第2章 ミッション ~この能力をもらったことは試練だと思え~

第7話 ファースト・ミッション

「おおっ、着きましたね! ここがこの近辺で一番大きな町、ダイスです」


 オレンジ色に染まっていた景色を、薄墨色の夜がゆっくりと塗り潰している。


 昨日宿に泊まった俺達は、早朝にバスカ村を出発して歩きっぱなしの旅。先頭のアルノルが家々の並ぶこの町を見つけ、金色の綺麗な髪をフワリと揺らしながら駆けていったのは、日も落ち始めたつい先ほどのことだった。



 必要とあらば追加メンバーは後からでも見つけられるということで、昨夜とりあえず3人でパーティーを結成した。


 メンタルが底打ってる魔法使いと女王候補の薬師と前向き全肯定剣士、すごい構成だ。バンドなら音楽性の違いで4ヶ月で解散してもおかしくない。


 とはいえ、結成したからにはミッションの管理所でパーティーを登録しないとだな。



「あの、すみません、新規で登録したいんですけど」


 町の中央にある、小さなコンビニくらいの広さの管理所。カウンターが2つあって、隣では別のパーティーが明日やるミッションを話し合っている。


「ああ、分かったよ」


 70歳くらい、綺麗な銀髪の老婆が、名前や職業を記入するための紙をスッと渡してくれた。


「んん……? シュティーナ=ハグベリ……?」

 書き終わって戻した紙をじっと見ていた老婆が、小さく首を捻る。


「ひょっとしてアンタ、次期女王候補の?」


 その声に周りがバッとこちらを見て、「ホントだ!」「なんでパーティー組んでるの?」と思い思いに雑談の種にする。それを聞いていたシュティーナは、「やっぱり知られてますよね……」と口をむにむにと動かし、オレンジ色の髪に手櫛を入れながら目線を下げた。


「んじゃ、先にクラスの説明をするよ。F級からA級、そして最上位にS級と7段階ある。ミッションの実績を見て、こっちでクラスを上げ下げするよ。基本はFからスタートだけど、本人達が希望すればE級から始めることもできる」


 そして目を再び紙に落とし、気にかかることを見つけたらしく、指で下唇を掻いた。


「で、アンタ達は魔法使いと剣士と薬師か……。お前さんがレンマ、魔法使いだね。他に何かできるかい? 剣とか槍とか」

「え? いや、何もできませんけど……」


 周りから漏れる冷笑。何この空気、俺みたいな「自分が自分を俯瞰で見て嘆く」タイプの人間はこういうのが一番苦手なんだけど。このまま誰かが漏らした溜息に溶けて天に昇りたい。


「……あの、なにかマズいんですかね?」


 すると老婆は、頬の辺りのシワを目立たせながら口をグッと下に曲げた。


「上のミッションってのはね、もちろん戦うモンスターが強いってのもあるけど、地脈も影響してくるのさ。魔法が使えなかったり、そもそも使えるか分からなかったりする場所も多いんだよ」


 なるほどね……ん? ってことは何、ひょっとして俺にとっては、上のクラスでもそんなに難しくないミッションも——



「だからお前がほぼ役立たずになるってことさ」


 隣のカウンターから聞こえてきた声に振り向くと、5人組のパーティーの1人、銀髪をツンツンと立てたガタイのいい男が嘲笑を浮かべる。


「グゥービー、やめな」

「いいや、婆さん。これはB級の俺達からのありがたい助言だぜ」


 そのまま彼はこちらに数歩近づいてくる。


「村から来たのか? 随分と無知なんだな。今のまま上のミッションで魔法使えない場所にいったら、攻撃できるのはそこにいる剣士だけだぜ。だから魔法使いも剣や槍は使えるようになっておくもんだ。あとは攻撃メンバー増やしたりな」


 他のメンバーを見ると、みんな剣や槍、斧を持っている。なるほど、確かに魔法が使えないと分かってたらそうなるよな。


「今のままじゃD級まで上がるのも難しいんじゃないか? 女王の護衛の2人だもんな。ひょっとしてアレか? 見事女王になったら側近にでもしてもらう気か?」


 ドッと笑う5人のパーティー。と、俺の前にアルノルがずいっと出てくる。


「さっきから聞いてればなんなんだよ! いいか、聞いて驚くな。レンマさんは——」

「うわーーーっ! はっはっは! ね、とりあえず俺も剣でも買おうかな! はっはっは!」


 慌ててアルノルの口を押さえながら笑って全てをごまかす。転生しても事なかれ主義。


 危ねえよ、今コイツ俺の能力自慢しようとしただろ。やめて、それダメだから。


 仮に信じてもらえなかったら俺が大言壮語してるイタいキャラになるし、万が一信じてもらえてもチートをもらってる卑怯なキャラになるから。どっちに転んでも地獄だから。



「はっ、変なヤツらだな。この辺りじゃ古参のグゥービーだ。ミッションに手こずったらうちのパーティーメンバー有償で貸してやるよ」


 冗談とも本気とも言えないトーンでそう言うと、彼は他のメンバーと一緒に登録所を出て行った。


 横で「何ですかアイツら!」と紛然としているアルノルに目を遣る。モーチが「案内することも減ってきたから、ちょっと休むわね!」と消えてて良かった……いたら絶対同調してたもんな……。



「レンマさん、オレ達E級から始めてあんなヤツらとっとと追いつきましょう!」

「いや、Fからでいいよ……Eを目指して頑張ってる人もいるのに、俺みたいにたまたま能力もらったヤツが上から始めちゃダメな気がする」


 そしてもう一人の俺が「ちょっと下からやってやるか、なんてお前どんだけおごってるんだよ」と呆れる。特技は一人相撲です。


「すごいなあ! レンマさん!」

 暗いトーンで話したのにアルノルは目を輝かせた。


「ホントに謙虚なんですね! 人間の鑑ですよ!」


 これは何、褒めて俺の精神を削る作戦? ひょっとしてお前、俺専属の暗殺部隊?


「アルノル君、私もその、F級からの方が……」

「え? シュティーナさんも同じ意見ですか?」

「ええ……あまり目立ちたくないですし……」


 そうだよな、騒がれても困るもんな。


「それに、女王候補だからE級から、なんておごってるんだ、と思われてもイヤですし……」



 …………あれ? この思考、すごく見覚え、というか考え覚えがあるぞ?

 え? まさか? シュティーナって「こっち」側?



「じゃあお婆さん、F級から始めます」

「あいよ。ついでにミッションも選んでいくかい? 明日朝からやるなら、この鉱石の採掘がオススメだよ」

「なるほど、場所はどこですか?」


 こうして初めてのミッションも決め、俺達は正式にF級パーティーとなった。




 ***




 翌日、宿の食堂でパンとスープを平らげ、すぐにミッションに出発する。

 ダイスの町からほど近いなだらかな丘を縦一列になって登ったあと、背の高い木々が生い茂る林へ。緑と茶色で塗られたような自然は、元の世界の祖母の家を思い出して少しリラックスできる。


 とはいえ、林の中に入ってからは人気ひとけはすっかりなくなり、日光が木々に遮られた獣道は、まだ昼間だというのに幾分不気味だった。



「鉱石アジェルか……シュティーナ、知ってるか?」

「ええ、溶かして建材に使うと聞いたことがあります。もう少し量が増えれば、一般の家にも使えるようになるとか」


 国の発展のために働き、お金を貰える。この仕事がセノレーゼでも憧れの仕事というのも頷けるな。


「噂をしてれば、ほら。着きましたよ」

「おお、石切場って感じだな」


 シュティーナが指差した先は、林の行き止まりで切り立った石の崖。これまで多くのパーティーが腕試しに挑戦したミッションらしく、崖の表面がガリガリと削られていた。



「レンマさん、早く上に上がって色んな敵と戦いましょうね! リストにあったあの敵とか強そうだったじゃないですか。D級のトライテール・パラキート!」

「あのインコの尻尾の銀針を取ってくるってヤツか? まぁそもそもF級のレベルも分からないから、すぐに上がれるか——」


「キャルルルルルル……」


 頭上から俺の言葉を遮る不穏な唸り声。この辺りにはモンスターが結構多いって話だったもんな。やっぱりそんな素直には取らせちゃくれないか。


 やがて上から降りてきたのは、俺の1.5倍はあろうかという全長に割とでっぷりした体型、剣のようなくちばしを携えた怪鳥だった。


「キャルルルルル!」

「ぐっ…………!」


 その場で羽ばたくと、台風の日のような強風が起きる。飛んでくる石つぶてに顔をやられないよう両腕でガードし、腕と足に小さな傷を幾つも負った。

 マズい、ここで足やられたら体に嘴刺されて終わりだな。



「……のやろっ……! レンマさん、どうします? 連携攻撃しますか?」

「あ、ああ、そうしよう。一度全力でやってみるから、仕留めきれなかったら頼む」


 そして敵に向けて両手を翳し、最大限大きな火を打ち出すイメージを膨らませた。

「いくぞ……っ!」


 手が赤い光に包まれたかと思うと、やがて天体の写真かと思うような火球が目の前に現れる。


 アルノルとシュティーナが、信じられないものを見るように目を見開いていた。



 ゴオオオオオオオッ!



 その火球が放たれ、怪鳥を呑み込む。「ギャリリリリ!」という甲高い声をあげて全身の羽毛が燃え盛り、やがて焦げた丸焼きがドサっと地面に伏した。


 驚きのあまり、呆然と立ち尽くしている2人。



「レンマさん……なんですか、今の魔法……」

「すごすぎます……B級やA級の方はみんなこのような使い手なのでしょうか……」

「いや、みんな俺より上だよきっと」


 謙遜じゃない本音。そうじゃないと、自分がこの能力を褒められるのに耐えられそうにない。



「ホントに圧勝でしたね……あれ?」


 怪鳥の周囲をグルリと回っていたアルノルが興奮気味に「レンマさん!」と手をバタバタさせた。


「コイツ、尻尾3本あります。しかもほら、これ!」


 ゆっくりとその尻尾を持ち上げる。そこには、焦げずに妖しく輝く針があった。


「えっ! こいつ、トライテール・パラキート!」


 ちっともインコに見えないその鳥の銀針を手に取る。偶然降りてきた敵をあっけなく倒し、俺達はF級より先にD級のミッションをクリアしたのだった。

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