第23話 思わぬお誘い

「あーあ、レンマっちともさよならかあ。寂しくなるわね」

 ピンクの髪を後ろで束ねながら、サイレがふうと短く息を吐く。


 まもなく夕方になるミッション管理所前。このパーティーで4つ目のミッションを終え、猛毒を持つベノムクリケットの触覚を渡し、報奨金を山分けした。


 いつもなら飲みに行くところだけど、今夜シュティーナとアルノルが退院するらしく、ハーティ達のパーティーとは今日でお別れ。


「お前らの友達もケガ治ったんだろ? ならちょうどいいよ。明日からまたそれぞれのパーティーで活動だ」


 俺の言葉に、ハーティがガッと俺の手を掴んでぐいっと顔を寄せる。いやだから距離、距離感。大多数の人間がこの近さダメだから。


「レンちゃんのおかげでD級まで上がれたよ! マジで嬉しい! な、ソラ!」

「それなー。王ヤバいから」


 もともと剣士4人という攻撃力は折り紙付きのチーム編成。サポートしてるうちに戦いや連携攻撃のコツを掴んだのか、E級のミッションを難なくクリアできるようになり、前回のミッションで昇格した。


「レンちゃん、元気でな……あ、ヤバ、なんか泣きそう」

「ハー君、分かる! アタシも涙腺キテる!」

「これヤバいねー。泣くわー、絶対泣くわー」


 キャピキャピはしゃぐ2人と、相変わらず気怠そうに前髪を撫でつけてるソラ。これ、泣きそうっていうシチュエーションに酔ってて絶対泣かないヤツでしょ。これから泣く人が「いや、俺の方が先に泣くから」とか言い合いしないから。



 まあでも、苦手なりになんとかキャラも維持して、うまくやったよな。三度の飯より飲み会が好きな同僚から「社内の忘年会、一緒に幹事やることになりましたよ!」と声かけられた依頼の頑張りだった。「とりあえず飲んで労をねぎらいましょう!」って俺達が一体何を成し遂げたんだよ。



「そういえば、ケガしてた一人もここに来るんだよな? じゃあ俺、そろそろ出るよ」

「いやいや、待ってレンちゃん! このパーティー昇格の最大の功績者としてリビンに紹介させてよ」


 行くだの待ってくれだのやっていると、剣を持ちながら、片足を庇うように重心を傾けて歩いてくる男子が1人。そうか、あれがリビンか。


「リビン! 会いたかったぜ!」

「リー君! 待ってたー!」


 ハーティとサイレ、2人の歓迎に、茶髪の彼はコクコクと頷く。


「あ、ありがと、うん……なんか、ごめんね、俺がケガしたせいで迷惑かけちゃって……ソラも何回もお見舞いありがとうな」

「いいんだよー、マジで治って良かった」

「元はと言えば俺の不注意だからさ……ずっと家で反省してたよホント……」


 えええええっ! なんでお前だけそういうキャラなの! バランス悪すぎだろ、京御膳にカルパッチョかよ。


「あ、アナタがサポートしてくれたレンマさんですね……ホントにすみませんでした。俺が不注意で足やっちゃったせいでこんなことに……」

「いや、なんかこっちこそリビンさんいない間に混ざってしまって、なんかすみませんホント……」


 低姿勢同士でお互い地面に着くんじゃないかと思うほど頭を下げ合い、ハーティ達3人から「なんか息ピッタリでウケる!」と大爆笑される。

 なんだかんだ言って、シュティーナとアルノルの入院代くらいは稼げたし、お世話になったな。



「じゃあ行くよ。ミッション管理所で会うこともあるだろうし、これからもよろしくな」


 俺は全員と握手して、2人が待つ病院へと向かった。




 ***




「アルノル、元気そうだな」

「レンマさーん! 会いたかったですよー!」


 病院に行くと、真っ先に迎えてくれたのはアルノルだった。もうすっかりピンピンしていて、飛び掛かる猫のように抱きついてくる。


「いや、聞いてくださいよレンマさん! 病院で何人か友達できたんですけど、その中のダープがすごい面白い話してくれて!」

「あー待て待て、空いた期間を情報量で埋めようとするな」


 まず顔が近い。ハーティと変わらないくらい近い。そして友達を作るのが得意すぎる。あとダープが誰だか分からないうちにダープのエピソードトーク聞かされても多分笑えないぜ。


「レンマ」


 呼ぶ声に振り向く。少し伸びた鮮やかなオレンジ色の髪を、開いた窓から吹き込む風に靡かせ、シュティーナが嬉しそうに笑っていた。


「ひ、久しぶりだな、シュティーナ」


 一度意識したせいか、緊張で声が揺れる。


「え、ええ、レンマこそ」


 彼女も同じように声を上ずらせて返した。あれ、大丈夫かな、俺の顔が強張ってて動揺させちゃったかな……?


「2人とももう大丈夫か?」

「もちろんです! オレ、すぐにでもミッション行けますよ!」


「お医者様からも、退院して良いと許可を頂きました。その……レンマは別のパーティーで元気にやってましたか?」

「俺? ああ、うん、割と元気……だったかな」

「そうですか」


 シュティーナとの間に残る幾分のぎこちなさ。話したいことはたくさんあるけど、お互いがお互いの距離を不可視のメジャーで測っている。変に意識している俺とは理由が違うけど、彼女も久しぶりに会って緊張しているんだろう。俺達は似た者同士。


 でも、だからこそ、こんなときの打破の仕方は何となく分かるんだ。


「いやあ、大変だったんだよ。向こうが幼馴染3人組だからさ、ミッションで山とか歩くときも前に3人が固まってて、後ろに俺が1人で歩いてさ。ああいう時って孤独だよな」


 そう言うと、彼女はプッと吹き出した後、「ごめんなさい、あまりにも似た経験してて」と口元を押さえた。


「分かりますよ。はじめは並んで歩いてたはずなのに、どんどん後退しちゃって、いつの間にか後ろで話聞いてるだけのポジションになるんですよね」

「だよな、あれ不思議だよな。しかも今回、幼馴染とはいえ3人だぜ? 普通後ろに1人来るよな? 俺だったら『後ろがつまらなくないかな』とか気回しちゃうもん」


 顔を見合わせて、2人でクスクス笑った。俺達は似た者同士、だから些細なことで繋がって、理解し合える。


「え? あの、レンマさんもシュティーナさんも、自分から前に出て『混ぜて!』って言えばいいじゃないですか」

「バカヤロ、そんなことが出来たら始めからやってるっての」

「そうですそうです、簡単にできないから困っているんです」


 偶然が重なって組んだパーティーだけど、やっぱり俺はここが好きだな。




 ***




「はあ、4日、5日ぶりくらいかあ、久しぶりだなあ! 剣の腕も鈍ってるから全力で取り戻すぞ!」

「ふふっ、アルノル君、大分気合い入ってますね」


「やっぱりこの3人揃うとパーティーって感じがするわね! アタシまで嬉しくなっちゃう! さ、レンマ、今日もS級らしく活躍するわよ!」

「モーチの心意気が手に余るな……」


 翌日の午前、3人と妖精でミッション管理所に行く。広々とした青空に、ポツポツ見えるあだぐもが開放感いっぱいに遊ぶだけの見事な晴天。山や林に行くにはもってこいの日で、管理所内のカウンターは2列ともぎゅうぎゅうに混んでいた。


 と、銀髪の老婆と白髪眼鏡の老婆が、2人ほぼ同時にこちらに気付く。


「おや、そこにいるのはレンマかい?」

「パーティー復帰だね?」

「あ、はい。今日からです」


 ちょうど良いところに来たね、と手招きされ、俺達3人は手刀てがたなを落としながら受付に並ぶ列を掻き分けていく。


「ちょっと頼みごとがあるんだよ」


 2台のカウンターの真ん中に立ち、ほぼ同時に耳打ちを始めた老婆の話を聞く。しわがれた声のステレオ放送、なんか耳に残るな。


「何ですか、何かイヤな予感が……また悪党退治とかじゃないですよね?」

「とんでもない、もっと良い話さ!」



 さあ始まった、良い話と聞いて舞い上がってはいけない。「『彼らの戦い方はE級のそれじゃない』って質問が来たんで、ついS級と教えてあげたらレンマにファンとアンチが両方できた」「レストランがスポンサーについたから毎食タダになるけど、その店にいる全員と絡んでオススメメニューを紹介しないといけない」みたいな妄想を練り上げ、呼吸をするような自然さで期待値を下げる。



「レンマは最近この町に来たって言ってたけど、ダイス町の上の区画がラッチ郡ってのは知ってるだろう?」

「ええ、それは教えてもらいました」


 セノレーゼ王国の大きな行政区画は郡。その下に町や村がある。


「ラッチ郡でもミッションを管理してるんだよ。郡が主管してるから、規模も大きくて難易度も高いんだがね。それを請け負うパーティーが足りないらしいから、お前達を推薦しておいたのさ」

「は…………?」


 一音発したっきり、息の吸い方を忘れてしまった。

 話が少し漏れ聞こえたらしい、周りの他のパーティーがざわめき始める中、アルノルとモーチがすぐに「えええええっ!」と歓呼の声をあげる。



「レンマさん、やりましたね! 郡ミッションを担当するパーティーなんて、大出世も大出世ですよ!」

「ちょっと、すごいじゃないレンマ! アタシも嬉しい!」



 期待値を下げておいてもうまくいかないこともある。良い話の皮を被った、とてもとても不安な話だった。

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