第21話 「こんな、いまさら」略して恋
「いやあ、レンちゃんホントすごいじゃん!」
「そんなことないってハーティ! 魔法使いならアレくらい普通普通!」
初めて3人と会った料理店、3人と会った正にそのテーブルで、3人と飲み交わす。
ハーティが青い前髪を手櫛でぐわっと掻き上げながら「すみませーん、ワインもう1杯!」と注文したので、俺もすかさず「俺も!」と叫んだ。
ミッションが無事に終わり、痺れ花が結構なお金になった。このパーティーの方針「得た金はパーッと使う」に従い、早速打ち上げ中。高校生が文化祭で模擬店やる感覚の現金流動性。
アルノルやシュティーナの様子も見に行きたかったけど、あの病院は夕方以降はお見舞いできないらしい。日中ミッションをやってると間に合わないから、快復するまではなかなか行けそうにないな。
「なあ、サイレ。あの炎ヤバかったよな?」
「あれすごい! レンマっち超カッコよかった! ダークウルフだっけ? マジで瞬殺だったよね!」
肘を付きながら大興奮でワインを飲み干すサイレ。長いピンクの髪が、肘で寄せられた胸の谷間に入り込んで、思わず目を逸らす。
「違うってサイレ! た・ま・た・ま! な、ソラもああいう魔法、他のパーティーで見たことあるだろ?」
「あんなのないよー。感動したわー」
体を休ませているのか、頭をべたっと横の壁にもたれさせているソラが、気怠そうに、でもちょっと楽しそうに返した。
「レンちゃん、白状しなって。ぶっちゃけ俺、他の魔法だってそこそこ見てるけど、E級であれはない。アレでしょ? 実はレンちゃんはC級とかなんだけど、他のメンバーがレベル低いからEになってる感じでしょ」
「だーかーら、違うっての! 地脈が強かったのかなあ? 運が俺に味方したんだって! 出した俺自身が見てビビったもん。『こんな火球出るんかい!』って!」
お分かり頂けるだろうか。今俺は、酒をエネルギーに変えて、このメンバーにテンションを合わせている。
甘い甘い。何たって社会人なのでね、そりゃね、4年も会社の宴席経験してればこのくらいのことは乗り切れるわけよ。
営業も同席したりしてるわけで、「いやー、こういう店で食べる焼きそば、世界一ウマくないすか?」「夏フェスの焼きそばもヤバいでしょ!」みたいなこと言いながら炭水化物を平らげていくポジティブの塊な後輩達に調子を合わせるくらいのスキルはありますから。ちなみに世界一ウマいのは飲み会の帰りに家の最寄りのコンビニでお湯入れて帰宅と同時に食べ始めるカップ焼きそばですから。そこは譲れませんから。
「フーッ! レンちゃん、めっちゃ飲むじゃん!」
「待て待て、ハーティにペースあわせてるだけだろー!」
「やっぱりかー! 俺も飲むヤツだったかー!」
そのうち「結局この世はコミュニケーション力が10割」なんて新書が刊行されてもなんらおかしくない社会の中で、そんなに得意でないからと言ってコミュニティー内の関わりを断つことはできない。
だからこそ俺も俺なりに波長を合わせるスキルを磨いて、その場の空気を壊さないようにしている。そういう意味ではコミュ障ではない自信がある。
自信があるが、反動もある。
「じゃー、俺は宿だから!」
「レンマっち、いいの? ハー君の家泊まってもいいんだよ? それとも私の家来る、なーんてね!」
「おーいサイレ、年上からかうなよな! じゃーな!」
ドラマの脚本なら、このページで「レンマ、急に酔いが醒める」って書いてあるはず。注文通りの演技、アカデミー意気消沈男優賞。
とりあえず調子合わせられたと思うけど大丈夫だったかな? 「急にハイテンションになってて変だ」とか思われなかったかな? そういえばあの会話の時、ちょっとソラ顔
冴えた頭で一人反省会。今日の飲み会を頭から再生しては減点ポイントを探す。これが芸人ならプロフェッショナリズムだけど、俺の場合はプロと言ってもプロレタリア。心が労働階級を抜け出せずに地下施設で汗と涙を流している。何言ってんだお前、まだ酔いが残ってるな。
元の世界ではこういう時に、今の自分に一番ピッタリのダークトーンな曲を流して泣いてスッキリしてたんだけど、セノレーゼではそれもできない。深呼吸して、真上の月を眺める。
俺じゃなくてシュティーナが参加してたら、同じようになってたかな。「サイレからもソラからも、女王候補ってことばっかり話題にされて、私自身のことを誰も見てくれません。こんなの寂しすぎますが、普通の人なら女王候補ということに自負を持ってむしろ喜ぶのでしょうか。そうなるとやはり悪いのは私ということになりますね……人生……」とか思ってるかもな。へへっ、似た者同士だからな。
何だろう、やっぱり無性に話したくなるな。
あー、これはひょっとしてあれか、「こんな、いまさら」略して恋か。まさかその相手が女王候補なんてな。
もちろん顔だって好きだ。まつげが長くてパッチリした目、少女から成長を止めたような綺麗な肌、淡い色の唇。その笑顔は気品を帯びて、それでいてどこか儚げでもあって、放っておけない。
でも、それだけじゃないんだよな。話してると安心する。完全に分かり合えるなんて期待はしてないけど、それでも通じ合えるものがあって。俺が言って彼女が返して、或いは彼女が伝えて俺が頷いて、仲間がいることに嬉しくなったり、お互い自分自身を笑ってみたり、そうやって温泉みたいに居心地の良い空間がある。
とはいえ、何がどうなるとも思っていない。
パイプ椅子とパイプオルガンくらい身分違いの恋だし、俺みたいに「幸せになるポイントは1日の成功したことを思い浮かべながらぐっすり寝ること!」みたいな記事を読んでは「因果関係が逆で、幸せだからそれが出来るのでは」と文句を言っているような人間は恋する資格もなさそうだけど。
でも、もっと大事なのは、「もっとポジティブな人の方が彼女を幸せにできるのではないか」ってこと。
自分に自信がないというより、もっと明るく、彼女を照らして導いてくれる人の方が良い気がするんだよな。
同類だから分かるんだよ。心の安定剤になってくれる人の方が絶対いいでしょ。2人でくよくよしあってるの、生み出すものが「虚無」以外にない。何なら「膿み出す」の漢字の方がニュアンスとしては近い。マイナスの人間同士でも乗算できないんだよね、加算しかない。
俺と彼女はお互い辛さを分かち合った親友みたいなもので、上り下りの多い人生を激励し合いながら一緒に登っている戦友みたいなもので、だからこそ、付き合うとかそういうのとはちょっと違う気もしている。
「よしっ、寝よう!」
思考がぐるぐる回ったときは深みにハマる前兆なので、寝た方がいい。俺は俺の守り方を少しは知っていて、声に出して言い聞かせる。
***
「よし、レンちゃん! 今日もミッションさくっとやっていこうぜい! 今日は鉱石採集だってさ!」
「頼むぜ3人とも! 魔法でちょっとだけサポートするから、剣で仕留めてくれよ!」
「ヤバい! レンマっちの魔法サポート、レベル高すぎっしょ!」
「ウケる、王ウケるわー」
「はい、じゃあこっちこっち! ハーティ、鉱石入れる袋忘れるなよ!」
ミッション管理所を出て、4人でまた目的地に向かう。昨夜から急にテンションが落ちてもおかしいので、頑張ってある程度は維持。大丈夫、シラフでもできる。社会人なめんなし。
でもまあね! ちょっと、っていうか相当疲れるけどね! 夜の反動が心配だけどね!
あーあ、シュティーナは元気にしてるかなあ!
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