腰抜け

「それでアルグよ? お前は結局……一晩中ノイエを抱きしめて眠っただけだと言うのだな?」

「……弁解の余地もございません」

「そこまでしておいて、なぜやらん? 腰抜けか? 玉無しか? 恥を知れっ!」


 一方的な非難を素直に受け入れるしかない。


 今日も今日とて兄の執務室に来て、昨夜のことを聞かれた。

『俺様があれほどの知識を与えたんだから失敗とか無いよな?』と物凄い圧力を受け……包み隠さず説明したら、頂いた言葉が罵詈雑言だった。


 頑張ったのよ?


 ランプの明かりを消して、彼女にキスしながら胸を触って。

『あ~。おっぱいって本当に柔らかいんだなって~』って感動してたら、部屋の外からメイドさんのくしゃみの声が聞こえて来た。


 それがスイッチになって一気に現実に戻ってしまった。

 全部聞かれると思ったら物凄く恥ずかしくなって、結局相手を抱きしめて眠った訳だ。


 成長したよね? 大成長だよっ!


「黙れこの童貞野郎がっ」

「はぐぅわっ!」


 へへ。もう何も言い返せないぜ。


 ガシガシと頭を掻いた兄が立ち上がり、昨日同様に向かいの席に座った。


「メイドなんてその辺の石。部屋の隅のゴミ。ベッドの染みぐらいに思え」

「……いや無理です」

「かぁ~情けない。親父ならわざわざメイドを集めてやり始めるぞ?」

「どんな剛の者っすか?」

「それでお袋の怒りを買って危うく切られそうになったんだからな」


 何処の何を?


 ガシガシと頭を掻き続ける彼は、フッと息を吐いて笑った。


「まあ俺としては昨日言い忘れてた言葉があったから丁度良かったがな。

 ってなんで身構えている? 今から言うのは普通に有り難いお兄様の言葉だ」


 あの父親の息子って時点で信用ならないんだけど。


 軽く身を乗り出して来ると、ジッと僕の顔を見つめて来た。


「良いかアルグ? 女を抱くって言うのはその体だけを抱くんじゃない。相手の全てを抱く覚悟で……自分の度量の広さを見せるもんだ。

 ノイエは色々と厄介な存在ではあるが、それでも普通に女だ。だったら抱きしめる以上……その全てを確りと受け入れて、飲み込む覚悟を見せろ。良いな?」

「……はい」


 ヤバい。本当に良い言葉だった。


「ちなみに俺の度量はまだまだ余裕があるから、あと10人は大丈夫だけどな」

「本当に残念極まりない親子だよあんた等わ!」


 返せっ! 俺の感動を今すぐ返せっ!




「で、屋敷の変更だと?」

「ふぁい」


 感情のまま殴り掛かったらカウンターでボコボコにされた。くそう。強すぎる。


 床に伏して背中を踏まれつつ、とりあえず命乞いがてら申し出たのが部屋の変更だった。


 互いにソファーに戻り、腕を組んで唸った彼が外に居るメイドさんを呼んで僕の屋敷の図面を取り寄せてくれた。


 届けられた図面で知った限りでは……これで本当に小さい方なんですか?

 夫婦寝室。将来の子供部屋として複数の空き部屋。お客様用としての部屋。メイドさんなどの使用人たちの部屋。キッチンや浴場などその他いろいろ……小さな規模の学校くらいな大きさに見える。


「どこを変更したい? 叔父のように寝室に風呂とか止めておけ。夏は蒸すし冬は冷えるぞ」

「何ですかその無駄な贅沢は?」

「それともベッドをとにかく広くしたいとかか? あれは『うへへ。ここで女を何人も囲うのだ~』とか言って没落した貴族が寂しく死んだ話が多いぞ?」

「違いますって。部屋の外にメイドさんが居るのが嫌なんです」

「またそれか? 本当にちっさいな」


 煩いよ。気になったら出来ないんだから仕方ないでしょ。


 やれやれと肩を竦める彼が、図面で寝室の辺りを指さす。


「それでどうする?」

「ん~。この部分にメイドさん用の小さな部屋とか作れますか? 仮眠ベッドを置いて常に二人で居れるような感じで」

「可能だな。でも叫んでも声が届かんぞ?」

「そこであれです。……この国は鉄で管とか作れますか?」

「管? 鉄でか?」


 軍事関係に詳しいって話だったから相談したんだけど、その表情はかなり渋い。


「噴水とかで使っている銅管ならあるが……あれじゃダメか?」

「あるならそっちが良いです」


 水道管とかあるんだ。そっちの一般知識が欲しいな。


「その管をこれくらいの細さで作って貰えますか?」

「ああ出来るぞ」

「それで寝室のベッドの横にこう縦で繋いで、天井付近で横にして貰って、ここをこう通して……メイドさんの部屋に」

「うむうむ」

「それでこっちと向こうに蓋を付けて貰えれば良いです」

「出来るな。で、これって何なんだ?」

「簡易的な通話装置です。伝声菅でんせいかんと言います。この管の横に同じ感じでもう一本作って貰い、片方の中に糸を通して両端に鈴をつけます。

 使う時に鈴を鳴らして、鈴の無い管に向かい声を掛けると相手側に伝わるんです」

「本当か~?」


 糸電話よりも正確だよ?


 電気を用いらない内通電話として船とかで用いられていたし、科学館とかで『試せる科学実験』として広く普及していた物です。

 僕の知識もそんな科学館で得ました。


「一度実験してみてください。それでダメなら鈴だけ通して用があったら鳴らせば良い」

「まあな。それぐらいなら今から変更しても大きな騒ぎにならないな。あとで指示しておくよ」


 言いながらチラッと本棚の方を見たけど……何の意味があるのかな?




(c) 甲斐八雲

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