第15話 討伐ミッションの始まりです(Side:シュティーナ)

「あの、俺達に魔法使いの討伐やらせてください」

「言われなくても、もう一度お願いするつもりだったよ」


 翌朝になって、私達はもう一度ミッション管理所に来ました。

 レンマのお願いに、お婆さんが溜息をつきながら頭を掻きます。カウンター越しに立っているのは、ワーグ町長と放火に遭われた女性。


「昨日までの話だと、西に行った森の中にアイツらが隠れ家にしてる場所があるらしいよ。今の状況じゃ、攻められても負ける気はしないだろうから、場所変えたりはしてないだろうさ。持っていくといいよ」


 お婆さんから手書きの地図を受け取ると、ワーグ町長が私達3人の手を順番に握りました。


「皆さん、敵も本気で来ています。どうぞお気をつけて」

「ありがとうございます、町長さん。皆が安心して暮らせるよう、全力を尽くしますね」


 続いて被害者の女性がグッと顔を寄せ、強気の表情を見せます。モンスターと人間のハーフではと思うほど怖いです。夢に出たら土下座して全面降伏です。


「肉片にしてくださいね」


 相変わらずすごい注文です。「その野菜は灰汁あくを抜いておいてください」くらいの軽いトーン。


「大丈夫ですよ! オレ達は絶対負けないです!」



 アルノル君のこの根拠レスな自信もすごいです。人間として見習いたいですけど、ちょっと相手に強い物言いをしただけで脳内にいる仮想のその人が「言い方ってものがあるでしょ。人としてダメね」と怒ってきて1人で落ち込んでる自分からしたら、とてもじゃないですけどレベルが違います。自分を好きになろうミッションF級の私。はあ。



「じゃあ、今日の夕方から行くよ」

「ちょっと待ちな」


 行こうとするとお婆さんから止められ、ほぼ同じタイミングで「くああ、眠い」と愚痴りながら同い年くらいの女子が入ってきました。


「たまたま今日はパーティーの活動ないっていうから呼んだんだ。S級の魔法使い、リンネだよ。連れて行きな」


 紹介されて、その赤いポニーテールの彼女はペコリと一礼します。


「リンネよ、よろしく。アンタ達、E級なんでしょ? 足引っ張ることだけはしないでね」


 ややぶっきらぼうなその挨拶に気圧けおされ、私は思わず「努力しますけど、引っ張ってしまったらすみません」と予防線たっぷりのお辞儀をしてしまいました。




 ***




 日が沈み始め、のっぽな私の影が草原でふんぞり返っています。そんなに威張らないでいいのに。


 自由時間も終わり、出発に向けて4人で集合しました。


「向こうもそれなりに戦闘慣れしてるだろうから、悪いけど私が仕切らせてもらうわね」

「ああ、それでいい」


 レンマがリンネに首肯する横で、アルノルが「ところで」と口を開きます。


「リンネさん、何も武器持ってないですけど、魔法使えない場所のために剣とか槍とかやってないんですか?」

「ううん、そういうのはやってない。私、薬師くすりしだから」

「えええっ!」


 思わず大きな声を出してしまいました。リンネさんは魔法使いとして最上位まで昇りつめただけでなく、薬師としてもたゆまぬ勉強と研鑽を続けているというのですか。


「肉弾戦は得意じゃないからね。地脈弱いところでも自分ができること考えたらこれだったってだけだよ」

「そう、だったのですね……」



 あまりのショックに言葉が続きません。リンネさんはパーティーで貢献できることを考えて必死に知識を蓄えたのです。


 かたや私は、実家が薬屋でちょっと知識があるからといって薬師になっただけ。単純すぎます。リンネさんが手に入る食材を組み合わせて料理を作っているのに、私なんか強力粉が練られてたからパンを焼きました程度の人間。酵母も加えてないのに劣等感が膨らみます。



「じゃあ行くわよ」


 ダイス町を出て、畑と果樹園が並ぶ畦道を4人で歩き始めました。

 果樹園には、よく家族でデザートに食べた紫の実が木に成っています。日中少しだけ降った雨に濡れた果実が落ち行く日に照らされ、美味しそうな艶が出ていました。



「シュティーナ、だったっけ」

「あ、は、はい!」


 もうすぐ森の入り口というところで、急にリンネさんが私の名前を呼びました。姫や女王と付けないでもらえるのは気が楽です。


「その垂れるように咲いてる白い花あるでしょ? その葉っぱ、一緒に採ってくれる?」

「これ、ですか?」

「うん。ユイゴって花なんだけど、解毒剤の原料に使えるの」


「そうなんですか! この花、初めて見ました。家の薬屋では使ってなかったかも……」

「そんなにあちこちに生えてる草じゃないからね。採集が安定しないから、お店とかでは使えないと思うよ」

「ああ……そう……なんですね……」


 なんてことでしょう。のうのうと薬屋で学んでいた私の知識なんて中途半端……穴があったらひっそりと入って、近くをせっせと歩いている虫を見ながら「私もアナタ達みたいに、毎日頑張って生きてるって胸張りたいですね」って話しかけて半日過ごしたいです。


「シュティーナ」


 レンマが肩をトンと叩きました。そのまま首から下の動きが止まり、何やら逡巡しています。


「その……やっていこうな」

「……ええ、ありがとうございます」


 きっと私が気が沈んでいるのを見てフォローしようとしてくれたんですね。そのための言葉を選んでくれているのがよく分かりました。「頑張れ」はプレッシャーにしかならず、「気にするな」といっても気にするに決まってる私達だからこそ、「一緒に」というニュアンスを含んだその言葉を贈ってくれたのでしょう。


 同類の方と一緒のパーティーになれて良かったなあと、心から思います。



「シッ、止まって」


 森の奥深くに入っていったその途中で、リンネさんが後ろの私達を左腕で制し、手招きに従って木々の密集した地帯へ移動しました。


 彼女の視線の先には、少し開けた原っぱのようになっている場所があり、布製のテントが張られていて焚火の跡もあります。



「あれがアジトだ……けど、人の気配がない。炎も消えてるし、おそらく出払ってるわ」


 小声で状況を伝えた後、近くの枝を踏み折り、4人が立てるだけのスペースを作ります。


「ここの近くは川に向かうためには必ず通る。ここで待ち伏せするわよ。地脈も安定してるから、私も戦いやすい」


 その読みはお見事。しばらくして、背の小さい20歳くらいの男子が1人、近くを通る音がザッザッと聞こえてきました。


「私1人で行くわ。危なそうだったり、向こうに応援が来たりしたら手伝って」


 そう言ったかと思うと、低く身を構え、木々の間を器用に掻い潜り、敵と対峙しました。


「おま——」


 相手に全部喋らせる隙など与えません。既に準備していた風の魔法で相手を吹き飛ばしにかかります。


「がっ!」


 突風に飛ばされ、敵は背中から大木の幹に打ち付けられました。


「のやろ……! 何だお前ら!」


 その問いかけに、リンネさんは身構えたまま答えます。


「あなた達を倒しに来たのよ。こっちも答えたからそっちも1つだけ答えて。何でこんなことするの?」


 すると名前も知らないその男子は「へっ」と乾いた笑いを見せます。


「特にないさ。何もかもどうでもよくなっただけだ」



 ああ、やっぱりそうなのですね。閉塞感とかしんどさとか、そういうものから逃げるため。


 気持ちはわかります。でも、やっぱり賛同はできません。



「話は終わりだ、これでも喰らっとけ!」

「甘いわよ」


 敵が繰り出した炎の連射を、全て水の連射をぶつけて相殺するリンネさん。相手に疲れが見えたところで、今度はリンネさんの反撃。燃えるような髪色に似た真っ赤な火球を高速で飛ばします。


「熱っつ!」


 しっかり手足に命中し、攻撃できなくなったところでとどめの一撃。



「舞い上がって」

「うおおおおおおおお!」


 風の魔法で天高く飛ばされた状態から落下した敵は、「ぐうう」と小さく呻き、そのまま動かなくなりました。気を失ったようです。


「ふう」

「すごいです、リンネさん……」


 戻ってきた彼女は、ケガ1つしていません。これが実戦に実戦を重ねたS級の強さ……魔法の威力はレンマの方が上かもしれませんが、技の応用能力がズバ抜けています。


「大した敵じゃなかった。このクラスが4人なら私1人でどうにかできそうだ」

「ヤバい! 最高にカッコいいです、リンネさん!」



 アルノル君の言う通り、本当にカッコいいです。特に経験に裏打ちされたその自信、嫉妬すら覚えます。


 いつも他人と比べてしまい、得意な人に「どうやったら出来るんですか?」と聞いたら「まずは出来るって思いこむことだよ!」とゴキゲンな返しをされて溜息ついてる私には果て無い理想です。



「……すごいよな」


 そして、私の隣で茶髪の前髪を垂らし、力無く呟くレンマ。気持ちが痛いほど分かってしまいます。『自分と同じS級なのに、くぐった修羅場の桁が違う。自分はラッキーでもらった能力でテキトーに上がっただけだ。表向きは違うとはいえ、肩を並べているのも恥ずかしい。暗くジメジメしたところで布団にくるまっておはじきでもしてたい』とか考えているのでしょう。




「レンマ」



 だから、私も声をかけるのです。貴方がしてくれたように。



「やっていきましょうね」


 そうだな、と頬を掻くレンマに、私は笑ってみせました。

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