第3章 悪党討伐 ~酵母も加えてないのに劣等感が膨らみます~

第12話 他のメンバーを入れてみると

 ダイス町と、そこから南方、始めにいたバスカ村の間にある山。そこに向かう途中にある野原に立ち、何度か深呼吸する。


「せーの!」


 自分で発した掛け声にタイミングを合わせて、合掌するように合わせた両手から水の魔法を放つ。


 勢いよく飛び出したその高圧洗浄機のようなビーム状の水は、40~50m離れた場所に置いた空き瓶に命中した。取りに行って拾ってみると、斜めにスパッと切れている。



「なるほど、掌の調整で出方も変わるんだな。大量の水浴びせたりカッターにしたり」


 そうそう、と横で俺の練習を見ていたモーチが頷く。


「普通は地脈からエネルギーを取る方にも気を遣うから、そうやってパターン変えるのも結構大変なの。レンマはそれを気にしないでいいのがポイントね!」

「なんか、俺だけ楽して申し訳なくなるな……」

「アンタまだ言ってるの。もうA級なのに!」

 怒りも呆れも通り越して憐憫れんびんの目を向ける。


 見覚えがあるぞこの目。少女漫画でヒロインが土砂降りの中捨てられてる犬を見つけたときの目だ。その目で見たからには俺の面倒見てくれるんだろうな。雨が原因で風邪ひいてイケメンが見舞いに来てる場合じゃないんだぞ。お母さんも「誰なのあのイケメン? 彼氏?」じゃないんだよ。



「アタシだったらそんな能力もらったら国中巡ってそれぞれの町で3回は自慢するわね!」

「モーチはホントにそれやりそうだな」

「そういう風に生きた方が人生楽しくない?」

「楽しい楽しくないというより、できるできないの問題だからさ……」


 サラッと言うなよ。ケチャップ1本飲めばトマト14個分の栄養摂れるよ、みたいな難易度なんだからな。


「おーい、レンマさーん! ミッション管理所から呼ばれてますよー!」


 迎えに来たアルノルが、瓶を見て察したらしく、その快活で優しそうな目を丸くした。


「練習してるんですか? あんなにすごいのに?」

「ああ。やっておくと安心できるからな」


 素のままだと自分をうまく認められないからこそ、自身を俯瞰で見て「ちゃんとやった」と思えるための努力が必要。これは、俺が俺を信じるための儀式みたいなもの。





「アンタ達、今日ちょっと他のパーティーのメンバーを手伝ってやってくれんかね?」


 他のパーティーがいない管理所、銀髪の老婆が、槍を持った1人の青年を「イルキーだよ」と指差した。


 歳は俺より少し低いくらいだろうか。俺の元の髪色に近い黒髪で、穏やかそうな顔立ち。


「A級のパーティーなんだけどね、他の3人が食あたりで倒れちまったんだ。一定周期でしかも曇りの暗い場所でしか出てこないモンスターだから、今日を逃すと次いつになるか分からないんでね」

「あ、はい、大丈夫ですけど……」


 同意している横で、イルキーは壁に貼られた級別リストで俺達のパーティーを見つけたらしく、「はあああ?」と大声で叫んだ。


「コイツら、まだE級じゃん! っざけんなよ、A級のミッションだぞ! こんなゴミみたいなパーティー連れていけるかよ!」


 どうも、ゴミです。いつも人生不完全燃焼でブスブス煙ってます。


「E級でも結構いい腕してるんだよ。それに他に使えるパーティーがいないんだから我慢しな。1人でのミッションは認められてないしね」


 老婆の説得にイルキーは俺達をキッと睨むと「敵は全部俺が倒すから足手まといになるなよ」と不機嫌そうに漏らした。




 ***




「結構、上まで行きますね」

「だな」


 さっきまでいた山とは反対、ダイス町の北側にある山を、シュティーナと並んで登っていく。服に染み込んだ汗が乾き、体温と体力を奪っていった。


 今回のミッションは、山の中腹にいるというフレイムマンティスの討伐。体中が火に包まれているという巨大カマキリを倒し、近辺の一帯を開発できるようにするのが目標だ。



「あ、この葉っぱ、痛み止めに使えますね」


 彼女はキョロキョロと地面を見回し、使えそうな落ち葉があれば鞄に入れていった。


「ったく、女王候補が薬師やってるなんて変わってるぜ。男2人いるんだからちゃんと守ってやれよ、弱いなりに。必要なら、ちょっと高くつくけど俺が護衛に入ってやるからな」


 イルキーの皮肉に、苛立つように小さく舌打ちをするアルノル。俺はと言えば、なるべく気にしないようにしている。


 もちろん悪口を言われるのは嬉しくはないけど、裏でちゃんと認めてもらって、アルノルやシュティーナが困らないだけのお金を稼げている。個人的にはそれで十分だった。



「いやー、さすがに足が痛いな……」

「レンマさん、大丈夫ですか? いやー、オレも疲れましたよ」


 こんなに歩いたのは元の世界でもほとんどなかった。「終業後に希望者でランニングしよう!」と運動好きの女性リーダーがチームに声かけてくれたことがあったけど、「目上の人と一度並んで走ったら遅れるわけにもいかないし、かといって抜いたら抜いたでなんか申し訳ない」というプレッシャーに、赤い実が弾けたかと思うほど胸がドキドキして結局断った。今思うに、あれは恋じゃない、気遣いだ。



 懐かしい思い出に浸ってる間に、日は陰り、どんどん暗くなっていく。フレイムマンティスが出る条件が揃い始めた。



「いいか、3人とも。A級の俺達でようやく仕留められるレベルだ。来たら逃げろ。俺が1人で戦う。お前らを守りながら戦う余裕はないからな」


 槍をブンッと左右に振るイルキー。黒髪をグワッとかきあげると、気合いの入った前髪がツンツンと立つ。


 この髪型が既に昆虫みたいだな、などを考えていたその時。



 シャシャシャリ シャシャリ



 刃物を研ぐような音が響く。子どもが遊び相手にする昆虫ではなく、「鎌で切る」モンスター。煌々と燃える赤い炎に全身を包まれながら、フレイムマンティングがザリザリと歩いてきた。


 体長は俺達よりは一回り小さいものの、「両手が武器」というのは予想以上に怖い。炎も近づいたら火傷しそうで、接近戦はなるべく避けたい相手だ。


 それを見たイルキーは「来たな」と呟き、下に向いて小さく息を吐いた。



「パーティーはほぼ全滅、A級は俺しかいねえ。こんな逆境でどう生きる? それでも勝つしかねぇよなあ!」


 ああ、こういう人、いるね。モノローグに近い台詞、全部1人で口にして盛り上がれるタイプね。酔ってる感がすごい。


「俺もそんな強くねえけどよお。守んなきゃいけねえ女王様がいるのさ! 面倒見なきゃいけねえ明日のパーティーがいるのさ!」


 シュティーナ、俺達は感動の材料に使われてるよ。


「せえいっ!」



 イルキーの槍の一突きを敵は頑強な鎌で弾き、もう片方の鎌を水平に振った。剣では真似できないような速さの攻撃。


 瞬時に上体を後ろに反らしたイルキーの胸に、「かすった」では済まないような傷ができる。



「ぐっ……!」

「イルキー! この野郎っ!」

「バカ、やめろお前!」


 座り込んだA級の彼が怒鳴って制止するのも聞かず、今度はアルノルが剣を構えてとびかかる。


 が、さすが上級ミッションの討伐対象。立て続けに剣戟を浴びせるも、しなやかで固い鎌に全て受け止められる。距離を詰められ、炎に一瞬たじろいだ隙をつかれた。



いっ……!」

「アルノル君!」


 鎌で足をザシュッと斬られたアルノルを自分の後ろに誘導しながら、イルキーが俺の方を向いた。



「おい、レンマ、ここは魔法使える場所だよな。水でアイツの炎を消せるか。火が消えると動きが鈍くなると聞いたことがある。難しいだろうけど、E級でもA級でも関係ねえ! できると信じたヤツから人生も魔法も変わる!」


 1人で舞い上がって盛り上がった結果、謎の精神論を持ち出して説得してくる。


「一部だけでもいいから、頼むぞ」


 この状態では俺の正体がどうとか言っていられない。イルキーとアルノルを助けるのが先だ。


「まずは炎消すぞ。イルキー、どいててくれ」


 目いっぱい広げて前に翳した両手が、モーチが放つオーラのような青い光に包まれる。やがて、そこから俺の身長を上回る水の壁が出来上がり、津波のようにフレイムマンティスに押し寄せた。


「…………は?」


 俺は何を見ているのか、と言いたげなイルキーの声を聞きながら、今度は合掌してもう一度水を呼んだ。朝練習した通り、ビーム状の水が発射される。


 子どもが剣のごっこ遊びをするように両手を上から振り下ろすと、そのビームはカッターのように飛んでいき、敵の胴を真っ二つに裂いた。



「うわーい! レンマさん、一撃じゃないですか! さすがです!」

「ありがとう。お前はまず足治してもらえ」


 左足を引きずりながら歩いてきたアルノルをシュティーナの方へ連れて行った。


「イルキー、大丈夫か? 胸の傷、治してもらえよ」

「いや、それはそうさせてもらうけどよ……」


 彼は呆然とした表情のまま後ろを振り返り、あっという間に倒された敵を見遣る。針のように立っていた銀色の髪は既に萎れてしまった。


「なんでお前、E級にいるんだ……? 上の級に誤魔化すなら分かるけど、お前の魔法の威力と精度、B級、いや、うちの魔法使いと同等……もしかしたらそれ以上か……」

「まあ、色々言えない事情もあってさ」



「そうなのか……とにかく、レンマのおかげで助かった。お礼に出来ることはするぞ。何か揉めてて上の級いけないなら、俺が推薦して掛け合ってもいい」

「あー、そういうことじゃないんだけどさ。じゃあ……」



 ちょうどアルノルのお腹が鳴ったのを聞いて、俺は右手の親指と人差し指でお金のマークを作り、その手でトントンとイルキーの腕を叩く。



「報奨金、予定より多く貰おうかな。豪華な食事にしたいから。あと、俺の魔法のことは他の人には他言無用にしてくれな」

「へ……? それだけ……?」


 口を開けたままポカンとするイルキー。


「あとそうだ、女王の護衛はしばらくは頼む予定ないよ。まずは俺とアルノルでやってみる」

 彼の胸に塗り薬もつけ終わり、アルノルとシュティーナと3人で先に歩き始めた。



 人助けは無事にできて良かった。でも秘密はバレてないまでも、他の人に魔法使ってるの見られたぞ。


 ううん、異世界でチート持って生活するのって大変だ。

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