第22話 「これは、いわゆる」略して恋(Side:シュティーナ)

 レンマは元気でやっているでしょうか。


 聞いた話によると、他のパーティーに助っ人として参加しているようです。変に明るいメンバーばっかりで、自分を省みたり無理に調子を合わせたりしていなければいいのですが。


「シュティーナさん、回診です」


 開け放した窓から朝の風と鳥の囀りがベッドまで遊びにきて、レースのカーテンを揺らします。ちょうど個室に看護担当の女性の方がいらっしゃいました。


「調子はどうですか?」

「はい、お腹の調子はなんとか……でも食欲が戻りません」

「かなりひどい症状でしたからね、無理ありません」



 ちなみに、「時折、日が昇ってくるのを見ると、感動すると同時に『私もこうやって誰かを照らせる人間でありたいのに』と泣きそうになってしまう」という症状もあるのですが、これはここの病院では診てもらえそうにないので黙っておくことにします。



「あの、そんなにひどいワインだったのですか?」

「貴女とアルノルが飲んだワインですか? あれはワインと呼んではいけないものですね、『ブドウを全力で負の方向に腐らせたもの』と言った方が——」

「もう結構です、ありがとうございます」

 最後まで聞いたら余計体調が悪くなりそうです。


「あの、何日くらいで復帰できるのでしょうか?」

 私の質問に、彼女は少し顔を顰めるようにして手元の紙を見遣りました。


「パーティーですか? 結構移動も多いと思うので、あと2日は安静にして回復して頂きたいですね。アルノルさんも同じような状況ですし」

「そう、ですか」


 今日と明日はここでお休み。何もすることがないというのも退屈ですし、暗いことを考えないようにするのも一苦労です。




「シュティーナさん、こんにちは!」

「こんにちは、アルノル君」


 お昼の自由時間に遊びに来てくれました。彼も食欲はイマイチらしいですが、頭痛や腹痛は大分治ってきたようです。


「あー、早くミッションやりたいですねえ」


 余っている丸いスツールを出してきて、そこに座りました。

 いつものヘアスタイルと違って金髪はおでこを隠していて、「あー、今日はシャワー浴びれる日だー!」と待ち遠しいようにサッと前髪を触りました。



「ふふっ、やっぱりしばらく剣を触ってないと体が鈍りますか?」

「へ? へ? いやいや、まあそれもそうなんですけど、早くセノレーゼ王国の役に立ちたいなあと思って!」

「え? あ、な、なるほど!」



 私のバカバカバカバカ、恥ずかしいことこの上ありません。穴が合ったら全部埋めて「穴を塞ぐ善行をしたので許してください」と叫びたいくらいです。誰に対する贖罪なのでしょう。


 ミッションに取り組んでる人はこういう崇高な思いを持っている方も多いということを知っていたはずなのに。自分の視野の狭さと視座の低さに呆れます。しょんぼりして冷え切った心を曇らせる溜息、結露の涙。私は何を言っているのでしょうか。



「アルノル君はセノレーゼで一番の剣士になりたいと言っていましたよね。何か理由があるのですか?」


 話題を変えようと、彼の夢について聞きました。これなら明るい話が聞けそうです。


「あ、すっごく単純なことなんですけどね。この国がもっと大きくなったときに『自分が一番、縁の下の力持ちをやったぞ』って思えたら、誇れるじゃないですか! 友達にも自分の子どもにも自慢できるし!」

「確かに、それは素敵ですね」


「ダイス町で相当実績あげれば、いつかラッチ郡管轄のミッションにも参加できますよね。町から郡、郡から国って活躍の場所を大きくできればいいなって。それこそ、もしシュティーナさんが女王になったときには、戴冠式のパーティーに呼んでもらえるような人間になりたいですね!」

「あ、ありがとうございます……なるかわかりませんけど……」



 イノセントで眩しいばかりの話に感服します。こんなに国のことを想って一直線に努力している彼が3歳下なんて。そのうえ明るい。天は二物も三物も与えています。


 でも少し失敗しました。感心と同時に胸に渦巻いているのは嫉妬です。そうやって夢を語れることも、夢を選べることも。私は女王になるのでしょうか、ならないのでしょうか。そんな単純で一番大きな問題の先行きすらまだ見えていないのです。自分ではどうにもできないことを抱えて日々を過ごすと、こんな時に妬みがポンッと弾けてしまいますね。



「あーあ、レンマさんも全然来れないなあ。お見舞いの受付終了が早いんですよね」

「夕方には終わってしまいますからね。その時間まではミッションやってるでしょうし、退院まで我慢ですね」

「手伝ってるパーティーで飲んだりしてるのかなあ、いいなあ。可愛い子もいたりして!」


 腕を投げ出し、残念そうに叫ぶアルノル君。その言葉に、なぜだかチクリと胸が痛みます。


「あ、ごめんなさい、シュティーナさんの前でこんなこと」

「え? なぜですか?」

「え?」

 首を傾げていると、彼も目を見開いてポカンとしました。


「あれ? なんか違ってたらごめんなさい。レンマさんと仲良いんだと思ってたので、可愛い子がどうこうなんて言わない方が良かったなって」

「あ…………」


 まっすぐすぎるのも考えものですけど、今回はそれが良かった、のかもしれません。




 私もずっと、レンマとは「仲が良い」という言葉で自分自身に説明していました。ひょっとしたら、それ以上深掘りするのが怖かったのでしょうか。


 でも、でも。単純に仲が良いというだけでは、アルノル君の言葉に胸が痛んだ理由は説明できません。だからはっきり分かるのです。「これは、いわゆる」略して恋なのでしょう。



 レンマと一緒にいると落ち着きます。両親と一緒に店の前を掃除し、お客さんに一生懸命挨拶していた、あの実家の薬屋のような安心感とはちょっと違います。


 多分どんなに暗いテーマを話してもちゃんと聞いてもらえそうという、ある種の信頼感に近いのでしょう。


「一生懸命自分の悩みを打ち明けたら、『なんか難しいこと考えてるんだね』と言われて、もうホントのことなんて言わずに上辺だけの話をしようって考えたこと、ありますか?」みたいな話も、彼ならきっと「鉱石なんか採るより、人生うまく生きる方法を探すミッションの方が大事だよな」なんて相槌を打ってくれそうです。



 でも、だからと言ってアプローチするのも違う気がします。レンマにはもっと、光の世界へ導いてくれる人が必要でしょう。その人と一緒にいることで自己肯定感が引き上がるなら、それがいいに決まってます。ひょっとしたら私だって、伴侶にはそういう方を選んだ方が幸せに生活できるのかもしれません。



 それに、レンマのことだから、きっと私が女王候補であることを気にするに決まってます。更に向こうは、「俺が気にするに決まってる、とシュティーナは思ってるだろうな」と思ってるに決まってます。そしてもちろん、「俺が気にするに決まってる、と思ってるに決まってる、とシュティーナは思ってるだろうな」と思っているに……あれ、今はどっちが何を思ってるんでしたっけ。混乱してきました。




「シュティーナさん? 大丈夫ですか?」

「え……あ、はい! ごめんなさい、大丈夫です!」



 頭をブンブンと振ります。とにかく、レンマにはもっと適切なお相手がいるだろうという結論にして、この話は一回心の奥に片づけた方が良さそうです。

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