第11話 同類 相憐れみます(Side:シュティーナ)

 こんなことがあるのでしょうか。


「……相手も忘れてるような3~4日前の失敗とかさ、ふと思い出して落ち込むこと、ない?」

「……ふふっ、奇遇ですね、私もあります」



 自分みたいにしょっちゅうくよくよして肩を落としている人はいないのでは、と思っていました。


 少し前、この辛さを友達に一生懸命伝えたものの、「そっか、でもシュティーナ、女王になるんでしょ? いいなあ!」という文脈無視の一言のもとに葬り去られたことは、今でもふと思い出しては「自分の立場も考えずに友人なら何でも共感してくれるはずだと決めつけた自分への罰なんだ」と気が沈みます。もはや沈みすぎて海底に埋まってるレベルです。セノレーゼが誇る沈没船。私は何を言ってるのでしょう。



 思えば、女王候補という理由で急に仲良くなってきた女子もいます。顔に「権力」と書かれた彼女が訊いてきました。


「全然気にならないんだけど、女王って自由に使えるお金どのくらいあるの?」


 逆にすごいです。前半のフォローが全く役に立っていません。気にならないのに質問とは。


 人間関係に疲れて、自分の将来も運命も曖昧なままであることにイライラして、その苛立ちを人にぶつけて自己嫌悪したりもして、何も動かないで待ってるのも辛くて。世界は少しも進んでないのに私の脳内ばかりが忙しい日々に嫌気が差して薬師をやってみました。


 それがどうでしょう、まさか同じタイプのくよくよ仲間に出会えるなんて。



「なんかさ、どうやったらもっと器用に生きられるのかなあ、なんて考えたりするよな」

「そうですね。別に幸せになりたいって言ってるわけじゃないんですけどね。つい心が不幸に寄ってしまうのを避けたいってだけなのに、神様は意地が悪いです」



 レンマは別の世界から転生してきたらしいのですが、私からすればむしろアルノル君の方が別世界の人間のようです。あの素晴らしい明るさと自信。

 いつも薄手の格好をしているのも、私より3つ年下、19歳という若さゆえの全能感を纏っているから寒くないのでは、なんて仮説を立てたりしています。



「薬師ってすごいよな。調合の方法、全部頭に入ってるんだろ?」


 揺れてる草をずっと見ていたレンマがこっちを向いてそう訊いてきます。もう酔いは醒めたのか、一度気分がどん底になったのか、すっかり白い顔。



「ううん、全部のパターンというより、『この草にこの系統のものを混ぜると止血に使える』みたいな形で覚えてますね。ミッションやってみて分かったんですけど、薬屋と違って原料を自由に使えるわけじゃないんですよね。だから、村や町に売ってるものや山に落ちてるものでどうやってやりくりするか考えるのが面白いですね」

「そっか、ホントに楽しいんだな、良かった」



 彼の羨望の混じった声を聞いて、「魔法使いも面白そうじゃないですか」と返そうとしたときです。私の脳に雷が落ちました!



「あっ……あーっ! あっ、ああ、ああ」


 リズミカルに「あ」と言うだけのリアクション。

 みんなの前で楽器を弾きながら作曲してる風を装っている、技術はないけど虚栄心だけはある音楽家の物真似のようです。



「へ? どうしたんだ?」

「いえ、そ、その、別に……」


 そうでした、彼は私と同じタイプの人なのでした。そんな人が、女神の恩返しとはいえ、あんなすごい能力をもらって喜べるでしょうか。


 自分の本来の力ではない魔法で相手を圧倒し、それを色んな人から褒められ、認められる。私なら耐えられません。しばらく休んで、川のせせらぎを半日見ているだけの生活を繰り返すに決まっています。



「レンマ、あの、なぜ転生を?」

「俺か? あー……」


 今度は私が質問する番。彼は言い淀むように後頭部をザリザリと掻くと、やがて観念したように片目を瞑って苦笑しました。


「この性格も変わるんだと思ってたから、どんな人生になるか試してみたかったんだよな。そしたら変わらないでやんの」

「…………ふっ、ふふっ、あははっ! あはははっ!」

「ったく、そんなに笑うなっての」


 こんなに笑ったのは久しぶりです。笑ったら失礼かもしれませんけど、なんだか本当に自分に似ていて、頬が緩んでしまいました。



「あの……レンマ……」

「ん?」


 あんまり伝えられることはないですけど。頑張れなんて、既に頑張っている彼に余計なプレッシャーがかかるので言えませんけど。


「1人じゃないですからね」

「……だな」


 パーティーの仲間だし、些細なことで落ち込んじゃう仲間ですよ、という両方の意味を込めて。


 大変なこといっぱいありますけど、人が生きるって書いて人生ですから、私達なりに必死にやっていきましょうね。




 ***




「お前さん達、本当にすごいね。このミッションもクリアできるようになったのかい。もうこれはA級扱いだね」


 あれから数日。ミッション管理所のおばあさんが、袋状に膨らませた両手の中で光る明滅草めいめつそうを片目を近づけて確認しながら、驚きの声をあげます。


 根ごと水に差しておくと長期間光り、しばらくの間ランプやロウソクを使わなくても家で過ごせるという希少な植物。敵もそれなりに強かったですが、メキメキと上達するアルノル君と異次元の魔法使いであるレンマの相手ではありません。私も、道中アルノル君が腹痛になってしまったとき、即席の痛み止めを作って役に立つことができました。



「レンマさん、そろそろ上の級に行きませんか? オレ達若いんですから、失敗しても大丈夫ですって!」

「レンマ、上を目指すわよ! アタシもそれなりに生きて分かったの、悩みなんて実際に直面したら案外何とかなるものなのよ」


 アルノル君と妖精のモーチがレンマに詰め寄ります。考えが明るすぎて目が眩みます。


「ああ、俺も色々考えたんだけど、E級に上がろうかなと思ってる」

「やったー! よくやったわレンマ! ここからアタシ達のサクセスストーリーが始まっていくのね!」


「いや、逆にずっとF級だと、何か理由があって上がってないんじゃないかって怪しまれるかもしれないからな」

「あ、そういうこと」

 常に最悪を想定して、それを回避する。大事なことですね。



「んじゃ、表向きはE級にしておくよ。で、次はどうするんだい?」


 次のミッションを選んで管理所を出たところ。何組かのパーティーが噂話をしてるのが聞こえてきました。


「聞いたか? 魔法使いの悪党集団の話」

「もともとパーティー組んでた魔法使い達が集まって悪事働いてるってアレか」

「なんかこの前は村襲ったりしたらしいよ」


 物騒な事件もあるものです。パーティーを組んでたということは戦闘経験者でしょうから、一般市民では太刀打ちできそうにありませんね。


「全員魔法使いなんだろ? 結構な使い手らしいぜ」

「遠隔攻撃できるのが厄介だな。目には目を、魔法使いには魔法使いを、って感じかな」


 その話を聞いていたモーチが、小さな手でレンマの頬をペチペチと叩きました。


「レンマ、いずれ出番が来るかもしれないわよ!」

「ええ……そんなの来ないでほしい……」



 見た目はE級、中身はA級。これから私達のパーティーにどんなことが起こるのが、不安もあるけど、ちょっとだけ楽しみでもあります。

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