第11話 時雨
午後一時半ごろ、五時間目の授業の最中のことだった。
窓の外の空が急に一瞬だけ明るく光った。
一拍間を置いてから雷鳴が轟く。
雷だ。
神那は窓の外を見て唇を引き結んだ。
土砂降りの雨が降り始めていた。
昼休みくらいから怪しいと思ってはいたのだ。これは雨になるかもしれないと思ってはいたのだ。
まさかこんな雷雨になるとは思っていなかった。
朝の登校時、家を出た直後のことを思い出す。
たとえば天気予報の雨の確率が五十パーセントの今日のような日、神那の家と双子の家では対応が異なる。
神那の家は雨が降る方を想定する。
営業マンである神那の父はスーツやバッグが濡れることを嫌い必ず折りたたみ傘を携帯する。車通勤である神那の母は車内に傘を二本――自分用と、もしかしたら雨だから迎えに来てほしいと連絡をよこすかもしれない夫や娘のために――常備している。
そんな両親に育てられた神那はもちろん傘を用意する。教科書や参考書、時には辞書で重くなるバッグの中に折りたたみ傘を忍ばせるようにしている。
双子の家では雨が降らない方に賭ける。
家から一歩も出ず時には担当編集を家に呼び出すことも可能な大家である双子の父は傘など持っていない。やはり家から出る時はスーパーへの買い出し程度で駐車場と屋内の間の行き来くらいでしか外の空気に触れない双子の母も傘を持ち歩かない。
そんな両親に育てられた双子はもちろん傘を持たない。あるにはあるが、よほど朝から大雨の日でもない限りささない。多少の雨なら家からバス停までの短距離だからと濡れて移動する。そして双子の両親はそんな態度を「パンクでよろしい」と賛美するのだ。
当然ながら今日もである。
今朝は気持ちのいい雨上がりの快晴であった。早起きの神那の母は「さっきまで結構降ってたわよ」と言っていたが、少なくとも神那と双子が家を出た午前七時半の段階では雨は降っておらず秋晴れの気配を見せていたのだ。
でも、天気予報は午後から五十パーセントであった。
賭けは傘を持って出た神那の勝利である――特に物品を賭けたわけではないが、神那にとっては双子に「ほらごらんなさい」と言って説教を垂れマウントを取るのは何よりものことである。
しかし神那は素直に勝利を喜べなかった。
つまり、この土砂降りの雷雨の中、双子は降られて濡れて帰るのか。
双子は片方が風邪をひけば必ずもう片方も風邪をひく。どちらかが倒れれば自動的に神那はひとりになってしまうのである。
双子が一人だったら神那が相合傘をしてやらないこともないのだが、残念ながら双子は二人いて、小さな折りたたみ傘に三人は入れないのだ。
神那は祈った。
早くやみますように。
午後四時半、三人が下校する時刻には空には美しい夕焼けが広がっていた。
「ほらー! 僕の普段の行ないがいいからー!」
「やっぱり傘いらなかったじゃん。余計な荷物を増やさなくてよかったよ」
「あんたたち、本当にいい加減にしなさいよね」
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