綺麗なんだけど…
病気の治療でずっとお城の部屋に居たと言うことになっていた僕の体は……ビックリするほど鈍っていた。少し歩くと足がフルフルして来たのには流石に驚く。
まあ聞いた話だと死んでいたんだから、ここまで動くことに本来なら感動しないとダメなんだよね?
国王様も居るから馬で移動と言う事にはならず、馬車の準備をして貰えた。
馬車の中で説明を受けたが、ノイエさんは普段城下町の外……壁の外側に居るらしい。
漠然としか分からないが、そう言われれば納得するしかない。
ゴトゴトと悪路を進む馬車に揺られることしばらく、突然急ストップがかかり止まった。
「何事か?」
「はい。国王陛下……騎士ノイエです」
「もうか? 早いな」
護衛の派手な鎧姿のオッサンと会話してから僕を見た。
「ノイエがここに居るらしい。降りるぞ」
「はい」
従い馬車から降りる。
と、最初に見えたのは……この世の終わりかと思う地獄絵図だった。
草原の切れ目と言うか、きっと過去に生えていたのであろう草が枯れ果て……代わりに剥き出しの地面には、肉や骨、内臓っぽい物が転がっている。
その間を行き来している人間は、誰もがみすぼらしい格好をしていて、手にしている道具で肉を斬り分けたり骨を削ったりとせわしなく働く。
見た限り奴隷っぽい感じに見える。この世界はそんな階級とかあるのかもしれない。
ふと……何やら太陽を横切り生じた影が地面の上を走る。
死体置き場の様な場所に静かに舞い降りて来たのは、長く綺麗な白銀の髪の女性だった。
抜けるように蒼い空を背景に、人の形をくり抜いたように人の形が浮かぶ。ただその色は赤黒い。
たぶん返り血かな? だって彼女の両手には……右手にドラゴンらしい頭と左手にはその胴体が別れて握られている。
本当に千切るんだ。
ただ想像と違い、彼女は僕と同じぐらいの背格好だ。もしかしたら僕より小さいかもしれない。
触覚みたいに見えるアホ毛の分だけ負けてるかな? ……アホ毛だよね? 本当は触覚ですとかだったら笑えないよ?
女性としては平均的な身長の彼女を見て……怖いとは思えない。
とても凛々しくて格好良いなと思った。
「ノイエ。騎士ノイエよ」
存在を忘れていた国王様がそう名を呼ぶ。
ヤバい。完全に見入っていた。
呼ばれていることに気づいた彼女は、両手の荷物を投げ捨ててこちらへと歩いて来た。
うん。血でその顔が全く分からない。
ただ確定情報として、筋骨隆々では無さそうだ。
僕ぐらいの体型と思ったのは、彼女の着ている鎧のせいだろう。脱いだら僕より細そうだ。
数歩手前で立ち止まった彼女は、片膝を着いて深く頭を下げる。
騎士と呼んでいたから、臣下の礼なのかもしれない。
「はい」
「うむ。我が子アルグスタの病が癒えてな……お主に一目会いたいと申すから連れて参った。
会うのは初めてであろう?」
「はい」
物凄くあっさり系な返答だな。
会話が膨らむ気配を感じさせない。
だが流石国王だ。全く動じていない。
もしかしたらこのリアクションに慣れてるのかな?
「さあ顔を上げて……誰ぞ。彼女の血を拭う物を」
国王様が気を使ってくれた。
護衛の兵士の上下関係が働き、一人が自分のマントを犠牲にするっぽい。
だけど外されたマントが届く前に、彼女の顔や髪から血液がボタボタと落ち始めた。
汗でも滴り落ちるかのように地面へと転がって行く。
「お主には必要無かったか。さあ顔を上げよ」
「はい」
第一印象は、残念だった。
顔の形とかでは無くて、何て言うか……表情が無い。
無機質にすら見える綺麗な顔が僕を見ているだけだ。
少しは愛嬌を振りまいて笑ってくれても良いと思うんだけど。
「ほれ。アルグスタよ。挨拶せぬか」
「えっあっ……アルグスタです。どうも」
「初めまして。アルグスタ様。ノイエです」
その声もやはり抑揚が無い。淡々と発せられた音声のようだ。
これが彼女のデフォルトらしい。
「王様」
「何だ」
「アルグスタ様が、生殖活動の相手?」
「……違いないが、もっとこう言葉を選べ」
「選ぶ? ドラゴン退治に言葉の読み書きは必要無い」
「確かにな」
相手の言葉に圧倒された国王様が軽く足を引いていた。
ドライと言うか何と言うか。
ただそれを見ながら僕はあることが気になっていた。
ダメだ。末期の母さんの看病をしていた時の感覚が抜けない。
良くベッドで寝ていた母さんの汗を拭いてたな。
彼女に近づくと、服の袖で相手の顎先に残っている血の滴を拭き取った。
顔が汚れているとつい……ね。
「なに?」
「ごめん。気になっただけ」
「気になる?」
微かに首を傾げた彼女の無表情がちょっと怖い。
「折角綺麗な顔なのに、血で汚れているのは……」
僕の発言に彼女は無反応だ。
むしろ国王様を含んだ周りの人たちが腰を抜かしてしまいそうなほど驚いている。
あれ? もしかしてフランク過ぎた? 王子様だからもっと偉そうにしないとダメ? タオルを投げつけて『それで顔を拭け。雌豚が』ぐらい言わないとアウトだったかな?
「流石我が子だ。ノイエとの挙式が楽しみだ」
あははあはと乾いた笑みを浮かべて馬車に戻りたがっている国王様が僕に対して手招きをする。
一緒に帰るのね。
「またね。ノイエさん」
「……はい。アルグスタ王子」
一応別れの挨拶を済ませて馬車に飛び乗ると、一気に急発進した。
突然のGに座席で転がり……走りが安定してから国王様が僕を見た。
「お主……やはり何でも大丈夫なのだな」
「その言葉の真意を問いたい」
「いや……あの姿を見てから、ノイエに『綺麗』など言った剛の者を儂は見たことが無い」
「あれは。あれはですね……」
言葉が尻すぼみする。
今思い返すと結構恥ずかしい。
初見の女性に対して『綺麗』とか、どんなキザ野郎かと。
「でもノイエさんは美人ですよ?」
はっきり言って今までであんなに綺麗な顔をした女性を見たことが無い。
無表情だったけど。蝋人形っぽく見えたけど。
「まあ確かに顔の作りは悪くは無い。でもあれの体内に宿っているのは人では無い別のモノだ」
「……そんなことを言って、皆して色眼鏡で見るから怖くなるんです」
「そうか。でもお前もこれを知れば……いや止そう。儂が言う事では無いな」
口を噤んでしまった国王様は馬車の外を見る。
僕もそれに習って視線を外に向けた。
ノイエさんが居る方に向かい市民っぽい人たちが手を合わせていた。
それが何を意味しているのか……僕はまだ知らない。
(c) 甲斐八雲
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