第14話 一度は迷ったけど

 ワーグと名乗ったその町長は、事件のいきさつについて話す。


「悪党4人は、元々はそれぞれ別のパーティーで魔法使いとして活躍していたようです。ただ、ある日『もういい』と言って突然パーティーを抜け、その4人でつるむようになったとか」


「あたしゃ全員知ってるけど、相当優秀だったよ。他のメンバーがイマイチだったから級はなかなか上がらなかったがね」


 落ちこんだ様子で補足する老婆を見ながら、以前この管理所の前でその集団の噂を耳にしたことを思い出す。


「少し前は、夜歩いてる人に炎や水でちょっとイタズラするだけだったようですが、最近は民家に放火したり、仕事で屋根に登っていた人を突風で落下させたり、冗談の範疇を軽く超えています」

「ひどいわね……やってる理由が分かればいいんだけど」


 モーチが口を真一文字に結んで首を突き出すようにしていると、ワーグ町長が顔をしかめて首を振った。


「それが、一度町の人間が問いただしたことがあるらしいのですが……『特に理由なんかないよ』と返されたらしくて……」

「そんなバカな! 理由もなくそんなことやるなんて! ねえ、レンマさん!」

「いや……多分、ホントに理由はないよ」


 俺の返事に、アルノルは未知の生物に触れたかのように困惑した表情を見せた。


「そいつらが言ってたのがそのまま答えだと思う。パーティーとして普通にやっていくのは『もういい』ってことだろ。現実から距離を置いて、たまたま始めたのが悪事だったってことだ」

「そっか……でも恨みとか復讐とかじゃないなら、案外すぐ終わるんじゃないですか?」


「そうとも言えないと思います。むしろ余計タチが悪いかもしれません」

 静かに、でも強い口調でそう言い切ったのは、シュティーナだった。


「明確な目的がないということは、明確な終わりがないということです。復讐なら遂げれば終わりですが、飽きるまでエスカレートし続けることもあり得ます」

「それは……シュティーナ姫、やはりとんでもない悪党ですね」

「いえ、町長さん。彼らは普通の人ですよ、きっと」


 やや蔑むような口調で言葉を発したワーグ町長に、彼女は「誤解しないでほしいのですが」と続ける。


「彼らの気持ちが分からないでもないんです」

「えっ。ウソでしょ、シュティーナ」

 モーチが彼女の目の前までフォンと飛んでいく。


「パーティーでずっと上に上がれないって、大変だと思うんです。国のために頑張りたいけど、お金も横這いでこの先どうなるか分からなくて、でもパーティーを引っ張らなきゃダメで。そうやって行き場がなくなったときに同じようなタイプの人に出会って、それがたまたま悪い方向に転がった、というか」


 シュティーナがちらとこっちを見た。


 そう、多分、俺達はそうなってもおかしくないタイプだと思う。くよくよから全てイヤになって、悪事に走ってもおかしくない。たまたま良い方向に転がってるだけで、何か1つ歯車がズレていたら似たようなことになっていたかもしれない。



「まあでも、だから放っておいていいってわけじゃないですよね」


 アルノルが腕をぶんぶん回した。

 あれ、完全に戦う気だぞこれ。まだ俺何も言ってないけど。


「皆さんは非常にレベルの高いパーティーだとお伺いしました。お願いします、このままでは皆も落ち着いて暮らせません」


 町長の嘆願が終わったタイミングで、また後ろから足音がした。


「この方達ですね」


 振り向くと、スラッと背の高い20代後半くらいの女性。強気が滲み出ている顔、凝った服、元の世界でいう意識高いキャリアウーマンっぽい。「体が資本なんで趣味はマラソンです。各国の大会に出てるうちに英語もマスターできました」みたいな。


「あ、彼女は今回放火の被害に遭った方で——」


 ワーグ町長が全部言い終える前に、彼女はツカツカツカと意志の強そうな音をたてて近づいてきた。


「彼らは悪人です。一歩間違えたら死んでいたかもしれません。肉片にしてください」

 端的且つ恐怖のオーダー。


「いや、実は俺、依頼受けるかも迷ってて……その、人間相手に戦うのはちょっと……」

 俺の気弱な返事に、彼女は更に鬼の形相を近づける。異世界のなまはげかアンタは。


「パーティーは国のために、個々の町村のためにありますよね。平和を脅かす犯罪者がいるんですよ。モンスターと戦えても、人間だから戦えないって言うんですか?」

「ねえ……まあそれは……まあ……」



 あのねお姉さん、心の中で言わせてもらいますけどね、そんな簡単に戦えないんですよ。


 人間と戦ったら、俺絶対に後で「人を傷つけてしまった……」ってなる気するでしょ。その反省だけで2時間は体育座りができる。


 そりゃ一番始めに酒場でいざこざもあったけど、あれは偶然だから。今度は故意だから。ね、そこ違うのよ、お姉さん分かるでしょ? え、俺のことご存じない? セノレーゼのネガティブウィザード、レンマです。憐憫のレンに真っ暗闇のマです。



「とにかく、ちょっとパーティーでも話したいので——」

 そこでまた入口から足音が聞こえる。今日はよく足音を聞く日だな。


「話、途中から聞かせてもらったぜ」

 やってきたのは、そろそろA級に上がれそうと評判のグゥービー達だった。


「婆さん、なんでこんなE級のヤツらに話すんだよ。たまたま朝イチで来たからって期待しすぎだろ」


 朝で気合いが入っているのか、銀色の髪はいつも以上にビシビシと立っており、もはやオナモミの仲間とみなしても良さそう。


「俺達にやらせてくれよ。こんな人間と戦えないなんて言ってる腑抜けにはちょっと荷が重いからな」


 ガッシリと締まった肉体を見せつけるように歩き、ワーグ町長と肉片ウーマンの前まで来て軽く一礼した。


「うちのパーティーに任せな。魔法使い4人なら地脈の弱い場所まで誘導して接近戦に持ち込めば造作ねえ。二度と悪事できない体にするさ」


 ワーグは言い方に引っかかったようだが、「受けてくれるなら……」と握手で返す。


 こうして俺達は悪党の討伐を回避し、代わりに普通の鉱石採取のミッションを請け負うことになった。




 ***




「オレは正直、ちょっと受けてみたかったですけどね。まあ、人間と戦うのはちょっと、っていうレンマさんの言ってることも分かりますけど」


 ミッションを無事に終えた帰り道、アルノルがポツリと漏らした。


「でもアルノル君、他のパーティーが受けてくれましたから」

「ええ、大丈夫ですよ! オレも別に人間と戦いたいっていうわけじゃないんです。ああやって期待してもらえたのが嬉しかったっていうか」

「確かにな、あの婆さんが推薦して町長から連絡もらえるなんて、ありがたいことだしな」


 そうなんだよ、そういう意味じゃちょっと後悔もしてる。そういう悪党が許せないのは俺だって一緒だし、パーティーなんて依頼されてなんぼだし、シュティーナだって嬉しかっただろうし。それをいくらパーティーリーダーだからって、人間と戦いたくないなんて個人的な理由だけで決めて良かったのか。



 あ、やばい、そんなこと考えてたら自己肯定感が1人旅に出た。


 まずい、ちょっと、どこに行くんだい? 自分を探しに行くの? 自分はここにいるよ? 行かないで、君に行かれたら俺はどうすればいいんだ。一方的に別れを告げられた女々しい彼氏の気分だ。俺の心を開く鍵はポストに入れておいてくれ。なんか開かなくなってる。


 最近、楽しくお酒が飲めたり、裏でS級に上がったりしてたからな。そういうときに自分を褒めて、「俺は大丈夫、やっていける」って思いを積み上げてきたのに。5日間積み上げて壊れるときは4秒だからな。メンタルパフォーマンス、通称メンパが悪すぎる。



「あれ、何でしょう、あの人だかり」


 辺りが薄暗くなる中、報告のためにミッション管理所に戻ると、コンビニサイズの建物の前に、何かを囲むように人が集まっている。


「……レンマ!」

「嘘だろ……」


 その輪の中央には、今朝魔法使い討伐の依頼を受けた、グゥービー達のパーティー5人全員がゴロリと転がっていた。全員息はあり五体満足ではあるものの、骨や内臓はかなりやられているらしく、手足も満足に動かせずに唸っている。


 周りでは、好奇心を高めて恐怖を抑えるためか、ボリュームの大きな声で噂話が飛び交っていた。



「町の裏手で横になってるのを発見されたらしいぞ」

「嘘だろ、B級だぞ。こんな完敗するほど向こうは強いのか?」

「そんなことより手紙だよ! 知ってるか? グゥービーの服に『そっちがその気なら、こっちも襲撃させてもらうぞ』って手紙が入ってたらしいんだよ!」

「誰か倒してくれないかな……」


 アルノルとシュティーナがほぼ同時に俺の方を向く。


 話を聞けてよかった。なんとか自分自身に言い聞かせる弁解ができそうだぞ。



「まあ、うん、襲ってくるなら、迎え撃つしかないよな」



 2人も、少し嬉しそうにコクリと頷いた。

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