第5話 トパーズ
姉のLINEアイコンが指輪になった。華奢なシルバーのリングに小さな黄色い石がひとつ埋め込まれている。黄色、といっても透き通ったイエローの石は淡く優しく控えめで、どちらかといえば物静かで穏やかな姉によく似合う。
ステータスメッセージも変わった。「幸せになります」だそうだ。
木曜日の夜二十時半、双子の部屋で三人、数学の課題をやりながらスマホの画面を眺める。進まない。いつもならここで双子にスマホをしまえと怒るところだったが、今回ばかりは神那が最初に姉の指輪の話を始めたので怒れない。
「お姉さん、誕生日に婚約指輪貰ったんだね」
双子の片割れがシャーペンの頭を自分の唇に押し当てながら言う。
「まあ、結婚するんだろうな、とは思ってたけど。家族でバーベキューするのに男連れてくるって結構深い関係なんだなって思うじゃん」
もう片方もシャーペンの頭を自分の頬に押し付けながら言う。
そうなのである。今年、神那の八つ上の姉は毎年夏休みに家族でやる――と言っても毎年芹沢家と合同なので「家族」の範囲が不明瞭なのだが――バーベキューに男を連れてきたのである。
聞けば大学の同期らしく交際を始めて六年目だとかで、二人とも就職しておおよそ三年、そろそろだと思ったに違いない。
双子が大きく溜息をついた。
「寂しいなあ」
二人の声が重なった。
「僕らの初恋が散った」
「初耳なんですけど……」
双子に恋という概念があるとは思ってもみなかった。
どうせならそこは神那だと言ってほしかった気もするが、そう言われてもやはり困るので神那の乙女心も複雑だ。
「それにしても、いいなあ、トパーズの指輪」
アイコンの写真を眺める。
「私もいつかは誕生日に指輪貰ったりするのかなぁ。私、六月生まれだから真珠なんだけどさ……真珠って冠婚葬祭っていうか、法事のイメージだから、他の石にしてほしい気もするけど……」
そんなことを呟くように言うと、双子が揃って「えっ」と言った。
「神那ちゃん、誕生石とか覚えてるの」
「意外? 常識――と言ったら大袈裟だけど、パワーストーンとか興味ある人ならみんな知ってるんじゃないかな」
「神那ちゃんパワーストーン好きなの? 僕らが川原で石を拾ってきたら元に戻してこいってめっちゃ怒ってたのに」
「何年前の話だよ」
双子がまた、同時に溜息をつく。
「そっか、神那ちゃん、宝石とか好きなのか……」
「そんなに意外かな?」
「いや、神那ちゃんも女の子だったんだな、と思って……」
神那は微妙な顔をした。双子も微妙な顔をした。
「いつまでも僕らのお母さんでいてくれるものだとばっかり……」
「あのね、あんたたち。いつか私がお嫁に行っても二人で生きていけるようにちゃんとしてね」
口ではこんなことを言ってみたが、神那も自分が双子と別々に暮らす日が来るのを想像することができない。
永遠に今のまま三人でいてもいいと思う。末っ子の神那があの家に残り、双子がこの家に残る。そしてそのままずっとこうしてテーブルを囲んでいてもいいような気がするのだ。
それでも――心を鬼にする。いつ何時何があるのか分からないのが人生だ。
神那がスマホを床に置きながら「二人でなら何とか暮らせるでしょ」と言うと、双子は悲しそうな顔をしつつも「はあい」と素直な返事をした。
「それにしても――神那ちゃんが真珠の指輪かあ……」
「神那ちゃんが……真珠の婚約指輪……」
「……そんなふうにしみじみ言われるとなんか恥ずかしくなってくるから忘れてくれない……?」
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