第28話 恵まれている(はずの)2人

「レンマ、大丈夫……?」


 朝と呼ぶには少し遅い、日の高い時間。宿のベッドでブランケットを頭まで被ってジッとしていると、モーチが心配そうに声をかけてくる。


「いや、ちょっと厳しい。しばらく放っておいてくれ」

「レンマ……」


 さすがのセノレーゼの元気印も、この状態の俺を見てトーンを少し落としてるようだ。


「ほら! なんか食べよ! 美味しいもの食べると大抵のものは治るから!」

 落としてなかった。むしろ「アタシのポジティブと相殺させてやる」感がすごい。そんな世界は御免被る。



 昨日の一件が尾を引いて、くよくよの長期保存がビーフジャーキー並。シュティーナやアルノルの活躍を見て、普通の魔法使いの姿を見て、金髪の彼女に痛烈な一言を言われ。そんなことが重なって、わざわざ思い返したくないシーンを思い返しながら、悲しみがプランクトンのように増殖している。



 分かってる、他の誰が悪いわけでもない。なんなら俺の魔法自体が悪いわけでもない。結局全ては捉え方次第で、それに積極的に減点をつけている辛口採点の自分の心が一番ダメなんだ。


 分かってはいるけど治らない。こういうメンタルでもやっていくしかない。でも、何だか弱くて、脆くて、頼りなくて、やっていくのもなかなか難しい。



 ここまで気落ちしていると、ひょっとしたらこっちの世界に転生しない方が良かったのだろうか、とすら思う。

 俺が転生に挑戦したのが、そもそも失敗だったのだろうか。



「ねーねー、外から行こうよう、レンマ! すごく良い天気だよ! アタシつまんない!」

「今日はミッションもないし、あんまり出る気分じゃないんだよな……」

「そこをなんとかするのがアタシの役目! アタシ頑張る、負けない!」

「なんでそんな使命感に燃えてるんだよ」

 女神様ー、案内役が案内しすぎてますよー。助けてくださーい。



「すみません」


 そのとき、部屋にノックの音とシュティーナの声が響いた。モーチと顔を見合わせ、すぐに開けに行く。


 オレンジ色の髪をふわりと揺らし、初めて見る絹でできた薄クリーム色の服を着て、外に出る準備万端のシュティーナが立っていた。


「ごめんなさい、寝てたと思うんですけど」

「え、あ、ああ。どうした?」


 そう聞くと、彼女はシロツメクサのように穏やかな表情でニコッと微笑む。


「良かったら、一緒に外に出ませんか」




 ***




「もっと涼しいかと思ってましたけど、結構暖かいですね」

「だな」


 ラッチ郡のミッション管理所の南にある出口から外に出て、背の高い草が生い茂る草原を散歩する。


 郡といってもそれ自体が町・村の集まりで、もう少し南に歩くと行ったことのない町があるらしい。空には名前も知らない赤い鳥が2羽、楽しそうに飛んでいた。



 モーチに強制されたときは全く出るつもりがなかったけど、あんな風に誘われると断るのも悪い気がして結局外に出てきた。異世界版、北風と太陽。



「……きっとレンマのことだから、落ち込んでるんじゃないかと思ってたんですよ」

 と、しばらく景色を楽しんでいたシュティーナが急に口を開いた。


「へ? え、そ、そんな——」

「昨日の魔法使いに言われたこととか、気にしてたんだろうなって」

「……まあお見通しだよな」

「ふふっ、似た者同士ですから。私なら間違いなくあそこで落ち込んでます」


 アルノルやシュティーナと自分を比べて落ち込んだシーンもあったんだけど、そんなことはどうでも良かった。俺のことを気にかけてもらえたことが、素直に嬉しい。


「ホントはね、外にお誘いするかどうか迷ったんです。あんまり出たくない気分かもしれないですし、部屋でずーんと沈んで、浮かんでくるのを待ちたい日もありますしね」


 じゃあ何で、という問いは俺の表情にしっかり出ていたらしい。彼女は俺から目線を逸らし、話を続けた。


「私もよくそういうことやってましたけど、それで気分が晴れたことないんですよね。ですからこれは、私なりのお節介です」


 さすがだな。俺も知ってるよ。


 ああやってくるまってても、どうにもならないことを知ってる。でもそういうのを全然分からない人に「外に出よう!」って言われてもどうにも出る気がしなくて。だから俺はひょっとして、心のどこかで、彼女のような人が、彼女が、連れ出してくれるのを待っていたのかもしれない。



「ありがとな。にしても、シュティーナが布団かぶって落ち込んでるところ、案外想像しやすいな。たまにこの世の終わりみたいな表情してるし」

「そうなんですよ。沈んでるときは顔の表情まで取り繕ってる余裕ないんです。女王になったらどうしましょう、あんな表情しちゃマズいですよね?」


 その質問に、思わずぶはっと吹き出す。


「そんな女王いたら、逆に国民も発奮するかもしれないぜ? この女王を悲しませてはいけないって」

「確かにそうかもしれませんね、ふふっ」


 アレもコレも深く思い出さないようにして、ただただ2人で笑いながら、彼女をまじまじと見る。


 彼女の周りだけ空気に色や香りがついているかのように綺麗で、なんとかしてずっと笑わせてやろうと思うほど素敵な笑顔だった。



 そりゃあ、シュティーナが女王になったら、もう確実に届かない存在だけどさ。別に俺にとっては女王になるとかならないとか、ホントにどうでもいいんだよな。単純に彼女とお互いくよくよしてるのをぶつけあって、心のトゲトゲを削って丸くしていって、「人生やっていくか」「やっていきましょうね」って話してるのが楽しいんであってさ。



 こんな俺が、とも思う。でも、こんな俺だから、とも思う。



 運命の出会いだ、なんて期待はしない。後でおのれが傷つかないように。


 でも、それでも、彼女と出会えたことを、偶然のままで片づけるのはあまりにも勿体ないんだよな。



「ずっと気になってたんだけど」

 聞いてみたかったことを、彼女にぶつけてみた。


「女王になりたいのか?」


 その問いに、彼女、シュティーナ=ハグベリはこめかみの辺りを撫でながら目を伏せ、苦笑い気味に顔を上げる。その首の動きは、かしいだ心を立て直している仕草そのものだった。


「正直、あまり乗り気ではないですね。でも、やるならセノレーゼ王国のために責務は果たしたいと思っています。なので今は、誰が女王になるのか、早く結論を出してほしい、という感じですね」

「……だよな」



 きっと性格も性質も変えられないけど、彼女は時間をかけて、覚悟を決めた。俺も、ちゃんとしなきゃな。



「ところで、女王ってどうやって決めるんだ?」

「現国王が指名するんです。ただ、今はまだ元気でおられますし、やり遂げたい内政の改革もあるようですから、この1年くらい指名することはなさそうですね。指名したら『いつ譲るんだ』という話になりますし」

「なるほどね、結構ヤキモキするな」


「そうなんです。先が見えないまま過ごすのは心がしんどいですね。人生って何だろうって気になります」

「何なんだろうな。うまく生きられるようになりたいな」

「なりたいですね」


 そう言って、溜息を混ぜ合わせる。


 ラッチ郡のA級パーティー、とんでもない能力を持った魔法使いと、次期女王候補。傍から見たら相当に恵まれてるはずの2人が悩んでいるのが、なんだかとても可笑しかった。




 ***




「で、ここで体を捻りながら剣を斜め上から振り下ろす!」

「よっ、と。なるほど、捻ることで遠心力もつくのか」


 金色の髪を朝日に輝かせながら、アルノルが嬉しそうに「そうです!」と頷く。


「思いっきり上に振りかぶるより、胴ががら空きにならないので、恐怖心も少ないですね」

「確かに、俺みたいなタイプだとそれ結構大事だな。あ、シュティーナ、もうすぐ休憩するから、まずは薬草の基本から教えてくれ」

「はい、分かりました。見本を準備しておきますね」



 シュティーナと話した翌日。俺は、剣と薬について学び始めた。

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