第29話 不思議なのです(Side:シュティーナ)

「……ですので、このシュケの葉の粉末は、そのまま飲めば気絶したときの気付け薬として使えますし、薄めて他のものと混ぜれば解熱剤や頭痛薬にもなります。汎用性が高いので薬師は必ず持ってますね」


「なるほどね。この葉があれば大体の薬は作れるのか」

「はい。ただ、それぞれに特化した薬に比べると効き目はそこまで高くないですね」

「ふむふむ、何にでも使えるってことは効果もそれなりってことだよな」


 料理店のテーブルにコーヒーが2つ。レンマが緑色した粉末の匂いを確かめた後、サラサラと紙にメモを取ります。



 昨日の夜、突然レンマから「薬について教えてほしい」と言われました。アルノル君に剣を習うので、薬のことも学びたい、と。もちろん快諾しました。


 人に教えたことなんてありませんが一生懸命やろうと思い、興奮して夜中まで教え方を考えていたところ、発熱しかかって薬のお世話になるところでした。貴女はもうドジっ子が通用する年齢ではないのですよ、シュティーナ=ハグベリ。



「で、これがヨミュリの花か。この前アルノルの解毒にも使ってたよな」

「ええ、毒ならヨミュリです。花は塗り薬に、葉は飲み薬に使えます。セノレーゼのあちこちに生えているので、数本持っておけば毒に対する恐怖心も薄れますね」

「毒持ってるヤツと戦うときに『薬があるから大丈夫』ってなるってことか。そりゃ俺みたいなタイプには必要だな」



 真剣に葉を眺めながら、「普段から心の中で毒づいてるお前が毒をけられるわけないだろ、とか思っちゃうからな」と独り言を言う彼が可笑しくて、ついつい笑ってしまいます。


 元々いた世界では黒髪だったそうですが茶髪も似合ってますし、目尻が細長く切れ込んでいる目にもドキリとしたり。



「なんで勉強しようと思ったのですか?」


 一番気になっていたことを聞いてみると、彼は答え方に迷ったのか、「あー」としばらく唸った後、唇を掻きながらゆっくりと口を開きました。


「なんというか……この魔法の能力だけでも十分戦えるんだろうけど、俺自身が納得できないんだよな。魔法の練習はしてるけど、多分ずっと『これは女神の能力だから』って思ってるから。だから、その、これは単純に俺の中での話なんだけど、他の知識も学んで、『俺はちゃんとミッションに向けて努力したぞ』って言い張れるようになりたいんだと思う。剣も薬もどこまで上達するか分からないけど、何か心が沈むことがあったときに、こうやって戦う準備をちゃんとしていた自分を、少しでも認めてあげられる時がくればいいなと思ってさ……なんかまとまりなくてごめんな」

「いいえ、ちゃんと伝わりましたよ。素晴らしいと思います」


 目的も、それが彼のネガティブに起因するということもよく分かって、分かりすぎて、聞きながら何度も頷いていました。



 私も似たようなものです。リンネさんが魔法使いと薬師をこなしているのを見て、単純に家で親から学んだ知識の蓄えだけでやっていくのはダメだと感じました。


 浅い、浅すぎます。将来のこと何も考えずに「とりあえず困ったら実家継げばいいかなーって」と言って酒場で男性を見繕っていた女友達くらい浅いです。「私の知識が大いに役に立つに違いない」と考えていたあの頃の自分をシュケのつるで締め上げたい。



 書籍も買い、ミッションがない日は宿で調合を繰り返して、少しずつ知識をつけてきました。相当マニアックな薬も学びましたが、別にミッションには必要ないかもしれません。


 でも、それは自分のためなのです。成功しても失敗しても、「自分はこれだけやったのだから」と自分に言い訳できる何かが必要で、それが心の支えになるのです。



「……セノレーゼに来て、良かったと思いますか?」


 ふと口をついて出た疑問に、レンマは目を丸くしました。しまった、困らせる気はなかったのですが——

「良いと思えるようにしたいよな」


 意地悪そうにも見える笑顔で発した彼の言葉に私の目は点になり、そして自然と口元が緩みました。肯定はしていなくて、でも願望はあって、そのために足掻く。本当にレンマらしい、嘘のない答えです。




 彼をずっと見ていました。あれだけの魔法が使えるのに、いつもいつも気落ちしている彼を。


 不思議なのです。ミッションのために家を出るまで、「次期女王候補」という肩書きのおかげか、たくさんの人から縁談をいただきました。どの方も名家と呼ばれる家柄で、将来に向かってきちんと努力していて、お食事をしたときのエスコートも申し分なくて、素晴らしい方々でした。


 でも、私には彼が、とても素敵に見えるのです。何かあるとくよくよしてジメジメして、そんな中で這いずっているこの人が、とても愛おしいのです。




「よし、シュケの葉の調合の仕方、具体的に教えてくれ」

「分かりました、まずはるところからやってみましょう」


 料理店で擂り鉢を出し、薬作りを実践してみます。途中で匂いに気付いた店員さんから白い目で見られ、2人で「人に怪訝な思いをさせている時点で、シュケの葉より役立たずでは」「己の気の毒さをユイゴで解毒したい」と落ち込むまで、そう時間はかかりませんでした。




 ***




「S級のミッションがあるんだけど、お願いできるかい?」


 あれから数日経ち、ミッション管理所にやってきました。座っているお婆さんが、キラリと眼鏡を光らせます。


「S級! ちょっと、レンマさん! ラッチ郡のS級って王国直轄のミッションにも並びますよ!」

「レンマ、これはやるしかないわね! アタシも鼻が高い!」


 アルノル君の大はしゃぎにモーチさんが乗り、レンマはやれやれと言わんばかりに鼻で溜息をつきました。


 言外のプレッシャー、断ったらがっかりするだろうなあ、という私達のような人間が滅法弱い空気、しかしこういう空気を作り出した方の勝ちなのです。現実とはなんて先攻有利な戦いなのでしょうか。いつも心に鎖帷子くさりかたびらを。



「どういうミッションなんですか?」

「舟で行ける小島に、ワイバーンがよく来るらしくてね」

「ワイバ……」



 言葉を飲むアルノル君。生きた伝説とも呼ばれるドラゴンに近いそのモンスターの名前を聞けば、自ずとそうなるでしょう。


 2本足で前足は手の形ではなく羽になっている、体格はドラゴンより一回り小さい、といった違いはありますが、見た目は非常に似ているようです。

 残念ながら、獰猛であるというところも。



「その島の周りはかなり良い漁業場になりそうなんだよ。倒して、この辺りにもっと海の幸が行き渡るようにするのが目的さ。どうする、引き受けるかい?」


 レンマはちらと私達を見ました。でも、その表情に困惑は見えません。「どうしようか?」ではなく「やるんだな」という念押しの目付きでした。



「詳細、教えてもらっていいですか」


 それは、承諾の証。


 私達にとって最高難度のミッションが、始まろうとしています。

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