第13話 あの病院

「ちょっと訊きたいんですけど、双子ってどうやって生まれたんですか?」


 双子の母親が「えっ」と眉間にしわを寄せた。


「どうやって、って? どこから聞きたい? いつどこで作成したかから? それとも計画立案の段階から?」


 神那の方が恥ずかしくなって顔が真っ赤になるのを感じながら「そんな生々しい話じゃないです!」と叫んだ。


「ツイッターで育児漫画が流れてきて。双子のお子さんを育てている漫画家さんの話で、双子だと妊娠中毒とかなんやかんやで帝王切開が多くて、その漫画家さんも大量出血して大変だった、って描いてあって。双子も何か、そういう、生死の境をさまよって生まれてきて奇跡を起こした、みたいなのがあるから、あのミリ単位のすごいシンクロ率を? と思って――」

「いや、学校に行って別の教室に納まっている時くらいしか離れ離れにならないからだと思うけど……あの子たち休日二十四時間中お風呂とトイレ以外の二十三時間ぐらいは行動を共にしてるからお互いが何を考えてるのか予測ができるんじゃないかと思うけど。時々トイレも行動を共にしててあいつら秒も離れられないのかね?」


 それは知らなかったが知りたくもなかった。


 双子の母親が、はあ、と深い息を吐く。ワインのせいかほんのり頬が赤いが、表情は穏やかでいつもとそんなに違う雰囲気でもなかった。


「いやあ、それが、作るまでが一番大変で」


 結局そういう生々しいところから話が始まるらしい。


「夫婦揃って安定した収入のある職業じゃないし、旦那がこれがまた遅咲きで当時はまだ映画化なんて話一個も来たことがなくって。鳴かず飛ばずのうちにお互いいい年になっちゃって、子供は欲しかったけど無理して作ることもないかな、という話になってね。私が四十になる前に自然に妊娠しなかったらその後夫婦二人猫でも飼って暮らそうか、という話をしていたら三十九歳で妊娠したの」

「へえ」


 意外とスケベな話ではなかった。彼女の小説は唐突に登場人物が性交渉をもつので神那はほんの少しだけ警戒していたが、未成年を前にして口にしないだけの分別はあるようだ。


「高齢出産だし多胎児だし運動不足だし、ハイリスク出産警戒態勢バリバリで、レディースクリニックみたいなところでの自然分娩は危険だから、NICUのある聖隷病院で産もうということになったんだけど――」

「はい」


 聖隷病院、というのはキリスト教系の医療法人財団が運営する、この市では市立病院に次いで大きな総合病院のことである。病室から墓場が見えるため、生まれてから死ぬまで完全フォローとの評判だ。


「いざその時が来たら特に大きな問題はなく経腟分娩で出てきたわよ。太梓が十一月二十四日午後三時四十三分、奈梓が同じく午後四時八分。双子ってすごいよねぇ、奈梓の方はひっくり返ってるから逆子になるかもと言われていたのに直前になって子宮の中でぐるっと回ったの、出産って本当何が起こるか分からないね」


 どうやら彼らは生まれた時からああいう感じらしい。


「奈梓の方がちょっと大きくて、太梓が二〇三五グラム、奈梓が二二〇〇グラムちょうど。まあ双子だからそんなもんよ。で、結局NICUのお世話になることはなく、つつがなく今に至っちゃってる」


 彼女はそこで突然「気をつけなさいよ」と言った。


「産婦人科って言ったら聖隷病院よ。ここらじゃ一番しっかりしてる。神那ちゃんだって産む産まないにかかわらず女性である以上はいつかは何かでお世話になるから気をつけてね。市からがん検診のハガキが来たら聖隷に子宮頸がんの検診に行くんだよ、いいね?」


 こんな時、双子が時々「お母さんは娘が欲しかったらしいね」と言っていたのを思い出すのだ。


「ちなみに誕生日からだいたい推測できると思うけど仕込みはバレンタインデーでね」

「あ、そういうのはいいです」





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