第24話 蝋燭

「ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデーディア双子ー! ハッピーバースデートゥーユー!」


 双子の両親、神那、そして神那の両親の合計五人が、手を叩きながら歌を歌う。

 あえて明かりを消した暗い部屋の中、ホールケーキの上で蝋燭の炎が揺らめく。


「はい、双子! 吹き消して!」

「……いや、さあ」


 蝋燭の明かりに照らし出される双子の顔は、二人揃って微妙そうな表情をしていた。


「なぜ……ひとつのホールケーキに三十四本の蝋燭を立てた……?」


 白髪交じりで眼鏡をかけた、細身だがいかにも人の良さそうな顔をしている双子の父親が、穏やかな口調で言った。


「十七歳かける二で」

「いや、いやいやいや」

「ケーキの上全部蝋燭になってるじゃん」


 神那は感激した。あの双子も自分の親が相手になるとツッコミ役もするのである。


「穴だらけでしょ」


 ケーキの上は蝋燭の大軍で埋め尽くされている。ちなみにイチゴやマジパン細工のクマはすべて別の皿に避難させた。


「文句言わないの、せっかくお父さんと神那ちゃんちのお父さんが手分けして火をつけてくれたんだから。危うく火傷するところだったんだよ」

「十七本にすればそこまで苦労しなかったのでは……」

「早くしないと三十四本分の蝋燭が溶けてケーキの上が蝋のマーブル模様に!」

「あーっ!」


 双子が慌てて吹き消し始めた。最後の一本まで消えて部屋が完全に真っ暗になったのを確認してから神那は拍手をした。


 双子の父が部屋の電気をつける。双子の母がケーキを切り分けるための包丁を握り締める。


「じゃ、八等分にするよ」

「はい」

「最後の一切れは神那ちゃんでいいんだね」

「もちろん」


 神那は「やったー!」とはしゃいだ。これも毎年のことだ。


「イチゴも余計に貰っていい?」

「いいけど、砂糖のクマは斬首して頭を僕に体を相方にあげてね」

「あんたたちはまたどこでそういう恐ろしい言葉と発想を!」

「お父さんの本!」

「あんな教育に悪い本読むんじゃありません!」


 双子の父がおっとりとした声で「ひどいなぁ」と苦笑した。


「まったく、お前たちは、いつまでもこんなで。今年でとうとう十七歳、来年は十八歳なんだからちょっとは自覚を持ってね。十八歳といえば、免許も取れる、選挙も行ける、そしてなんと、結婚だってできるんだからね」


 双子は自分の母親にケーキを切り分けてもらいながら適当に「はーい」と返事をした。真剣みがない。神那より六つ年上の長男を育て上げて今年新卒で就職させたばかりの神那の父親も「まあまあ、男の子なんてそんなもんですよ」と言う。


「それにしても、あっと言う間の十年だったね。初めて双子のお誕生日会に呼ばれた時、双子はケーキに十四本の蝋燭を立てていたんだよ」


 隣家の亭主にそんなことを言われるとさすがの双子も照れるらしい。押し黙って頷きながらフォークを手に取る。


「あと、一回くらいかしら」


 神那の母が、言った。


「私たちも、いつまでも双子ちゃんの誕生日をお祝いしてあげたいけど。来年、十八歳の、高校三年生のお誕生日をお祝いしたら。……寂しくなるわねぇ」


 双子が無言でケーキを食べ始める。結局マジパン細工のクマは双子の母親が包丁をギロチンにして二つにカットした。


「まあ、好きに羽ばたきなさい。好き勝手適当に生きて、だめになったら帰ってくればいいさ」


 自分の父親にそう言われて、双子は揃って「はあい」と返事をした。






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