第8話 心が曇るから上の級には行かない(行けない)
「へえ、こりゃ凄いね」
ミッション管理所でまじまじと銀針を見た後、白髪の老婆が眼鏡を外す。登録の時に対応してくれた人は裸眼に銀髪だったので、やや似てるけど別の人だろう。
「あのパラキートは激戦になるとこの針で攻撃してくることもあるから、傷がつくこともあるんだ。アンタ、割とあっけなく倒したね」
「そうなんですよ、お婆さん! レンマさん秒殺でしたよ!」
目を見開き、カウンターに身を乗り出して喋るアルノル。
「アジェルも取ってきたし、2つ同時にクリアだね。D級まで上がれるけど、どうするかい?」
「やった、一気に2ランクアップ! 『どうするかい』ってそりゃねえ、レンマさん、シュティーナさん!」
「うん、別にいいかな……」
「私もその、別に……」
2人の答えに、彼はさらに目を丸く見開いた。漫画だったらサラサラの金髪前髪が数本ハラリと落ちてもおかしくない。
リアクションが素直で面白いな、と思いつつ、俺は老婆に尋ねた。
「あの、ワガママを言いますけど……F級のままで、上のクラスの仕事できますか?」
「そりゃまた変わった要望だね……別に構わないよ。上のクラスが最近減っててミッション対応できるパーティーも少なくなってるからね」
よし、それなら問題な——
「なんでですか! レンマさんの力、みんなに知ってもらいましょうよ! モーチさん、出てきてください、モーチさん!」
アルノルが呼ぶと、どこからかフワッと青い妖精が現れた。
相変わらず羽を動かさないドローンのような飛び方で俺の前に来ると、その小さな足で俺の左肩にキックする。痛えよ。
「ちょっとレンマ! 上の級に行って女神様の力を知らしめてよ!」
「そうですよレンマさん! きちんとお礼でもらった能力なんですよね? ズルしてるわけじゃないんだから、堂々としてればいいじゃないですか!」
「アルノルの言う通り! 二度目の人生、楽しく生きたもの勝ちよ!」
勝利条件の難易度が高い。厳しい戦いだ。
いや、言いたいことは分かるよ? 別にズルはしてないよ?
でも、自分のじゃない能力で上に上がった時の何とも言えない罪悪感みたいなもの、ない? 他の人は一生懸命修行して特訓して少しずつ成長してるのにお前ときたら、みたいなの。
それにさ、一気に上がったら周りが俺に気を留めるじゃん。そこで仮にアレコレ調べた挙句、女神からチート貰ってましたって判明したら一気に株価下がるじゃん。それに耐えられない。どんだけ弁明しても全員には届かないし、「何か卑怯なことをやったって思われてるだろうな」って悶々とする。
俺の話を信じてくれる人もいるかもしれないけど、他人に期待すると裏切られたときに心が沈むから期待しないでおく。そしてそんな自分自身を「冷たいヤツだな」ってもう1人の俺が嘲る。1人何役やってるんだよお前。
そしてモーチ、「そんなの気にしなければいいのよ!」って意味ないから。それは、言われて気にならなくなる人にだけ効果があるわけで、そういう人はそもそも気にしてないから。
そういう誰にも響かないフォローはそのまま空気に溶けて空に昇って雨になればいい。出来たら悩んでない人にちょっと多めに降ってほしい。
「シュティーナも、あんまり上に行きたくないだろ?」
「そう……ですね……女王候補だから忖度されてると思われても心が辛いですし……」
一緒だ! 一緒の人がいる!
「アルノル、モーチ、もうしばらくF級でいさせてくれ。仕事は上のクラスのやるから、報酬はちゃんと上がるんだし、な、頼む」
ちょっと膨れてるモーチとアルノルだったが、反対2票が決め手になって納得してもらった。
「分かった、見かけはF級にしておくよ。それでね、アンタ達に良さげなミッションが幾つかあるんだよ。D級からB級まであってさ」
老婆は「やっとできそうな人が見つかったよ」と安堵しながら説明を始めた。
***
「アルノル、頼むぞ」
「はい!」
剣を抜きながら俺の前を駆けていくアルノル。その先には、ワニを二足歩行にしたようなモンスターが2匹、口を開けて威嚇していた。
「せいっ!」
「グガアアアアッ!」
「うわっ!」
渾身の一撃で仕留めそこない、腕に噛みつかれそうになるアルノル。牙が
「アルノル君、大丈夫ですか! レンマ!」
「任せろ」
シュティーナに呼ばれるとほぼ同時、風の魔法で突風を出し、迫っていたもう1匹を吹き飛ばす。
「ありがとうございます、レンマさん!」
体勢を立て直した彼は、今度はしっかりと手負いの方を仕留め、もう1匹も素早い連続攻撃で片付けた。
「レンマさん、魔法、助かりました」
「アルノル君、手当てしますね。まずは応急処置ですけど手持ちが……あ、レンマ、そこにある木の、黄色の尖った葉っぱを何枚か取ってきてもらえますか? 止血剤作ります」
「分かった、すりこぎとか準備しておいてくれ」
3人で連携を取りながら、目的地の湖に向かって歩いて行く。
ミッションは、湖のモンスターを倒すこと。ダイス町から東に行った端の湖に棲む首長竜型のモンスター、プレーシオを討伐して、そこで魚が獲れるようにするという計画らしい。
今回、アルノルやシュティーナに積極的に戦闘や回復をお願いすることにした。
だってさ……いや、これは別に自慢とかではなくてね? 俺ばっかり戦って勝ってたらさ……全員つまらないよね……? だってみんな志持ってやってるんだからさ。フレンチのシェフやってる彼氏ができて、始めは何でも作ってもらえるって喜んでたけど、「料理作る機会なくなっちゃった……私が作るとも言いづらいし……」ってなってる女子と一緒じゃん。
そうやって俺が機会奪うのって人としてダメじゃんね。「レンマなんかと組まなきゃ良かった」って思われたらおしまいだよ?
頑張れ、レンマ。この能力をもらったことは試練だと思え。配慮するところは配慮して、円滑に異世界生活をやっていくんだぞ。
「それにしてもB級とか大丈夫かよ……もっと簡単なものでも良かったんじゃないか……?」
「いえいえ、レンマさんがいれば問題ないですよ!」
3人のくじ引きで選択権を得て、迷わずこのミッションを選んだアルノルが俺の肩を叩く。いつも距離がちょっと近い。
「それに、湖の敵なら、ダメでも簡単に逃げられますから」
「まあそれはそうだけどさ……」
「あ、レンマ、湖が見えましたよ」
シュティーナが指差す先にだだっ広い湖が見えた。アルノルが「ホントだ!」と先頭を懸けていく。
「よし、ここからはオレが!」
彼が湖の淵に寄ってきた魚を捕まえ、表面をサッと切ってまた水に戻す。その血がぬらぬらと水面を
やがて。
「グウウウウウッ!」
船の汽笛のような鳴き声と共に、首だけで俺の身長くらいありそうなプレーシオが長い姿を現した。
「アルノル、俺が先に動きを封じる!」
「分かりまし——」
彼の返事は、首をムチのように使ってなぎ払う敵の攻撃に遮られた。
「くっ……!」
「おいっ、アルノル!」
倒れはしないものの、鍔迫り合いのような体勢で、剣で攻撃を防ぎながらザリザリと後退していく。マズい、これは連携攻撃は難しそうだな。俺が仕留められるようにしよう。
手を翳し、昨日怪鳥パラキートに放ったような火球を作る。
「く、ら、えっ!」
狙って放ったその攻撃をしかし、プレーシオはスッと素早く首をくねらせて
「…………え?」
動かした首の先、獰猛そうな目は、俺に狙いを定めていた。
「グウウウウウウウッ!」
「レンマ!」
シュティーナの叫び声を号令にするかのように襲いかかってくるプレーシオ。
ああ、これヤバいな。魔法も間に合わなそうだ。
このまま死ぬんだろうか。もともとお礼でもらった命だからあぶく銭みたいに無くなるのは仕方ないけど、女神やモーチは期待してたみたいだから申し訳ないな。お前はこっちの世界に来ても誰かに謝ってばっかりだな。友人と「俺達は『人間』の部分が出すぎてるから、来世はもっと器用に生きような」って話してたのにな。
「レンマさん!」
ザシュッ!
いつの間にか隣まで戻ってきていたアルノルが、その剣で首を深く深く切りつけた。
「グイイイイイイイイイッ!」
痛みを振り落とすかのごとく首を左右に動かす敵。「今です!」という彼の声に反応し、もう一度手を翳して赤い光を纏う。
「今度こそ!」
外さないよう狙いを定めて、首の付け根に火球を放つ。
プレーシオは再び叫びながら暴れたが、やがて止まろうとしている振り子のように動きが小さくなり、最後は息絶えてほとりに上半身をドシンッと打ち付けた。
「ふうっ、ミッションクリア!」
「アルノル君!」
シュティーナと一緒に駆け寄る。少し破れた服を気にしながら、彼は「横からだと首がガラ空きだったんで」と微笑んだ。
「でも、B級って割に、そんなに強くなかったな」
「あれ、レンマ、知らないのですか?」
シュティーナが首を傾げる。ウェーブしたオレンジ色の髪がふわっと柔らかに垂れた。
「この辺りは昔、地盤沈下があったとかで地脈が不安定なんです。だから魔法が使いづらい。B級になっているのはそういう理由でしょうね」
なるほど。ってことは俺達のパーティーにとってはチャンスってことか……なのに俺は魔法を外したりして……。
「助かったよ、アルノル。ありがとう」
すると彼は、冗談っぽくニシシと歯を見せた。
「いやあ、最強の魔法使いも完璧じゃないんですね!」
「…………だな。俺もまだまだだ」
フォローする冗談のつもりで言ってくれたんだろう? ありがとう、アルノル。俺も社会人やってたから、表面上はちゃんと返せるよ。
1つだけ君に誤算があるとすれば、俺はその時のメンタルによっては、そういうのを真正面から喰らっちまうってことだ……。
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