第13話 S級昇格と、とある依頼
「では、フレイムマンティスもうまく倒せたということで、お祝いです。乾杯!」
「かんぱーい!」
一応年長者なので、音頭を取ってワインの入ったジョッキサイズのグラスをぶつける。
まだ混雑していない、夕暮れ前の酒場。イルキーから「ホントに助かった」とかなり多めに報奨金を分けてもらったので、3人+妖精1人で慰労会をすることにした。
山や草原に行くわけではないので、いつもより皆少しだけおめかし。といっても俺とアルノルはそんなに変わらない。
一番違うのはシュティーナ。ドレスのような薄クリーム色の服に、首元を銀色のネックレスであしらう。少し伸びたオレンジの髪も綺麗にウェーブしていて、女王候補と言われても何ら疑いようのない美貌と気品があった。一緒に飲んでるのが憚られるレベル。
「このチームも実質A級かあ、かなり良いペースで来てるわよね」
スプーンに掬った赤ワインを、自前の超ミニサイズのコップに汲んで飲むモーチが満足気に頷くと、一気に飲み干したアルノルが「かなりどころじゃないですよ!」とハイに叫んだ。
「S級なんてよっぽどのことがないとなれないって聞きますから、実質最高位ですよ。こんな短期間でFから昇ったパーティーなんかダイスにいないと思います」
間接的に女神の力が評価されてるのが嬉しいのか、モーチは嬉しそうにニッと口を曲げた。
「アルノル君も、大分剣強くなりましたよね。私も即席で色々な薬を作れるようになってきました。やはり実戦というのは大事です」
「まぁ何よりレンマさんですよ! どこでも魔法使えるっていうのがこんなに心強いなんて!」
「ですね。他のパーティーの方は、初めての場所に行くときにさぞかし不安だろうと思ってしまいます。だから魔法使いが剣や槍を覚えるんでしょうね」
「そうそう、やっぱり女神様の能力が素晴らしいのよね! アタシも鼻が高いわ」
「なんでお前が威張るんだよ」
塊で出てくる肉と魚、そして次々注がれる酒。豪華な食事に舌鼓を打ちながらワイワイと騒ぐ。やっぱりこうやって食べるご飯は美味しいよな。
「レンマさんが転生前に暮らしてた世界でも、こういう風に食事できるお店は結構あったんですか?」
雑談の流れから、元の世界の話になった。
「ん? ああ、セノレーゼの比じゃないくらいあったよ。種類も豊富だったし。外で食事する人結構多かったからな」
「へえ! じゃあ色んな店食べに行ったんですね!」
「まあ、昼も夜も食べに行くことが多いな。回数多い分、大変なこともあるけどな」
どんな時ですか、という無言の問いかけをアルノルとシュティーナの表情から察して話を続ける。
「例えばさ、気になってたお店に思い切って入ってみるだろ? でも、メニュー見たら『なんか違うな』ってなることもあるんだ。高かったり、期待してるようなメニューがなかったり。そのときに、『やっぱりいいです』って言ってお店出ていくのとか、ちょっと難しいよな」
金髪をサラサラと垂らしながら、アルノルがきょとんと首を傾げる。
「え、何でですか? 普通に『ちょっと思ったようなじゃないんで』ってお店抜ければいいじゃないですか」
そんなピュアに訊くなよ。純粋さって、ときに残酷なんだぜ。
「いや……座って水とか出してもらってるのになんか悪いなあ、ってならないか?」
「ううん、オレはならないですね。どうせお金遣うなら自分の満足いくもの食べたいですし! ねえ、モーチさん」
アルノルが目線を向けると、彼女は腕を組んで激しく頷いた。
「レンマ、生きるのが下手よね」
「直球だな!」
ちくしょう、酒を持ってこい。
「言い出しづらいですよね。特にお客さん少ないと、お店の人も『せっかく来てくれたのに……』って落ち込みそう、とか気を回してしまいそうです」
「分かってくれてありがとう、シュティーナ!」
良き理解者は君だけだよ。
「大体モーチとか、ちょっと心がしんどいなあって時はどうするんだよ」
「アタシ? 運動するわ! 精神的な疲れは肉体的な疲労で打ち消せるもの! あとは自分の好きなところを10個思い浮かべる!」
「うん、ありがとう、いつか参考にする」
女神様、なんかホントに、この子って良い子ですね。
「アルノル君、大丈夫でしょうか」
「まあ宿も遠くないし心配要らないよ。夜まで戻ってこないようならまた見に来るし」
シュティーナと2人で店を出て、宿に向かって歩く。
上機嫌に飲みまくったアルノルは早々に酔い潰れ、「ちょっと寝てから帰ります」と言って聞かないので置いてきた。
結構飲んだけど、今日は気分が沈んでない。ああ、割と楽しかったんだな。
「まだ暗くないですね」
「早い時間から飲み始めたからな」
夕方になりかけの空、ダイス町も食材や服を買う人で賑っている。青い髪に赤ら顔で楽しそうに揺れているモーチを肩に乗せ、風で土埃が舞う道を並んで歩いた。
「美味しかったな、あの店」
「ええ、そうですね。またみんなで行きましょう」
二言三言交わして、その後はキョロキョロと景色を見ながら歩く。俺はこういう静かな時間も好きだけど、シュティーナはどうかな。
「俺、ちょっと酔い覚ましに散歩してから帰るよ」
「え、あ、はい」
向こうが何話していいか悩んでたりしてたら悪いな、と思い、宿の少し手前でお別れ。
「あの、レンマ!」
「んあ?」
去り際に呼び止められる。首元のネックレスが、幾分緊張している彼女に呼応するように風で揺れた。
「その……また一緒に散歩しましょう」
「…………おう」
そのまま少し早めのおやすみを言い合って別れた。
肩に座っていたモーチが、楽しそうに足をバタバタさせ、鎖骨をコツコツ蹴る。
「なんか良い雰囲気だったじゃない! レンマももう少し散歩しようか考えたでしょ?」
「まあ、ちょっとだけな」
でも俺は俺自身をよく分かっているから、期待値は上げすぎない。ひどく傷付かないように。
「今日はこれで十分だよ」
上機嫌なモーチと一緒に、近くをもう一周だけ散歩した。
***
「アンタ達、S級だよ」
「は……?」
そこから3日後、他のパーティーのいない早朝のミッション管理所で、白髪に眼鏡の老婆からサラッと告げられた言葉に、俺たちは耳を疑った。
「あの、お婆さん、今、なんて……?」
アルノルが聞き返すと、老婆は「だーかーら」と面倒そうに復唱する。
「A級のミッションも苦もなくこなしてるし、大きな負傷もしてないだろ。S級のパーティーもほとんどいなくなってるし新しい力も必要だからね、A級から昇格でいいよ」
「ホントですか! すごい! ありがとうございます!」
ぴょんぴょんと跳ねるアルノルの金髪が揺れる。原住民がお祭りで使ってる先端に毛のついた棒とかって、こんな感じなんだろうな。
「聞きましたか、レンマさん! オレ達S級ですよ! 史上最速ですよきっと!」
「やったわねレンマ! 最上級よ!」
「いや、でもモーチ、S級内でも優劣あるだろうしな。その中ではそんなに高い方じゃないかもしれないぞ」
「アンタ逆にすごいわね……」
ジトーっとした視線を向けられ感心された。そりゃそうでしょ、どの世界にも上には上がいるんだから、過度に自信過剰になっちゃダメだって。
「で、レンマさん、いつ公表しますか?」
「は?」
ウキウキが止まらないと言わんばかりのアルノル。このテンションで海外旅行に行ったヤツが秘境ツアーにいって行方不明になるんだぞ。
「……いや、アルノル、俺はS級でも公表するつもりないぞ」
「え! E級のままでいる気ですか!」
「レンマ、ダメよそんなの! 人生でしょ!」
「そうですよレンマさん、人生ですよ!」
何この心を揺さぶる説得。俺が人生相手に何したっていうんだよ。
「他の人にずっと下に見られてて悔しくないんですか! オレは悔しいですよ! レンマさん、ものすごい魔法使いなのに……っ!」
半分泣いているようにも見える彼の言葉を真正面から受け取り、顔が綻ぶ。
素直に嬉しい。普段の思考は対極かもしれないけど、こんな風に思ってくれるヤツが一緒のパーティーで良かった。
「ありがとうな、アルノル。でも、実際俺の魔法のことが知られたら、バカにされるのはこっちかもしれない。たまたま俺が当たりくじを引いたようなものだからな」
「でも、運も才能のうちで……」
「そりゃそうだけどさ、それで納得しきれない人もいるよ。レベルの高い仕事も来るし、それだけお金も入るし、仕事的には問題ないだろ。まあ、お前が目立つ機会を奪ってるから、そこは悪いことしてるんだけどな」
無言のまま、ふるふると首を振るアルノル。続いて俺の目の前でホバリングしているモーチに小さく頭を下げた。
「もう少しタイミング見させてくれ。下手に女神の評判も落としたくないしな」
「……あーもう、分かったわよ! いつかちゃんと自慢しなさいよね!」
こうして、ダイス町トップクラスのパーティーは、もう少し下の級でいることになった。
そしてここまで聞いていた老婆は、これから起こる厄介な未来を予想しているかのように、やや意地の悪い笑みを浮かべる。
「ちょうど良いタイミングでS級になったよ。頼まれてほしいことがあるんだけどね」
老婆が言い終わるか終わらないかという時に、後ろの入り口の方からザッザッと足音がした。
振り返ると、見慣れない60歳くらいの男性。老婆に負けないくらい真っ白な髪に、これまた白い顎鬚を蓄えている。
「もしかして……町長さんでいらっしゃいますか?」
「これはこれは、シュティーナ=ハグベリ姫。ご存じでしたとは恐縮です」
「一度、町人の方とお話してるのをお見かけしたものですから」
深く一礼した後、彼はアルノルとシュティーナ、そして俺を順番に見ながら口を開いた。
「魔法使いの悪党集団が現れています。ぜひ、倒すのに力を貸してください」
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