第10話 月影散歩を2人で

「夜が綺麗だな。元の世界より綺麗だ」

「そうなんだ。アタシはもう少し賑やかな方がいいけどね」


 立食パーティーが終わり宿に戻ったものの、なかなか眠れなくて外に出てきた。モーチを肩に乗せながら、街灯もコンビニもない草原を散歩する。


 元々いた世界とは違うはずなのに瞬く星が見えて、変わらない風景にどこか安心した。ワインで温まりすぎた体を冷ましつつ、ゆっくりと静寂を噛み締めて鼻歌を奏でる。


「何、その歌?」

「よく聞いてたんだよ」


 ああ、もうあの曲を直接聞くこともないんだな。記憶が残ってる分、寂しさが募るけど、たくさん歌って忘れないようにしよう。


 ……あれ、待って待って、もう少し浸ってたいのに、だんだん酔いが醒めてきたぞ。そして代わりに悲しみがせり上がってきたぞ。俺の体内にはアルコールから悲壮感を生成する錬成陣でもあるのか。



「はあ……」

「こら、レンマ! 溜息つくと幸せが逃げるよ!」

「溜息くらいで逃げる幸せなら他の人のところに行った方が『幸せ』にとっても幸せかもよ」

「また始まったわね……」


 呆れるように、彼女は鼻でぷふぅと息を吐いた。


「まだ気に病んでるの? 立食パーティーの件」

「まあ、それもあるんだけどさ……」


 なんだろうか、俺がもっとうまく話せれば、新しいパーティーメンバーだって集められたかもしれないのに。でもうまく出来なかったな。

 いくら魔法で頼られたって、こういうのがダメなら全部ダメだよな、そんな気になる。


「あるんだ、けど? 他に何かあるの?」

「……やめとくよ。モーチには『はああ?』とか怒られそうだ」

「何よそれ。絶対怒らないから言ってみて」


「……昨日のミッションでアルノルが言ってただろ。レンマさんも完璧じゃないんですね、って。アレをその、ちょっと引きずっててさ」

「はあああ? 何言ってんのよ!」

「怒らないって言ったのに……」

 オトナはみんな嘘つきだ。職場の先輩も「今日結婚式2次会の余興の打合せあってさー」ってよく俺達に仕事押し付けてたけどアンタの友達週1で結婚するのかよ。ご祝儀えげつないな。



「あのね、レンマ。あの子が悪意があって言ったと思う? アナタの魔法が外れたから笑いでフォローしようとしたんでしょうよ!」

「……いや、知ってるよ」

「知ってるなら何で気にする必要あるのよ! ほら、笑顔笑顔! アタシ達は幸せになるために生まれてきたんだから!」

「そう、だよな……」


 月が光っている。澄んだ空気の中で、あまりにもくっきりと、あまりにも鮮やかで、「こんなに綺麗な景色なのに、俺なんかがいてごめんなさい」という気分になるな。え、異世界に来た人ってみんなこんなこと思ってるの。


「はあ……」

 再び、モーチが吹き飛びそうなほどの大きな溜息。




 アルノルの気持ちは、ちゃんと分かってる。場の空気が読めて、本当に良いヤツで、だから彼を責める気なんかない。


 責めたいのは、自分。あのとき魔法に失敗しなければ、変なフォローをさせて「どういう意味だろう」なんて俺が一瞬ドギマギすることもなかった。結局悪いのは自分だ。こんな時は何もかもが自分を責め立てているようで、月明かりが作る影にそのまま溶けてしまいたいとすら思う。



「なあモーチ、他のみんなはこういうことに悩んでないのかなあ」

「悩んでたとしても、表には出さないかもね」


 それならそれで問題ないじゃないか。悩まないのが一番良いけど、ちゃんと隠せるのだって十分羨ましい。羨望だ、嫉妬だ、これは僻みだ。そしてそんな自分に自己嫌悪だ。沈むときは徹底的に沈んだ方がいい。



「やるしかないんだよな」


 生きていくなら、なんとかやっていくしかない。治りそうもないこの性質で、進んでいくしかない。


 ああ、いつも通り、泣きそうだ。酒が入ってるとダメだな、抑えが効かなく——



「……シュティーナ?」


 ふと、少し離れた草原を人が歩いているのを見つけた。遠くから見ても分かる鮮やかなオレンジのロングヘアー、俺達よりもやや高級そうな服ですぐ彼女と分かり、1人の時間を邪魔しちゃ悪いと思いながらも駆け寄ってみる。



「……よお」

「わわっ、レンマ!」


 彼女はびっくりした様子でこっちを向いた後、「パジャマで出てこないで良かったです」と笑ってみせた。端正で可愛らしい笑顔に、思わずドキッとする。


「こんな時間に何してるんですか?」

「ああ、ちょっと散歩してた」

「私もです、なんか眠れなくて」


 よく見ると顔が赤く火照っている。結構飲んだみたいだから、ワインが抜けてないんだろう。



「………………」

「………………」


 無言を交わしながら風に揺れる草を眺める。話しかけられない俺をカサカサと笑っていた。


 バカめ、草たちよ。どう声をかけるか迷ってただけだ。でも、今ちゃんと思いついたぞ。



「……立食パーティー、うまくなりたいな」


 その言葉に目を丸くしながらくるっとこちらを向くと、やがて柔和な表情になり、コクリと頷いた。


「私、ああいうの苦手なんです。グループには入ってるのに、途中から会話に入れなくなってしまって」

「で、そうやって幾つもグループ転々として、最後はスタッフの手伝いするんだよな」

「そうなんです! レンマも同じことやってるなんて!」


 それはこっちのセリフだよ。俺だって驚いたし、何より嬉しかったんだ。


「あれ、私は20歳のときに知り合いのお嬢様のパーティーに呼ばれて編み出したんですよ」

「うわっ、負けた。俺は24歳のときだ。でも使ってるのはお互い2年間ってことだな」


「じゃあ同期みたいなものですね」

「だな、同期スタッフだ」

「ふふっ、なんですかそれ」


 揃って吹き出す俺達を見ながら、モーチは「へえ!」と感心したような声をあげた。


「2人とも似たようなタイプなのね。レンマみたいに面倒な人間、他にあんまりいないと思ってたわ」


「うっさい、俺もだよ。俺みたいなタイプは、そもそも自分のことを理解してくれる人がいるなんて期待したら傷付くと思ってるし、だからこそ『最終的に自分を救えるのは自分自身しかいない』って信条があるわけで」

「はいはい、アタシは疲れたから先に行くわよ。この前見つけたパワーストーンに抱きつきながら寝てみるわ。ハッピーを呼び込めるかも!」


 細い腕で伸びをしつつ、あくびをしながら彼女はフッと消えた。妖精の存在自体がスピリチュアルなのにそっち方向いっちゃうんだな。方向性見失って、「汲んだ水を吉方に半日置いておくと水質が劇的に良くなるの!」みたいなこと言いだすなよ。



「可愛いですよね、モーチって」

「だよな、憎めないって感じだ」


 しばらく一緒にパーティーをやる彼女に、色々話してもいいのだろうか。些末な出来事を小難しく考えて前に進んでないとか、些細なことですぐに過去のイヤな思い出がフラッシュバックする柔弱なヤツとか思われたら、これからやりづらくなるかな。


 でも、彼女になら、シュティーナになら、打ち明けても大丈夫な気がする。



「……相手も忘れてるような3~4日前の失敗とかさ、ふと思い出して落ち込むこと、ない?」

「……ふふっ、奇遇ですね、私もあります」



 ああ、良かった。いや、こういう自己肯定感が残念な人がもう1人観測されたってことは、セノレーゼ王国にとっちゃ良くない話なのかもしれないけどさ。でも俺はちょっと嬉しいよ。仲間に出会えた。



「レンマが言ったのとはちょっと違うんですけど、相手に何か言ったあと、『ああ、ちょっと言い方間違えたかもなあ、気分悪くしたかもなあ』と思ってくよくよしてしまって、さんざん悩んでから謝った結果、『え? そんなこと気にしてたの?』なんてあっけらかんと言われること、ありません?」


「分かる。明確に失敗してない分、悩みが深いヤツね」

「そうなんです。一生懸命考えたから、余計に徒労感が強いんですよね。あとは……」



 今までどんなことで人生苦労してきたか、話題が尽きない。生まれも育ちも境遇も違うけど、俺達はどうやら同じようなことで迷って悩んで戸惑って落ち込んで、ここまで歩いてきている。


 それだけのことだけど、むしろ同じような人なんか増えない方がいいに決まってるんだけど、なんだかとても安心できた。



「シュティーナ、ミッションはどう?」


 一瞬きょとんとした彼女は、すぐに「楽しいです」と大きく頷きながら破顔した。


「あそこでレンマやアルノル君と出会えて良かったです」

「ん、そっか」


 彼女の表情に釣られて、俺も笑う。もうちょっと居なよ、と誘うように風が少し温かくなって、俺と彼女の髪を優しく撫でた。

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