料理はダメ

「ところでアルグよ」

「はい?」

「お前が住んでいた世界で、こっちの世界に広めたい物とかあるのか?」

「ん~」


 広めたい物ね。

 強いて言うとノイエさんの肌着姿が辛かったけど、昨日の夜に色々と吹っ切れたからな。

 何よりブラジャーの作り方なんて知らないしね。


「こんなのがあったら便利だなとか、こんな知識を広げたいとか」


 ニヤッと嫌な笑みを寄こす。


「こんな武器があれば戦争に勝てるとか」


 はいアウト~。


「そんな知識はあっても教えません」

「ほう。何でだ?」

「決まってるじゃないですか? こっちが作って使えば、相手はその技術を欲しがって似た物を作る。そうすればお互い潰し合いです。

 それに何か作るならノイエさんが安全にドラゴン退治できる物を考えます」

「……お前って意外と惚れた女を大切にするんだな」


 真顔で何てことを言うのかなっ!

 恥ずかしいから右ストレートを繰り出したらカウンターで左スレートを食らった。


 痛い。一発も殴れない。


「止めとけ止めとけ。俺は強いぞ」


 笑いながら軽く曲げた腕の筋肉が凄い。5人の妾さんとか……ん?


「はい質問」

「何だ?」

「……5人の妾さんって、まとめて相手をしてるんですか?」


 下品な笑いがある意味答えだった。


「決まっているだろう? 俺の度量は一気に5人の腰を抜かすぐらい朝飯前だ」

「……」

「ついでに夕飯後も抜かしてるけどな」

「比喩じゃ無くて事実だったのね!」


 もうやだ。この変態親子。

 ニタニタ笑う彼の表情が元に戻った。


「まあ良い。ならお前は前の世界の知識を広める気は無いんだな?」

「ん~。道具とかなら使ったことのある物だったら再現できると思うけど、知識とかって結構うろ覚えなんですよね。そんな知識で変な物を作っても失敗しそうだし……」


 仮に今の知識で確実に作れる物って何だろう?


「海水から塩を得るとか?」

「そんなのその辺のガキでも知ってるな」

「ん~。あとは簡単な料理とかかな?」

「王族が料理をするな。戦場でならいざ知らず、屋敷でそんなことをしていると知られると、貴族どもにどんな酷い噂を広げられるか」


 うわ~。それは正直面倒臭いかな。


「なら自信を持って勧められる知識は無いですね」

「そっか。ならさっきの管ぐらいか」

「そうですね」


 伝声菅は小学生でも理解出来る科学実験の域だしね。いずれ誰か気づきそうなネタかもしれない。


 うんうんと頷いた兄が、何故か知らないけどまた笑いだした。


「良かったなアルグ。お前が無能で」

「言葉の意味を問いたい」

「そのまんまだよ。もしお前の頭が良すぎたら問題になってた」


 はい? どういう事ですか?


 クククと笑う彼が、壁に掛けられたデカい物を指す。

 紙に描かれた……たぶん地図かな?


「あれがこの大陸の地図だ。でもどこがどの国なのか……正確には伝わっていない。

 そもそもあれを作った技術も潰えている。理由は分かるか?」

「さあ?」

「技術を得ようと各国が争い殺し合ったからだ」

「ころっ」

「そうだ。お前が言ったろ? どんな技術もあっちが持っていれば欲しくなるんだ。

 結果として殺し合いになり戦争になる。だから異なる世界の者を呼びだす召喚は禁忌になった」

「……」

「ただ大国などは秘密裏に行っている節もある。仮にそれが明るみになれば、残りの国は連合軍を起こして全力で叩くだろうがな」


 え~っ! 意外とビックリな話なんですけど?

 異世界チートってアニメとか漫画とかだとみんなに感謝されるんじゃないの?


「あの~? 仮に伝えた知識が医術とかだったら?」

「それなら言い訳がしやすい。『偶然やったら良い結果が出た』と言い切れば良い。でも今までにない武器を作りだしたらどう説明する? 偶然? 誰がそんな言葉を信じる?」

「……」

「この世界は、異なる世界からの知識で一度大いに発展した。そして潰し合いをして滅びかけた過去がある。だからこそ異なる世界の知識は『恐ろしい物』なんだ。ノイエのようにな」


 ズンと心に響いた。


 目に見える恐怖がノイエさんなら、異なる世界の知識……それが目に見えない恐怖なんだ。

 そしてこの世界はとにかく恐怖を恐れる傾向が強い。でもそれは一度滅びかけた過去があるから、か。


「僕は自分の中の知識をひけらかしたりしないことにします」

「そうか」

「でも仮に……この知識で人を救えるなら、その時は使うかもしれません」

「そうか」

「……こんなことを言ったら誰かに怒られますかね?」

「親父辺りが多少文句を言うかもしれんがな。でも俺と兄貴は文句を言わんさ」


 なら良いかな。

 国王様には……うん。僕の知識でどうにかしてあげられることは無いか。


「さてと。そんな兄貴からお前に仕事だ」

「ふぇ?」

「仕事を欲したのはお前だろう」


 何やら書類の山をごそごそし出した彼が一枚の紙を手にした。


「基本は俺の下でこの書類の山と遊ぶのが通常の業務だ。立場としては近衛団長付きの秘書見習いだ」

「すっごい下っ端感があるんですけど?」

「気にするな。取って付けたもんだ。次にこれだな」

「何ですかこれ?」


 互いのソファーの中央に置かれているセンターテーブル上にそれは置かれた。

 さっきの紙だ。内容は、


「家名申請?」

「そうだ。分家となるお前の家名を決めろ」

「……はい質問」

「何だ?」

「分家になる意味がいまいち分からないのですが?」

「ああ」


 軽く頷いて笑った。


「ノイエ以外の嫁を強制的に得たいなら王子のままでも良いぞ?」


 良し考えよう。って何故に?




(c) 甲斐八雲

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