第16話 編み込み

 神那は発狂した。


「なーにが初心者でも分かるだ! ぜんぜん分かんない! むり! ありえない!」


 椅子に座ったまま足をばたつかせる神那に気づいて、双子が左右から寄ってくる。


「神那ちゃん神那ちゃん」

「どうしたの? 何があったの?」


 神那は涙目のまま左右を順繰りに眺めた。


「――ない」

「なになに?」

「できない」

「何が?」

「編み込み……」


 くしゃくしゃになってしまった髪を手櫛で解き、はあ、と大きな溜息をつく。


 神那の目の前、テーブルの上には、鏡とスマホと大きなプラスチックの櫛、それから髪留め用のゴムとピンが置かれている。

 スマホからはYouTubeの動画が流れていた。美容師らしき女性がマネキンの頭部で編み込みについて説明している動画だ。


「明日の発表会、いつもと違う髪形で、と思ったのに……みんな凝った髪形してくるから、私も、と思ったのに……」


 神那は合唱部に所属している。そして音楽系の部活動において芸術の秋はコンサートのシーズンだ。合唱部は明日日曜日に市民文化センターで発表会を開くことになっていた。ドレスコードは当然制服なのでみんな一緒だが、髪形だけは黒髪であることの他に何の指定もない。おのおのが好きな頭で来るはずである。

 神那も可愛い頭をしたかった。いつも面倒臭がって下ろしたまま、あるいはツインテールに結っただけの頭ではなく、肩につくほど長く伸びた髪を編み込みにして、毛先を首の後ろで交差させ、カチューシャをしているかのように見える留め方で行こうと思っていたのだ。

 これがどうしてなかなかできない。


「どんな動画を見ても分かんない……! このままじゃ一生編み込みなんてできないよ……!」


 双子の片割れが神那のスマホを手に取った。タップして動画を最初から再生する。


「……どう?」


 片割れが片割れに目配せをした。

 目配せされた片割れが、頷いた。


 次の時、彼はスマホをテーブルの上、元に戻した。


 まず、右側にいた方が櫛で神那の前髪と後ろ髪を分ける。横髪と後ろ髪も分け、後ろ髪をうなじの方に押しやる。

 櫛を片割れに渡した。

 片割れも同じように神那の髪を分けた。前髪と後ろ髪から、片割れがやったのとほぼ同じ分量の横髪を分けて手に取った。


 それから先はあっと言う間だった。


 双子の指が、器用に神那の髪を編み始めた。


 鏡で自分の頭を眺めていた神那は、目を、真ん丸にした。


 双子の細く長い指が神那の髪を素早く繰っていく。時折こめかみに、耳に、首に触れる。指先が男の子だ――学校の教室で女友達と戯れに髪形をいじり合った時とは感触が違う。


 毛先に辿り着いたところで、双子の手が、左右同時に止まった。


「――で、この先どうしたらいい?」


 神那ははっと我に返って、ゴムをふたつ差し出した。


「まずは先っぽをまとめて」

「うん」


 双子が指示通りに髪をまとめる。


「それから、先っぽを首の後ろに持ってきて」

「うん」


 黒いUピンを数本差し出す。


「これを突き刺して二本をまとめて、編み込みが頭の周りをぐるっと回ってるみたいに見えるようにして」

「えっ、これ刺すの? 痛そう」

「首とか頭皮じゃなくて、髪にね。編み込みの先っぽ二本をまとめる感じでね」

「ああ、そう、なるほど」


 Uピンを三本ずつ押し込まれた。


「これで留まったかな?」

「落ちちゃわないかな」

「まあ最悪落ちちゃっても編み込みが解けなかったら変じゃなくない?」


 鏡を改めて覗き込む。

 そこには理想そのままの髪形の自分の姿があった。

 今までの苦闘はいったい何だったのだろう。ほんの一分足らずで思い描いた通りの髪形が仕上がった。感動で胸がいっぱいだ。


「ありがとう双子……!」

「いえいえどういたしまして」

「手先が器用なのだけが取り柄ですので」

「明日の朝もお願いね」

「えっ?」


 双子が、固まった。


「明日の朝――合唱発表会の当日の朝に、やってほしいの。そのための髪形なんだからさ」


 二人が同時に顔をしかめた。


「明日の朝九時までにうちに来てこれやって。絶対。お願いだからね」





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