ~。お手数かけます」


 別にこの人がやる訳じゃ無いのは知ってるけどね。

 恩を売って来る相手に、頭を下げることぐらい抵抗など無い。


「あと急ぐようなことは……無いな。今日はどうする?」

「書類の山と睨めっこですかね?」

「真面目だな。そんなに仕事をしてて楽しいか?」

「誰の仕事! ねぇ!」

「男だったら細かいことは気にするな」


 あれ~。僕がちっさい男扱いされる不思議な展開っ!


 ぼんやりと天井を見た彼がパンと膝を叩いた。


「良し行くぞ」

「何処にですか?」

「魔法のことを何となく説明してやる」

「……」


 何となくが気になったけど、それには興味があるかも。




「到着っと」

「……」

「どうしたアルグ?」

「……」


 二人乗りの馬から降りてからこっそり茂みの方へ。

 もう二度とこの人の馬に乗らない。うっぷ……えろえろ……。


「何だ? だらしの無い。男だったら女も馬も気性の荒いのを操ってなんぼだぞ?」

「そうですよ。特に気性の荒い馬は、走り出したらいい感じで止まらないから良いんです。ずっと上下に揺らされているとすっごく気持ち良くなって……あれ? ちょっと? 何で皆して私を持ち上げて? ってそっちは生ごみを捨てる場所~!」


 口元を拭っている間に重そうな鎧を着た人たちによって馬鹿が退治された。

 いつの間にやら復活して先回りしているとか……無駄な所で高性能だな。


 と、そんなゴツイ鎧集団の中から女性が前に出て来る。

 一応鎧姿だけどこっちは皮鎧的な軽装だ。


「ハーフレン様。ミシュはどうにかなりませんか?」

「諦めろ。頑張ってルッテを鍛え上げるんだな」

「彼女は一応私の後釜のはずでは?」

「彼氏が卒業するまでは確り働け」

「もうっ」


 慣れた感じで兄と話をする人物は、金色の髪が背中まで伸びた女性だ。

 クルッとこっちを体ごと向いた彼女は、美人と言うより可愛い感じの人だった。


「お久しぶりですアルグスタ様。確か直接お会いするのは5年振りでしょうか?」

「どうも。お久しぶりです」

「?」


 そんな訝しむ様な目で見ないで~。

 って何で彼女の向こうで笑ってるの! この糞兄貴っ!


「悪いなフレア。大病を患った時に使用した術式の影響で、アルグは記憶障害が残ってな」

「そうでしたか。失礼しました」

「いえ。気にしないで下さい」


 自分の知らない設定がっ!

 記憶障害って何さ? ちょっと格好良くない?


 フレアさんの隙を見て馬鹿兄貴の横へと移動する。

 ニヤニヤ笑うその横顔を全力で殴りたい。


「お前はノイエとの結婚式の前に大病に罹り生死の縁を彷徨った。で、宮廷の魔法使いたちに大規模術式を使わせて助かったということになってる。

 お前の変な言動は全て記憶障害扱いになるから、全力で恥を晒して生きて行け」


 良し。殴ろう。

 ガードされて逆に殴られた。


「フレア? ノイエは?」

「はい。先ほど食事をしていましたが、東の空にドラゴンが見えたと思ったら飛び出して行きました」


 兄とフレアさんが揃ってこっちに呆れ果てた視線を向けて来る。


 えっ? えっ? 何でみんなして僕を見るかな?


「いやな。お前の努力でノイエのあの条件反射でドラゴンを追うのをどうにかして欲しいな、と」

「せめてもう少しだけ堪えてくれると助かるのですが?」

「……今後の成長に期待と言うことでどうでしょうか?」


 あ~。どうしてそんな深いため息をっ!

 ノイエさんのドラゴンに対する執着はたぶん治らないと思うよ?




 それから僕らはノイエさんの部下の人たちに会った。

 どれもこれも分厚い鉄の鎧を着た屈強な男の人たちだ。


「人を相手するならどうにかなるが、ドラゴン相手だと死体を運ぶくらいにしか使えん奴らだ」

「だから返せっ! 僕の興奮をっ!」

「そうです。この人たちはみんなフレアの味方で、いつも私を蔑ろにって、最後まで言わせて~」


 慣れた手つきで部下の人たちが馬鹿を運んで行ってくれた。

 本当にあの手の人は復活が早くて困る。


「ところで王……ハーフレン様。今日はどうして私たちの元へ?」


 フレアさんが言い直したのは"王子"が二人居るからだろう。

 結構な確率で忘れるけど、僕って立場上王子様なんだよね。


「ああ。この馬鹿が魔法のことすら忘れてな……王都近郊で魔法を見せられる場所と言ったらここぐらいだろう?」

「ええ。でも」

「王都内ではドラゴン相手以外にノイエの魔法は使えんよ。そんなことをしたら貴族のアホどもが何を言い出すか」

「一応私も上級貴族の娘なので、そう言われると少々」

「私も下級貴族のぉ~。早いって! もう少し~」


 そのままその馬鹿をドラゴンの餌とかに出来ませんか?




(c) 甲斐八雲

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