第27話 楽でいいなあ、そういうの

「それにしても、さすが未開拓ってだけありますね。歩きにくいなあ」

「アルノル、こっちのつたも切ってもらっていいか。足がひっかかりそうだ」


 現地調査ミッションのため、かなり北の方にある森の中を歩いていく。森自体は細長い地形になっているため、まっすぐ突っ切ってモンスターが出なければ居住用に開発することも考える、ということらしい。


 時折、既に草が切られてる場所があって、別のパーティーが進んでいることが窺えた。


「今のところは特に何も出てきませんね。大きな動物が済んでるような形跡もないですし、全部伐採すれば人が住めるようになるかもしれません」

「ですよね。それにしても珍しい花がいっぱいあるな。これとかも……いてっ!」


 アルノルが小さな悲鳴をあげる。花のつぼみを触って潰したのか、蜜のように粘り気のある赤茶色の液体が手にベットリとついていた。


「なんか気持ち悪い、葉っぱで拭かないと——」



 次の瞬間。彼の体が震えだす。



「え……? か……は…………」

「アルノル?」


 返事もないまま、彼はグルンと白目を剥き、その場に倒れた。


「アルノル! おい! どうした!」

「レンマ、おそらく毒です! それに触らないでください!」


 俺を右手で制し、シュティーナがアルノルの手についた液を水で洗い流す。その後、彼が触ったらしき花と赤茶色の液を観察しながら「症状はあれに近いですね……ということは対処法も……」とブツブツ考え始めた。



「レンマ、アルノル君を見ていてください。近くに薬に使えそうなものがないか探してきます」

「あ、ああ。治りそうか?」

「多分、大丈夫です。この辺りの草なら大体分かりますから」


 そう言って走って取りに行く。倒れている仲間を見ながら静寂を過ごすのはなんて不安なんだろう。

 シュティーナが大急ぎで戻ってくるまで、何もできない自分の無力感にさいなまれていた。



「ユイゴの葉とヨミュリの花がありました。リンネさんから教えてもらった解毒剤をアレンジすれば効き目がありそうです」


 言いながら、シュティーナがユイゴの葉をちぎりだす。そして腰に提げた布の袋からり鉢と白っぽい液体を取り出し、その場で即席の解毒剤を作り始めた。


「飲ませましょう。レンマ、アルノル君の口を開けてください。あと、水の用意を」

「分かった」


 小さく痙攣している彼の口をこじ開け、深緑色の薬を水で流し込む。


 しばらくすると震えは止み、やがてゲホッゲホッと大きくむせこんだ後、目を覚ました。


「んん……口の中が苦い」

「アルノル!」

「アルノル君!」


 ゆっくり起きあがり、「そっか、毒にやられたんですね」と触ってしまった右手を見る。


「不用意に触らないようにしなきゃ。シュティーナさん、ありがとうございます!」

「いえいえ、とんでもありません。薬師の仕事をしただけですよ」


 安堵した表情で微笑むシュティーナ。彼女がいて良かった。俺にはどうしようもないからな。


「さて、じゃあ草に気をつけながら進みましょう!」

「お前が言うなっての」



 そのまま進んでいくと、深い森にありがたいオアシス、湧き水が見えた。


「おお、ここで少し休——」


 まったく、俺は視野が狭い人間だ。湧き水があるってことはそこに生き物が生息しやすいってことなのに。


 それが無害とは限らないのに。


「グウウウウウウ……」


 腹の底に響いて恐怖心を共鳴させるような唸り声。鋭い鉤爪を持つ巨躯の熊がこちらに向かってきていた。


「クロウグリズリー……! レンマ!」


 シュティーナが叫んだときには時すでに遅し。敵は俺めがけて飛びかかってきた。魔法を出すには時間がかかる。念じてるうちにタイムアップで頭から一撃だろう。


「グウウワアアアアアア!」



 ああ、これは、間に合わない。



「レンマさん!」


 敵の爪をガシッと弾いたのは、アルノルの剣だった。


「こ……の……っ!」


 腰を落として重心を下げ、鉤爪との鍔迫り合いから一気に力を込め、クロウグリズリーの体をガッと弾く。


「いったん逃げますよ!」


 やや放心状態だった俺の手をグッと引くアルノル。シュティーナも加わり、全速力で距離を取る。


「もう少し先に細い道あったからそこ通りましょう。少しは迷わせられるはずです!」


「……ありがとな」

 走りながら横のアルノルに礼を言うと、彼はクッと口角を上げた。


「いいってことです。シュティーナさんと同じで、オレも剣士としての務めを果たしただけですから!」

「さすがです、アルノル君」


 笑って見せる2人に、心が潤いを失って急速に干からびていく。メンタルも保湿が必要。




 シュティーナもアルノルもすごいよな。ちゃんと自分なりに知識を磨いて、腕を磨いて、ミッションに貢献してる。


 いや、俺がしてないかって言われたらしてなくはないのよ? でもほら、俺のってあれじゃん、2人からしたら「それ女神の力じゃん」ってなってる可能性もなくはないでしょ?


 抽選で当たったお食事券で人に奢ったときに、相手も「奢ってもらった感」が薄くなるのと似てない? 例えが遠すぎて俺もよく分からなくなってきた。


 とにかく! なんか! モヤモヤしてるってことですよ! 勢いつけたけど全然心がポジティブに振れないな!




「あっちにひらけた場所ありましたよね? あそこで態勢立て直しましょう!」


 先頭のアルノルがギアを上げて駆けていく。草が生い茂る、小学校の体育館くらいの広さの草原に飛び込むと、そこには既に、女子1人、男子2人の別のパーティーが待機していた。


「あ、れ……?」

「アンタ達、クロウグリズリーから逃げてきたの?」


 アタシ達もさっき襲われてさ、と金髪をハーフアップにしている女子が腕を見せる。ギリギリのところで攻撃を躱したのか、布がビリっと大きく破けていた。


「でもここ、地脈エネルギー弱すぎ。これじゃほとんど魔法使えないわ。うち、アタシとこいつが魔法使いだからグリズリー相手は結構やばいかも」


 そう言って、彼女とその隣の男子が手を前に翳す。力を込めるも、手から出る光はごく小さいものだった。


「ここもダメね。向こうで試してもらっていい? アタシはこっちでやる。アイツが来ないうちに急ぐわよ!」


 そうして2人とも、10歩ほど進んでは両手を翳し、大きな光が出ず、また10歩進み……と魔法が使える場所を確かめていく。それはまるで、スマホの電波が入るかどうか確認する作業のような単調さと大変さだった。


「ダメね……仕方ない、打撃で戦いましょう。剣がどこまで通じるか分からないけど、弓はイケるかもね」


 武器を手にし、グッグッと屈伸して、臨戦態勢に入った。



 そうだよ、これが普通だよな。普通の魔法使いってこうやって地脈探って、使える場所を見極めてくんだよな。そしてダメだったら剣や弓に切り替える。


 その繰り返しで、ひょっとしたら地脈の勘みたいなものも冴えるかもしれないし、弱い魔法でも戦えるテクニックを身につけていくのかもしれない。


 そうやってリンネみたいな、自力でS級まで昇れるような超一級の魔法使いが生まれるんだぞ、レンマ=トーハン。



「皆さん、シッ! この音……レンマ、グリズリーが来ます!」


 シュティーナが叫び、草原に静寂が訪れる。その緊張感は、「グウウウウウウ」という唸り声で最大限に高まった。


「グガアアアアアアア!」


 叫びながら突進してきたクロウグリズリーが、俺達を前にすっくと立ち上がる。1.5倍はあろうという巨体、陽光にギラリと光る鉤爪。魔法がなければ、泣いて逃げ出したくなるような相手だった。



「シュティーナ、この前ラプチャーラットに使ってた粉、まだあるか?」


 作戦を察した彼女が、「これだけの量あれば大丈夫ですよ」と小瓶を取り出した。


 すぐに両手を翳す。地脈の具合などお構いなしに、いつも通り、強く白い光が手を包んだ。


「素早さ勝負は危なそうだからな」


 始めは火球で攻撃しようと思ったが、避けられたときのリスクが大きすぎるので風の魔法を使うことに決めた。


「いくぞ」


 魔法を使うことに慣れてきたのか、頭の中のイメージが鮮明になり、前よりは多様な攻撃ができるようになってきた。

 風を渦状に旋回させていき、巨大な竜巻を作ってグリズリーを囲む。


「グオオオオオオッ!」


 敵にとっては見たこともない攻撃。さすがに体が持ち上がることはないが、目の前で吹き荒れる風に怯んでいる。


「シュティーナ!」

「いきます!」


 フタを開けた小瓶を竜巻に向かって投げつける。やがて大量の中の粉——催眠剤——は風に乗り、熊に降り注がれていく。


 しばらく敵は暴れていたが、次第に叫び声が「ゴアアアアッ……」と弱まっていく。


 竜巻を止めると、フラフラと前後に揺れたのち、その場にどさりと倒れた。



「レンマさん、さすがです! 今の技、ヤバいっすね!」


 アルノルが嬉しそうに近づいてきて竜巻のカッコ良さについて熱弁を奮う。

 今は精神状態イマイチだからこのテンションで来られるのヤバいっすね。


「ビックリしたわ、この場所であのレベルの魔法繰り出せるなんて……とんでもない使い手ね」


 金髪ハーフアップの彼女が、目を丸くする。


「いや、まあ、たまたまというか——」

「そうなんですよ! レンマさんは別の世界からの転生者なんですけど実は」

「おおっとーーー! アルノルーーーー! テンション高いままになってるぞーーーーー!」


「転生したときに女神様から特殊な力貰ってて、どこでも魔法使えるんですよ!」

「ちょっとーーーー! アルノルーーーー!」


 全部話したなこのヤロウ。俺の必死の制止を聞いてなかったのかお前は。



「ふうん」



 それを聞いた彼女は、やや興味をなくしたように鼻で溜息をついた。



「でも、なんか、楽でいいなあ、そういうの」




「…………えへへ…………ねえ………」




 知ってます? 色々なしんどいこと喰らうのが重なると、うまく喋れなくなって、笑顔作るのも下手になって、向こうのパーティーが帰ったあともアルノルやシュティーナに心配されちゃったりするんですよ。

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