式当日
身に纏う白い衣装は、どこか学校の制服を白くした感じだった。
スーツっぽいと言えばそうなのかもしれないけど、しいて言えば映画とかで見る軍服に近い気がする。
軍服も制服も似たような形か。
現在僕は待機場所で椅子に座り、全力で貧乏ゆすりをしている。
緊張とか色々な感情が渦巻いて、膝どころか全身が震えて止まらない。
つい受けてしまったけれども、結婚するってことは大人の階段を昇るってことだ。
まずは本日の誓いのキス。それから初夜が来て……
「ぬぉぉぉぉおおおおお!」
「アルグスタ様。お気を確かにっ!」
控えのメイドさんたちが苦悩する僕を、残念な生き物を見ているような目で見つめて来る。
そもそも恋人も居なかった人生を歩んで来た僕にいきなり結婚とかまず無理だ。
破たんする。このままだと3日としないで破たんする。
うんうん唸って苦悩する僕に、コソコソと話していたメイドさんの一人が代表して来た。
「アルグスタ様。失礼を承知で申し上げます」
「なに?」
神妙な赴きで語りだす。
「はい。ノイエ様は……それはちょっと? かなり? 結構恐ろしいお人だと言われていますが、私たちから見ればそんな悪い人ではありません」
そうなんだ。って悩みはそっちじゃ無いんですけど。
「たまに黒いカサカサする虫を潰そうとして床をぶち抜いたり、くしゃみ一発で壁をぶち抜いたり、寝言で口論を始めて部屋中ぶち抜いたりしますが……それでもきっと恐ろしい人では無いんです」
って全部、何かしらぶち抜いてるじゃん。
何気にこのメイドさん……恨みつらみを言ってストレス発散してる?
「どうか死を恐れず。真正面からあの人を受け止めて下さい。でも実際にやったら本当に死んでしまいますので、やったつもりで、気分で、お願いします」
それを聞かされて何を答えろって言うのさ?
「忠告感謝します」
「いえ。私たちも出過ぎたことを」
この話で出過ぎたのは、ノイエさんのちょっとした破壊力の話だけだよね?
それは追々後々どうにかするとして……今の問題はただ一つ。
「一つ聞きたいんだけど」
「何で御座いましょう?」
「……僕の口、臭くない?」
「はあ?」
切実な問題なのにどうしてそんな目で見るかな?
「キスするのに口が臭いとか失礼だよね? 口臭を取る物とか無いかな?」
「口臭ですか? でしたら飲み物などで口の中をゆすげば」
「持って来て」
「直ぐに」
式は滞りなく始まるらしい。
国王様の必死さが伝わって来る。
僕はメイドさんに連れられて花嫁を迎えに来た。
ここからは彼女の手を取って並んで歩き会場まで行く。
つまりこの扉を開けるとスタートだ。
「ではアルグスタ様」
「もうちょっと待って」
緊張からドクドク脈打つ心臓を宥めようと何度も深呼吸をする。
ヤバい。バクバクが止まらない。
「ではアルグスタ様」
「もうちょっとだから。もう少し」
口臭は大丈夫だ。体臭もメイドさんたちの言葉を信じよう。
式の段取りはバッチリ頭の中に入っている。
あとは、
「やっぱ無理。僕帰る」
「誰か。アルグスタ様を落ち着かせて」
「無理無理無理。出来ないって」
「大丈夫ですアルグスタ様。今日明日死ぬとは限りませんから」
「死んじゃう死んじゃう。今だって心臓がバクバクと」
「……えいっ」
メイドさんがドアを開けてしまった。
鬼かっ! そこまでして結婚させたいかっ!
そこは広くは無い待機所みたいな部屋だった。
中央では準備を終えた真っ白のドレス姿の彼女が立って居る。
基本的な色合いとしては白い女性だが、今日は本当に白一色な感じに見える。
バクバクと脈打っていた心臓が、一目彼女を見た瞬間……ドクンと大きく脈打ったのを感じた。
先日見た通りの無表情の顔にはうっすらと化粧が施され、腰まで届く綺麗な長い白銀の髪はサラサラと揺れる。少し大胆カットなドレスの胸元では白い双丘が頭を覗かせ、意外と細い腰に驚いた。
何よりとんでもなく美しい。本当に……綺麗だ。
間違いなくドラゴンスレイヤーなノイエさんが、ごく普通の綺麗な花嫁姿でそこに居た。
「アルグスタ様。お願いします」
「えっああ。分かった」
足音一つ発せず近づいて来た彼女は、そっと片手を突き出して来る。
『相手の手を取ってエスコートする』
真っ白になっていた頭の中にどうにかその一文が浮かび上がる。
緊張で震える手で彼女の手を握る。
白い手袋越しの彼女の指はとても細かった。
ドラゴンの頭と胴体を千切っていたとは思えないほどに。
「アルグスタ様。ノイエ様。さあどうぞ」
「ああ」
「……」
何も感じていない様子の彼女を伴いゆっくりと通路を歩いて行く。
通路の角ごとに白い鎧を着た兵士さんが立って居て道に迷うことが無い。何より先導するメイドさんがせわしなく動いているから迷うなんてことは無いけれど。
震える足をどうにか動かしながらチラッと隣に居る彼女の横顔を見る。
顔色一つ変わっていない。綺麗な顔は無表情で、前を見たままの視線はピクリとも動かない。
良く良く見ていると瞬きすらしていない気がする。
緊張すらしていないんだ。
そう思うと格好良く、頼もしく見えるから不思議だ。
「では扉が開きましたら、お二人でお入りください」
一番大きな扉の前で立ち止まり、中の準備が整うのを待つ。
普通ならこっちの準備を待っている様な気がするけど……中に居るのは王族を中心とした偉い人たちや、各国の大使だから纏まらないのだろう。
昨日の説明でも国王様がそんなことを言っていたしね。
あとはこの扉を潜って一通り済ませれば終わりだ。
大丈夫。僕の隣にはとても頼りになるノイエさんが、
「アルグスタ様」
「なに?」
「次は何を?」
「へっ?」
ずっと黙っていた彼女が口を開いたと思ったら、発せられた言葉がそれだった。
(c) 甲斐八雲
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