第5章 町から郡へ ~俺は異世界のもろきゅう~
第25話 行った途端に期待値が
「は、あの、待ってください? 俺達が郡のミッション?」
突然すぎる大抜擢に、動揺してオムウ返しのように老婆に訊いてしまう。
「そうさ、昔からいる上位パーティーにも意見を聞いてね。ほとんどは明確な推薦なかったけど、絶対にお前さん達が良いと言ってるのがいてね」
「え……誰ですか?」
「リンネさ」
瞬時に顔が浮かんでくる。協力して悪党を倒した、S級魔法使いのリンネ。彼女は、俺の魔法の秘密を知っている。
「まあ、アンタ達の活躍は私達も十分に知ってるし、今回郡の要請に回答しておいたってわけさ。もちろん、イヤなら断るけどね」
はい出ましたよこれ。段取りは全て終わっていて「あとはそっち次第だよ」パターンね。こういうのに直面するたびに、俺の心の中の未熟な14歳が「オトナはなんかズルい!」って喚くんですよ。
いや、そりゃ断りたいですよ。もう自分が自分を「女神の力だけで郡直轄のパーティーになった人」認定しちゃうもん。栄養価ほとんどなくても「瑞々しくて歯応えがいい」って理由で人気野菜カテゴリに入ってるキュウリと一緒。手前味噌ですが……と謙遜しまくる俺は異世界のもろきゅう。
でもさ、アルノルが郡直轄のパーティーに憧れてたじゃん。シュティーナだってモーチだって、そっちの方が良いだろう?
一応リーダーみたいなことやってるから「行かないでもいいかなあ?」って聞けるけど、向こうからしたら「イヤだ、行きたい!」とは言えないよね? 俺が相手だったら言えないもん。そう考えると、やっぱりそういうことは聞けないわけです。俺は何手先まで読む気なんだ。
「いや、せっかくの機会なんで受けさせてください」
「あいよ、じゃあよろしく頼むね。伝令の使いを出して、向こうには伝えておくよ」
「レンマ、ナイス! ナイス人生!」
小さい右手を口の横につけて叫ぶモーチ。どういう褒め言葉なのそれ。
「レンマさんさすが! オレ、レンマさんもしかして、『魔法の力だけで郡に行ったなんて考えると気が沈んじゃうからやめよう』とか言うかと思ってましたよ」
「大丈夫だってアルノル」
お前の読み鋭いな。でも俺の方が一枚上手だぜ。
「レンマ、おつかれさまです」
ただ1人だけ、違う反応を見せたシュティーナ。なんとなく、苦悩を察知しているような気がして、酸っぱいような顔をして見せた。
「ちょっと急ぎだけど今日の夕方には出発して夜にはラッチ郡の管理所に着いててもらうことになりそうだよ」
「分かりました」
「おい、ちょっと待てよ!」
ひと段落したかと思われた場に水を差す、聞き覚えのある低い怒鳴り声。
最近A級に上がったらしいグゥービーが、人波を押しのけ目の前に現れる。ガタイのいい体にツンツンと垂直に立った銀髪は、まさに「怒髪天を衝く」という感じだった。
「婆さん、なんでこのE級のヤツらが郡に行くんだよ。どう考えてもおかしいだろ? 俺達にやらせてくれよ。A級にもなったし、もっと上のレベルの仕事やりたいと思ってたんだ」
いや、そりゃそうなるよね。お婆さん、2人とも耳打ちの声が大きいんだよ。完全に周りに聞こえてるんだもん。「ホントにここだけの話だけど、林さん、異動になるらしいですよ!」って20m先から叫んできた後輩かよ。
「落ち着きなグゥービー。実際に推薦もあったんだし、今回はレンマ達に行ってもらうよ」
「そんなんで俺が納得すると思ってんのか? 弱小に適性も何もないだろ? じゃあ何か、ここで俺がこいつらに勝てば考え直してくれるか」
突然、太い腕が伸びて俺の胸ぐらをガシッと掴む。次の瞬間、体はぐいっと前に引き寄せられ、自信たっぷりの彼の顔が眼前に迫った。
「ちょっ、ちょっと待てって」
「忠告した通り、武器の訓練はしてきたか? 何も持ってないみたいだけど、それじゃ抵抗できなくても仕方ねえよなあ?」
表情を見て分かる、グゥービーの不満の溜まりよう。後ろでアルノルが「おい、やめろよ!」と叫んでいる。
「なんでお前らなんだよ? あれか、次期女王候補の権力でも振りかざしたか。あるいはこの姫の体でも使って根回ししたか? いや、体ってんなら、そっちの若い剣士も物好きには好まれそうだな」
口を歪ませて、下卑た笑いを吐き出した。自分のことならまだしも、仲間のことを悪く言われると激しい怒りが込み上げてくるものだ。
「ここは地脈弱くて魔法使えないからな、こっちも武器使うのは勘弁してやる。でもよ、鍛えた人間の拳もなかなかの威力だぜ」
左手に力が入り、さらに俺の体を寄せる。見ている老婆や他のパーティーから俺の手が見えにくくなるこの瞬間を、待っていた。
お腹の辺りで両手を翳す。赤い光がボウッと灯った。
「いいか、抵抗しても……あ?」
熱気に気付いたグゥービーが下をチラと見る。出るはずのない場所に確かに見える炎に、彼は目を丸くした後、すぐに「な……なんっ……!」と脅えるような表情に変わった。
「色々あって、武器は持たなくてもよさそうなんだ。ラッチでもやるだけやってみるよ」
呆然として力の抜けた彼の腕を引き剥がし、「ごめんな」とアルノル達に手を合わせた。魔法を見せることになったけど、まあこの場所ともお別れだし、ちょっと反撃したかったし、今回はやむなしだよな。
「じゃあ、ちょっと準備の時間取って、ご飯食べたら出発するか」
「ですね!」
立ち尽くすグゥービー達の横をすり抜け、俺達は道中に食べる携帯食の買い出しに向かった。
***
「アルノル! そっちに行ったぞ!」
「任せてください!」
草花の咲いていない荒れ地。炎の連続攻撃で逃げ道を塞いだネズミにアルノルが強烈な一撃を振り下ろす。
「ジャウッ!」
当たり所が悪く、切れたのは尻尾だけ。痛みで叫んだ敵は、まさにネズミ花火のように縦横無尽に走り回った。
「レンマさん、爆発します!」
「クソッ、まずいぞ!」
そこで「レンマ!」と声をあげたのはシュティーナだった。
「私がやってみます!」
言いながら、持っていた小瓶を開け、入っていた微細な粉をネズミに向かって撒く。
「ジャアアッ……ジャウ…………」
だんだん動きが鈍くなっていき、遂にはそのまま動かなくなってしまった。
「すごいですね、シュティーナさん! それも薬なんですか?」
「ええ。通常はこれに別のものを混ぜて睡眠剤として使うのですが、この状態の粉だと、動物には催眠に近い効果があるんです。そのラプチャーラットもフラフラしているだけですよ」
「ありがとうシュティーナ、助かったよ」
よし、覚醒する前に退治しよう。
郡のミッション管理所に向かって、俺達3人は山を越えている途中。急に自らの体を毒ガスでいっぱいにして破裂するというネズミ、ラプチャーラットが出たので、慌てて3人で仕留めた。初めてのモンスターだったけど素早くて割と手強かったな。
「ふう、ここまで山降りればそろそろだと思うんですけどね」
「そういえば、ラッチではまたF級からS級まで格付し直すんだろ?」
「そうですね、オレも詳しくは分からないですけど、これまでの実績を加味したうえで他のパーティーとの比較で決めるみたいです」
「大体D級やC級くらいになると聞いたことがありますね」
話しながらふと気付く。この陣形、3人が横一列になっている。そう、これだよこれ、これが理想。前2人で後ろ1人になったら、後ろは後ろで寂しいけど、前は前で後ろに気遣ってテニスの審判かってくらい首振ることになりそう。これをパーティー歩行の基本形にしたい。何なら例え5人でも一列で歩きたい。
「あ、ありました! あそこがミッション管理所ですよ!」
アルノルが指したそこは、ダイス町のものより更に大きい。チェーンの居酒屋くらいの広さはあるだろうか。ミッション受付のカウンターだけでなく、鉱石の実物展示や、簡単な打合せができそうなテーブルなどがあり、この郡でのミッションの重要性と規模が窺い知れた。
「あの、ダイス町から来たレンマですけど……」
カウンターにいた薄毛の
「いやあ、今この辺りはミッションの数も難易度も大変なことになってまして。ようこそお越しくださいました。山を越えるのは大変だったでしょう?」
「ええ、大変でした。中腹でラプチャーラットが何匹も出たので倒したりして」
「おお、倒されたのですね! すばしっこいから剣で追い詰めるのは大変だったでしょう?」
急に質問が飛んできたアルノルが、やや動揺しながらも「いえいえ!」と返す。
「レンマさんが炎の魔法で誘導してくれたので!」
「…………え?」
そこで全員、ぴたりと動きを止めた。え、何。何があったの。
「レンマさん、魔法を使ったんですか?」
「え、あ、はい。なんかまずかったですかね……?」
「とんでもない!」
スタッフの1人、40代くらいの男性がグッと顔を近づける。
「最近この辺りでは、地脈が弱まっててほとんど魔法が使えないんです! そのためにミッションの難易度が上がってるんですけど、まさかあの山で自在に魔法を使えるとは!」
「レンマさん、相当な使い手ですね!」
ああ、これはそっちが悪いね。始めから魔法使えない話してくれればこっちも話合わせて期待値コントロールできたんだから。俺の不安もラットみたいに破裂しそうだよ!
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