第9話 魔の立食パーティー

 日もまだ沈みきっていないダイスの町。家々のレンガがオレンジの照明に照らされる。


「おお、ここですよ。2人とも、入りましょう!」


 ミッション管理所よりやや北。アルノルが手招きする先にあったのは、チェーン店かと思うような大きな酒場。

 その入り口を開けると、口ひげを生やしたおじさんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい。今日は通常営業じゃなくてイベントだよ」

 俺は、「はい、そのつもりで来ました」と3人分の参加費を出した。




 ***




 プレーシオのミッションも無事にクリアし、表向きはF級のままではあるものの、管理所ではB級相当として認めてもらった。


「アンタ、どうしても上がる気はないのかい? 2~3日でこんなスピード出世、聞いたことないよ」

「いや、それなら尚更です……」


 俺が苦手な言葉は「悪目立ち」なんだ。あと意識高いラーメン屋に貼ってあるポエムな。世のラーメン店に感謝を題材にしたポエムは幾つあるんだよ。


「なんだ、まだFなのかよ。1つでもクリアしてE級くらいにはなってるかと思ったけどな」


 聞き覚えのある低い声を耳にして真横に振り向く。B級であるグゥービー達が、壁に貼られたパーティーごとのランクのリストを見ながら笑っていた。


「結局増員も無しか。魔法使いは相変わらず剣も槍も使えないみたいだし、いつE級にいけるか見物みものだな。よし、今度の賭けはそれにするか」


 グゥービーが自分のパーティーにそう呼びかけるとドッと沸く。「10日後!」「ずっと上がれない、は有り?」「それ認めるなら期限決めようぜ」と楽しそうな声があがった。



「ちょっと、レンマさん! このままでいいんですか!」

「アルノル、落ち着け。今はいいから」


 一言も反撃しないまま、オッズの設定に騒いでいるパーティーを見送った。


 能力を明かして、見返してやりたい気持ちがないわけじゃない。

 でもそれをやったら、最悪の場合、他のパーティー全員から卑怯者呼ばわりされて俺が精神的に耐えられなくなり魔法使いを自主廃業する未来まで見えている。

 俺は常に最悪のシナリオを考え、「あのとき考えてたアレよりはマシだ」と自分を慰めるという1周回ったポジティブシンキングなんだ。




「レンマ! アタシは悔しい!」

 管理所を出てすぐ、呼んでもいないのにモーチが出てきた。


「女神様から与えられた力を持ちながら、あんなにバカにされて!」

「あのなモーチ、言ってることも分かるけど——」

「いいえ、分かってない!」


 ブオンと眼前に迫ってくモーチ。だからそのドローンみたいな飛び方やめろよ。


「人間、生まれたからには昨日より今日、今日より明日、上を目指すのよ! それが美しい!」

「いや、でも現状維持で生きていくだけで地平線が見えるほど果てないんだけど……」

 向上心を強制されるのキツくないですか。


「まあ、レンマのへっぽこ自己肯定感じゃ確かに上の級に行くのは難しいと思う」

「言葉……言葉選んで……」


 毒が強すぎない? 案内役の妖精ってもっとこう「この世界の案内はワタクシにお任せください。フフッ、さあ、夢と魔法の世界へ!」的な、テーマパークでライド乗る前に出てくるようなヤツなんじゃないの?



「そこでアタシは考えた。メンバーを増やすのよ。大人数いればそれだけ強いんだから、上に進んでもおかしくないでしょ? 明日の夜、この町の酒場でパーティーメンバーを探す交流会があるって貼り紙を見たの」

「なるほど、さすがモーチさん、一理ありますね!」

「ふふっ、でしょー!」


 こうして、アルノルとモーチが大盛り上がりし、俺とシュティーナも仕方なく同意して、今に至るというわけ。




 ***




「わあ、広いですね! もう結構メンバー集まってますよ!」


 椅子を取っ払い、幾つかの丸テーブルが配置された会場に、既に30~40人くらいが集まっていた。


「立食パーティーなんだな……」

「立食パーティーなんですね……」


 テンション高く会場中央に乗り込むアルノルを見ながら、俺とシュティーナはほぼ同時に呟いた。立食パーティー、それはパーティーの名を冠した精神の修行の場。



「じゃあレンマさん、シュティーナさん、バラバラに動きましょう! 固まってるより色んな人に会えますし!」


 すげえなお前。俺の欲しいものみんな持ってる感じがするよ。


「それでは、交流会を始めます。このパーティーで、みなさんステキなパーティーになれるといいですね!」


 先ほど受付してくれたおじさんが陽気で呑気なギャグをかました後、入退場自由などの注意事項が伝えられ、すぐに開始となった。



 シュティーナと対角線を取るように端っこで状況を伺っていると、男性2人組に声をかけられる。


「こんばんは、僕たちライクとベノって言います。魔法使いですか?」

「あ、はい、魔法使いのレンマです、こんばんは。何か飲みますか?」

「じゃあワインで。ここの店、前も来たことあるんだけど、お酒美味しいんですよ」

「へえ! じゃあ俺も頂こうかな」


 そう言ってお互い赤ワインを注ぐ。少し渋みのある香りだけど、口当たりは重くなく、喉までサラッと流せる。ああ、これは確かに美味いな。



「ライクさんとベノさんは、パーティーは今のところお2人なんですか?」

「そうなんですよ、だから登録もできないんです。あと2人くらい集められたらいいなと思って。僕らどっちも剣士なんで接近戦しかできなくて困ってるんですよね」


「あー、なるほどなるほど。あの、ワインお替りどうぞ。これホントに美味しいですね!」

「ですよね、イケますよね!」


 と、そこに別の女性が。



「こんばんは、魔法使いのフォルティーです。こういうイベント、面白いですね」

「ですよね、俺も初めて来ました。あ、同じく魔法使いのレンマです、よろしくお願いします。フォルティーさん、お酒どうしますか?」


 相槌を打ちながら、酒を勧めながら、質問しながら、会話を進めていく。



 人見知りするし、初対面の人と話すのは得意じゃないけど、逆に得意な人がどんだけいるんだって話で。


 社会人になって、同業者が集まるパーティーやセミナー後の交流イベントで立食パーティーは何回か経験してきた。なんとか調子を合わせてその場をこなすくらいは俺でもできる。



 ま、それでも苦手だけどね。とってもね。



「そうなんですよ! フォルティーさん、分かってる!」

「うふふ、ライクさんとベノさんもそうなんですね。みんな宿選び苦労しますよね」

「僕なんかこの前、おばさんに怒られちゃって」


 ずっと相槌は打ってるものの、会話が完全に俺を除く3人で構成されている。



 なんだろうな、毎回こうなんだよな。別にその話題に詳しくなくたって質問したりすればいいんだけど、途中からどんどんフェードアウトしていくんだよな。


 別のテーブルに移動して混ざってみるも、途中からやっぱり同じことに。色んなテーブルを回るから傍から見たら大層話好きに見えてるかもしれないけど、違うから。どこにも深く混ざれないだけだから。



 それを他人に気取けどられるのが辛い。正確には、他人が「アイツ、ウロウロしてて、うまく話せてないんだな」と言ってることを想像するのが辛い。


 そしてその被害妄想を生み出してるのは結局自分自身で、「お前は他人をどんだけ悪人にしたいんだよ」と自己嫌悪が始まるから手に負えない。何なの、立食パーティーってこんな傷だらけになるものなの。



 自己肯定感高い人は言うじゃん。「他人と比べても意味ないよ」って。「過去の自分と比べて成長できれてばいいんだよ」って。バカにしてんのか。過去の自分より出来てても一般的にダメだったらダメの烙印押されるんだよ。それに怯えて他人と比べてるんだよ。分かるまい、分かって堪るか。



 そこで、そんな心配をしなくて済む終盤の裏ワザ。



「あ、お皿、下げちゃいますね」


 それは「『やることがある』ことにすること」。店員さんをサポートするていで皿やグラスワインを片付けていれば、「片付けがあるから混ざってない」人になる。俺はこの極意を24歳で編み出した。



「あ、すみません店員さん、この皿も——」

「このグラスも——」

「あ……」


 同じように片づけているシュティーナと鉢合わせ。

 え、待って、彼女も極意身に付けてるの?


「シュティーナ、やっておこうか?」

「あ、いえ……レンマ、一緒にやりましょう……」

「わ、分かった……」


 やっぱりそうなんだ……この人、次期女王だけど、同じタイプの人なんだ……。



「レンマさん、シュティーナさん! オレの方ではあんまり良い人見つけられてないんですけど、誰か良い人いましたー?」

「いや、いなかったから3人で良いと思う」

「そうですね、私も賛成です」


 アルノルの問いに即座に返して酒場を抜けることにし、ここに強固な3人組パーティーが結成されたのだった。

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