式は明後日

 ガタガタと揺れる馬車の中で、不意に国王様がこっちを見た。


「言い忘れていたが、お前とノイエの挙式は明後日だ」


 一瞬、僕の中の何かが止まった。

 拒否権は無いらしいんだけど、いくら何でも早すぎるでしょう!


「……心の準備が?」

「そんな物は要らん。参加者はこの国の有力者と各国の大使ぐらいだ」


 ん? 日本における親族だけって感じなのかな?

 僕としてはそっちの方が助かるけど、でも晴れの門出にそれで良いのかな?


 疑問符を掲げる僕に対して、『正式な式は後日行う』と言葉が付け出された。

 そうなると……


「お父様。式を急ぐ理由は?」

「……当事者であるから言っておく必要はあるな。この国の立場と政治的な駆け引きだ」

「立場?」

「うむ。この国の政治などは式が終わってから学ぶと良い。

 今は『この国が大国二つに挟まれている。その二つとは微妙な力関係で付き合っている。そして両国ともにノイエを狙っている』その三つを理解すれば良い」


 大国二つに挟まれているって……何か日本みたいだな。

 アメリカと中国に挟まれてるって思えば良いのかな?


「そうだな。強いて言えば右の尻と左の尻の丁度」

「どうして尻なんですか!」

「分かりやすいであろう?」

「確かに分かりますが……それでこの国が、小さいなおできか何かな扱いじゃ無いですか!」

「おできは失礼だな。強いて言うなれば拭き残し」

「そっちの方がむしろ失礼っ!」

「何を申すか。我こそはこの国の国王なるぞ。国王が自分の国を何と言っても問題無かろう」

「拭き残しの国の王で良いんですか?」

「冗談だ。お前が真面目な顔をしてノイエが居る方を見ていたからな」


 何だろう? 良い人なのか悪い人なのか判断できない。


「まあ大国に挟まれている我が国は、片方と軍事同盟を、片方と通商同盟を結んでいる。結果両国ともこの国を攻めることが出来ずにいた。

 だがノイエが現れた。たった一人でドラゴンを狩り続けるあれを両国は恐れた」

「どうしてですか?」

「その力を戦争に使ったら……お前はどう思う?」

「……恐ろしいですね」


 ドラゴンを千切って投げるあの姿を見て、普通だったら恐怖におののくはずだ。

 もし戦場で出会いでもしたら……確実に殺されてしまう。まさに死神だ。


「両国はそれを恐れ、ノイエの引き渡しを言って来た。大臣の中には体よく厄介払いが出来ると言って喜ぶ者も居たが、お前なら何とする?」


 どうするって……ノイエさんを手放せばドラゴン退治が出来なくなる。そうすればこの国はまた苦しいことになる。

 それに、


「どちらかに渡せば波風が立ちます」

「ほう。続けよ」

「片方に渡せば、もう片方は騒ぐでしょう。『どうしてあっちに渡したんだ!』と言って来るのが目に見えます」

「渡さなくとも似たことを言って来る。

 それもあってノイエを手放せず、そして殺すことも出来ん」

「殺す? ノイエさんを?」


 どうしてそんな発想が?


「ああ。『御せぬ馬なら殺せば良い』と騒いでいる者も居る。強すぎる力を持つ者はそれほどに恐ろしいのだ」

「でもあの人はドラゴンを退治するために作られたんじゃないですか! 強く作り過ぎたから殺せだなんて僕は許せません」

「ほう。ならどうする?」


 楽しそうにこっちを見て来る。たぶん楽しんでいる。殴ったりしたらヤバいですよね?

 そもそも勢いで言ってしまったが……実際はノープラン。


 でもその生い立ちを聞いてしまったからか、僕の気持ちは彼女に対して同情的だ。

 何より……本心を言ったら最低野郎な気がする。これはずっと心にしまっておこう。


「……分かりました。結婚します」

「宜しい。それが一番の解決策なのだよ」

「その代りに一つだけ約束して下さい」

「何だ?」

「彼女を殺さないと」


 フッと笑った国王様が馬車の外を見た。

 釣られて見ると、今馬車は城下町を走っている。

 人たちが行き交い、働き、生きている様子が手に取るように分かる。


「この街に住まう者。この国に住まう者。その全てが我の子であり宝だ。それはノイエも同様だ」


 視線を向けると、決め顔チックな相手の横顔が見える。


「我は子を殺すような罪をもう犯したくはない。そう思っている」

「だったらまずそんな子供が作られない環境を確りと作って下さい」

「うむ。……お前は包み隠さずはっきりと言うな。あれだぞ? 我がその気になればお前如き小僧は直ぐにでも死刑だぞ?」

「たった今子供を殺すようなことはしないって言ってましたよね? 何より僕は本当の意味での貴方の息子のはずですけど?」

「うむ。本来のアルグスタは外面だけは素直で可愛い子だったのだがな。どうやら病気で気がふれたらしい」

「う~わ~。それで反対意見は全部封殺する気でしょう?」

「国王も大変なのだ」

「……反乱でも起きてしまえ」


 ガタガタと揺れる馬車は市街を抜けて王城へと入って行った。




 次の日から僕は上へ下へと大忙しな時間を過ごした。


 一応こっそりとした式になるらしいけど、それでも王族の結婚式だ。それなりに準備が居るらしい。

 だったらもう少し時間を取ってよと言いたくもなるが、『気が変わる前に既成事実を』と、身も蓋も無い理由で式の準備が進められる。


 まあ実際、式ですることはそうは無い。


 バージンロードを新婦の手を取り歩いて行って、壇上で国王が結婚の誓約書を読み上げるのでそれを復唱。

 あとは誓いのキスをして……キス?


「するんですか!」

「当たり前であろう」


 なに言ってるのこの子はみたいな顔で見るな!

 聞いて無いし! 衆人の前でキスとか恥ずかし過ぎるでしょ!


「その場で子作りをしろと言ってる訳では無いのだ。振りでも良いからしっかりやれ」

「そんな~」


 ファーストキスが衆人環視の中でのことになりそうです。




(c) 甲斐八雲

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