ランプを消して

「ノノノ、ノイエ?」

「……」


 ああっ! 何か物凄く柔らかいモノが僕の胸にっ!

 押し付けないで~。そんな柔らかいのに自己主張が激しいとかどんな凶器ですか?


「……」


 ん? 何か呟いている?


「抱き付く。胸を押し付ける。あとは……」


 納得。また誰かの入れ知恵か……って、あの売れ残りがぁ~っ! 明日絶対に酷い罰を実行してやるっ!


「ノイエ。出来たら離れて」

「……目を閉じる」


 思考が止まった。


 ツンと突き出された彼女の唇が、恐ろしいほどの魅力を醸し出す。

 ブラックホールが発生したかのように僕の心を、気持ちを、すべて吸い寄せる。


 ダメダメ。押さえて押さえろ!


 確かに彼女はお嫁さんで、僕が望めば何でもしてくれそうだけど。


 そうなんだ。彼女は望めば何でもしてくれる。

 でもそこに彼女の"意思"は無い。感情も想いも何もかもが無い。

 ただ物事を受け入れて処理するだけだ。


「頑張れ僕っ!」


 ギュッと全力で彼女を抱きしめて、興奮と欲求と性欲を押さえつける。


 何度も大きく息をして……ノイエさんから凄く甘い匂いがするのは何故でしょうか?

 落ち着け! そして立ち去れ煩悩!


 こんなに頑張っていると……遠くから兄の声が聞こえて来る。『やっちゃえば?』と。

 ストレート過ぎるだろ!


「ノイエ。目を開けて」


 パチッと目が開く。

 近い。いつの間にやらだいぶ近づいていた。


「また副隊長に言われた?」

「はい」

「……ノイエはこんなことをしなくて良いんだよ。大丈夫だから」


 軽く彼女のアホ毛が動いた気がする。

 気のせいか……あっ。立った。


「それはダメ」

「はい?」

「家族は、夫婦は子供を作る。だから私も子供を作る……生殖行動をする」


 変な方向で頑固な一面を見せないで~っ!


「私はたぶん人。人なら子供を作れる」

「……」

「子供が出来ないのは人じゃ無い。その時は私は人じゃない。人じゃない人は、人の住む場所に居てはいけない」


 ああそっか。

 僕は最初から物凄い勘違いをしていたんだ。


 抱きしめていた彼女を……もう一度強く抱き締めた。

 見た目は普通の女性くらいなこの体に、色んな無理を詰め込んだ彼女を……僕も心の何処かで『人とは違う別のモノ』として見てたんだ。


 確かに普通の人とは違う。その行動や考えや言動も。


「ごめんノイエ」

「どうして?」

「うん。君は悪く無い。悪いのは僕だ」

「……分かりません」

「良いんだ。ただ僕が君に謝りたいだけだから」


 結局僕もノイエを色眼鏡越しに見ていた。

 言い訳をして近寄らせない風にしていた。


 初めてが何だ。失敗したら成功するまで何度でもすれば良い。

 彼女の意思が何だ。彼女の意思なら彼女の中にある。それが普通と違っても必ずある。


 だったら僕は何を恐れる?

 好きでもない相手とエッチをすることを?


 違う。そうじゃない。


 だって僕は彼女のことを一目惚れしたのだから。

 ドラゴンを千切って両手に持っている姿を……心の何処かで『格好良いな』と思ったんだ。


 普通と違うことに意味なんて無い。そんなの気にしなければ良いことだ。


「ノイエ」

「はい」

「……目を閉じてくれるかな? あと少し体の力を抜ける?」

「はい」


 言われるがままに従うのは彼女の意思だ。

 そう育てられてしまったからと哀れむのが間違いだ。

 知らないのなら一つずつ教えて行けば良い。これからの人生を賭して……一つずつ。


 そっと彼女を抱き直して、その唇にキスをする。


 微かにノイエが震えた気がしたのは僕の気のせいなのだろうか?


「ノイエ」

「……はい」

「ランプの消し方を教えてくれるかな?」

「はい」


 暗くなった室内で……僕は彼女を抱きしめた。




 目覚めるとそこにノイエの顔があった。

 二回目だ。抗体が出来ていた。


「アルグスタ様。おはようございます」

「アルグ」

「……」

「親しい人はそう僕を呼ぶから、ノイエもそう呼んで」

「……分かりました。アルグ様」

「うん。おはようノイエ」


 昨日と同じ状態。でも確実に違う部分がある。


 今朝の彼女は僕のお腹の上に座って居た。

 椅子にされていると言えばそれまでだけど。


「どう? 僕の顔は覚えられそう?」

「毎日していれば覚える」

「……触ったりしたらもっと覚えられるのかな?」


 少しアホ毛を傾けた彼女が、ペタペタと顔を触って来た。

 細くて冷たくて気持ち良い。


 しばらく触られて……彼女のアホ毛が立って居た。


「満足した?」

「明日も」

「うん頑張ってね」


 スッと動いてベッドから降りた彼女が、自然と僕の傍に来る。

 距離感が近くなった気がするのは自惚れかな?


「さあ着替えてノイエは仕事だね」

「はい」

「僕は……また変な話を聞かされるのかな?」

「……」


 そんなことを愚痴っても仕方ない。

 メイドさんの手を借りて着替えを済ませて食堂へと向かう。


「そうだノイエ。食事は兵舎でとか言って無かった?」

「はい。昨日皆に言われました。『結婚したんだから旦那さんと食べて下さい』と」

「そっか。なら今日からは二人でご飯だね」

「……はい」


 フルフルと彼女のアホ毛が揺れる。

 何と無く理解した。彼女の機嫌があの部分に現れるらしい。


 こんな事でも彼女を知る大切な一部分だ。これからもコツコツと積み重ねよう。

 そうすればきっと……ね。




(c) 甲斐八雲

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