第15話 七五三

 双子が大量のみかんを抱えてやって来た。それも一人につき一箱だ。


「今年も親戚がすごい量のみかんを送ってきたんで」

「いつもお世話になってるんだから持っていけって、母さんが」


 神那の母は嬉しそうに「まあ!」という大きな声を上げて彼らを出迎えた。


「ちょうどいいところに! うちもお父さんが出張先から帰ってきたところで芹沢さんちにお土産があったのよ! 一回上がってちょうだい!」


 双子がそれぞれがダンボールを抱えたまま玄関を上がる。


「こっちまで運んでくれる?」

「はい」

「ありがとう! やっぱり男の子がいると助かるわね」


 神那はそれまで洗面台の前で髪を乾かしていたが、双子と母の話し声が聞こえてきたので、一度ドライヤーを切って廊下に顔を出した。

 階段の下、廊下の隅にダンボールを二箱積み上げている双子の姿が見える。


「置いたらこっちに来て」


 神那の母親に導かれるまま双子がダイニングに入っていく。神那も何気なくその後についていく。


 ダイニングテーブルの上には福島の銘菓であるままどおるが大量に積み上げられていた。父が福島出張の土産として買ってきたのだ。

 母はままどおるのプレーン味とチョコレート味をより分けてどこからともなく取り出してきた小さな紙袋に詰め始めた。


 双子は、そんな神那の母の行動を半ば無視するようにして、リビングに設置された棚の上を眺め始めた。

 神那の臍より少し高いくらいの高さのその棚の上には、母が自らの手で編んだ白いレースの上に、いくつもの写真立てが並んでいる。


「こういうの飾ってるんですね」


 双子の片方が言う。神那の母がどこか弾んだ声で「そう、ちょっと多いかしら」と微笑む。


「双子のおうちではあんまり飾らない?」

「写真は時々撮るんですけどプリントアウトはまったくしなくて」

「僕らの写真は撮ったら撮りっぱなしでアルバムとかにはしてないんですよね」

「まあ、芹沢さんちはただでさえ紙が多いものね。今時子供の成長なんてみんなスマホで撮れちゃうしそんなものかもしれないわね」


 紙袋をテーブルの上に置き、双子の隣に立つ。


「でも、うちは上の子たちが年が離れてて。神那が生まれる前はまだガラケーの時代で画質もそんなに良くなかったし、デジカメも出始めだったのよ。だからフィルムから現像して写真立てに入れて――」


 写真立てのひとつを手に取る。


「それに、記念の、節目節目の時ぐらいはね。いつでも見られるようにしておきたいわ」


 そこに映っていたのは、七五三の、七つの祝いで振袖を着せられている神那の写真であった。

 神那は無性に恥ずかしくなった。着飾った七歳の神那を見つめる母の目がとても優しく見えたからだ。


「あ、神那の七五三といえば」


 写真立てを棚の上に戻す。

 しゃがみ込み、棚の中を覗き込む。

 棚の中――ガラスの戸棚の向こう側に、いくつもの小さなアルバムが並んでいた。

 神那の母はそのうちのいくつかを手に取ると、「これじゃない、これじゃない」と言いながら特定のアルバムを探し始めた。アルバムの表紙にペンで年月日の書かれたシールが貼られていて、いつ撮られた写真が納められているのか分かるようになっているのだ。

 最初のアルバムは神那が生まれる前――すなわち姉と兄しか写っていないアルバムだったが、途中で手が止まった。


「あった!」


 アルバムを開いた。


 神那だけでなく、双子も、目を真ん丸に見開いた。


 夏祭りに行くところなのであろうか、浴衣姿の小さな小さな神那の両脇に、さらにひと回り小さな揃いの甚兵衛を着た双子の兄弟の姿が写っていた。


「可愛いわね、双子も神那より小さかった時代があったなんて」


 神那の母が嬉しそうな顔で言う。


「ほら、見て。神那は小学校に上がってからは、双子がセットの写真ばっかり」


 季節は夏から秋に代わり、十一月になった。


 写真立てに入っていた振袖姿の神那の隣に、よそ行きのタキシードに似た衣装を着せられている双子の姿が写っている。晴れ着を喜ぶ神那をよそに、双子は楽しくなさそうな顔だ。


「双子と知り合うまで、神那は引っ込み思案で人見知りをする、甘えん坊の末っ子ちゃんだったのに。双子と出会ってから、こんなに明るく元気になって」


 顔から火が出そうだ。


「いつも一緒に遊んでくれて、ありがとうね」


 双子が揃って「いえ」と呟いた。双子の耳も、赤く染まっていた。






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