第9話 スカーレットネイル
「グルルルルル……」
「うわぁ」
熊だ。めっちゃ唸ってるし、めっちゃ右腕太いし、めっちゃ爪赤いし……明らかに近寄ってはいけないタイプの魔物だろ、これ。
シンボルエンカウント方式のRPGで序盤に出て来る『いつか倒せるようになる敵』みたいな雰囲気だ。
「……どうするんだ、これ」
「ちゃんと考えてますから安心してください。というわけでまずはこれを」
そう言って、リムは俺の額にレッドビートルのツノを押し当てる。
ぞわりと感覚が走って、すぐに同化が完了した。
ホーンラビットのと合わせて二本のツノが生えているため、側から見ると妙なデザインになっていることだろう。
「で、今度はこの魔法を覚えてください」
「えっと……スラムカウンター?」
おそらく、名前の通りカウンター技なのだろう。
レッドビートルとの戦いで見たことはないが、基本秒殺だったので仕方ないか。
「まず、遠距離からマナスピアを撃ちます。おそらくこれでは倒しきれないので、接近してきたスカーレットネイルの攻撃をスラムカウンターで倍返しします。以上!」
「以上!じゃねえよ、特攻じゃねーかこれ!!」
「いいじゃないですか、特攻! 成功すれば戦力大幅アップですし!」
「成功率が著しく低いんだよ! 賭けにしたって分が悪すぎるわ!」
そうやって騒いでいたからだろう。
スカーレットネイルは急に辺りを見回し始めた。
「やっべ、バレる」
「どうせ逃げられませんし、早いところやっちゃいましょう!」
「……あー……わかったよ、やればいいんだろ」
どうせもう選択肢は残っていない。
覚悟を決め、リムに持ってもらって照準をスカーレットネイルに合わせる。
失敗すれば、俺だけでなくリムも死ぬだろう。
まあぶっちゃけそうなってもリムにとっては自業自得なんだけど、だからと言って見捨てるほど人の心を捨ててはいない。
生首にだって人の心はあるのだ。
だから、本気で行こう。
「マナ……スピア!!」
全力で放った極太の槍(スピア)がドリルとなって、木々をなぎ倒しながら突き進む。
途中でスカーレットネイルもそれに気づいたようだが、もはや回避は間に合わず、その胴体にドリルが直撃する。
……が、貫通しない。
ギャリギャリと、岩でも削っているのだろうかというほどの音が響くが、スカーレットネイルはドリルを押さえ込むように腕をまわし、それを受け止め続ける。
やがてドリルは解けていき、完全に消滅してしまった。
睨みつけるような熊の瞳が、俺を見据える。
「やっぱ一撃じゃ無理か……!」
「どんどん撃ちましょう!」
「おう!」
こちらに向かって進み出そうとするスカーレットネイルに対し、連続してマナスピアを叩き込む。
イメージである程度魔法を変質させることができるらしいので、大きさを犠牲に貫通力を増すようなイメージで撃ち続ける。
最初の攻撃を受け止めたとは言え、相応のダメージは受けているようだ。
次々に放たれるマナスピアを、スカーレットネイルは受け止められない。
いくつかのマナスピアがスカーレットネイルの胴を穿ち、その度に苦しむような唸り声があがる。
しかし、仕留めるには至らない。
「くっ……倒しきれねえぞ、これ!」
「そのための第2作戦です! 準備を!」
「作戦って言えるほど良いものじゃねえけどな……!」
継続してマナスピアを撃ちつつも、意識はもう一つのツノの方に集中させる。
レッドビートルの魔法、スラムカウンター。
攻撃の威力を食い尽くし、増幅して返すカウンター系の魔法だ。
タイミングはシビアらしいが、やるしかない。
ついに間合いに入り込んだスカーレットネイルが、その名の通りの緋色の爪を煌めかせ、明確な殺意とともに振り下ろす。
極限の状況だからだろうか、視界に入る全ての情報がスローになり、その動きを隅々まで捉えられるようになった。
接近する爪をジッと見て、レッドビートルのツノへ触れる瞬間を待つ。
……ヤバい、走馬灯がチラつく。
爪は徐々に迫り——
「……ッ、スラムカウンター!!」
なにかが砕けるような音や、折れるような音。
言い表すことのできない音が響き、魔法が発動する。
レッドビートルのツノは、勢いを失ったスカーレットネイルの爪よりも赤く光り輝き、まるで膨張したかのように魔法を纏う。
次の瞬間、下からえぐり上げるようにツノが動き、スカーレットネイルの身体は引き裂かれた。
まさに一瞬の出来事だった。
「グ……グァ……」
呻くような唸り声を上げ、スカーレットネイルはその巨体を大地に横たわらせた。
ズシンと音が響き、森に静けさが戻る。
「……勝ったか?」
「……大丈夫そうです!」
「あー、よかった……マジでよかった……」
安心して、深いため息が出た。
四肢があったらへたり込んでいるのだろうが、この身体ではため息以外の方法で脱力を表現することができない。
そういう点でも面倒だな。
「お疲れ様です、ゴクモンさん! ……さて、スカーレットネイルは右腕がまるごと同化できそうですよ!」
「いや、出来たとしても嫌だろ。腕だけで何メートルあるんだよ」
巨大な腕に生首がくっついてる感じじゃねーか。
仮に同化したとして移動できないし。
「まあそうですよね。爪だけ持っていきましょうか!」
「それが良い……って、なんか尖ってるものばっかだな……ツノと爪って」
「確かにそうですね。装着!」
「ちょっ」
縦に並んだ二本のツノの左右に、四本の爪が天を突くようにくっつけられた。
なにこれ。
「どういうコンセプトだよこれ。方向性間違ってんだろ」
「実はスカーレットネイルの魔法は爪が強化されるタイプの魔法なので、これだとほとんど意味なかったり」
「俺で遊んでねえか?」
「さあ、早速戻って馬車に乗りましょうか!」
「なあ絶対遊んでるだろ!」
……なにはともあれ、スカーレットネイルを倒すことができた。
これで王都に向かうことができる筈だ。
さらに重量が増えてバランスの悪くなった状態のまま、俺たちは街へと戻ったのだった。
転生したら生首だけだったので、魔物の腕とか沢山付けて最強になってみる 矢倉坂晴翔 @yagurazaka
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