第3話 魔法の秘密
酔っ払い達が去った後、モーチは魔法の成果に満足気な表情を浮かべている。
「おいモーチ。この魔法はどういうことなんだ? 教えてくれてもいいだろ」
「んー、どうしよっかなあ」
華奢なミニサイズでイジワルな目つきをしてみせるモーチ。
その思わせぶりなイイ女キャラをやめるんだ。無理にそういうキャラ作りしてるヤツに限って豆のたっぷり入ったヘルシーカレーを2回もおかわりして「はー、デトックスできた」なんてSNSに投稿するんだぞ。
「んっとね、セノレーゼ王国で魔法を使えるのは100人に2~3人なの。特殊な体質の人がちゃんと修行してようやく使えるようになるのよ。でね、そういう人達がどうやって魔法を使ってるかっていうと、
「地脈?」
「うん、地面を渦巻く力の塊ね。自分の真下にある地脈エネルギーを、自分を媒介して魔力に変えるの。この真下ってのがポイントで、地脈のエネルギーって場所によって大小がまちまちだから、強力な魔法が使える場所もあれば全く使えない場所もあるのよ。で、アイツらも言ってたけど、今アタシ達がいるこの周辺は、ほぼエネルギーがないから普通は魔法は使えない。だけど……」
「俺は女神からもらった能力で場所関係なく使えるってわけか」
「そう! その場所に行かないと魔法が使えるかどうか分からないっていうのが魔法使いの大変なところでもあるの。でもレンマはそんなの一切関係ない」
「……それ、この世界の常識外の能力ってことじゃないか」
何、女神はお礼としてそんなのを俺に授けてくれたの? どんだけ情に厚いの。小学校時代に仲良くしてたって理由でいざというときに助けに来てくれる不良と一緒じゃん。
「それに、修行の練度によって、エネルギー変換の効率が全然違うから、未熟な魔法使いだと強いエネルギーがあっても大した威力じゃなかったりするわ。その点、レンマはかなり高いレベルに設定されてるから、どこでも安定して良いパフォーマンスが出せるってことよ」
人の魔法を無線LANみたいに褒め、小さなモーチがさらに小さな親指をグッと立てた。
「どう、この楽勝感。子どもの喧嘩に大鎌持っていくようなものでしょ?」
「なんで悪い方で例えるんだよ」
むしろ卑怯者では。
「ほら、素敵な能力もらったんだから元気出してよ。まずはイェーイって言うの! そしたらテンションは後からついてくるから!」
「モーチ、すごいなお前……」
俺も君みたいになりたかったよ。
「ちなみに魔法は風の他に火と水、3種類の魔法が使えるからね。さっきみたいに両手を翳して、イメージを浮かべれば良いわ」
教わるがままにやってみると、手が赤い光に包まれ、ゴオオオッと火炎放射のような炎が出た。
「おおおっ、これすごいな」
俺が魔法使いなんて、なんかちょっと信じられない。
「とにかく! レンマにはこの能力を使って存分にこの世界で無双してもらいたいの! そしてアタシの崇拝する女神様の評判を上げてもらって、アタシも気に入られるの!」
個人の願望が滲み出すぎている。俺に対する配慮が1ミリもなくていっそ清々しい。
「食事も宿泊も、まずはお金がないとな……2~3日生きるお金くらい欲しかったけど」
「こら、レンマ! ワガママ言わない! 将来ロクな人間にならないわよ!」
ひどい未来予想図で叱責されつつ料理店に戻ろうとすると、隣に2軒目の宿屋が見えた。モーチによると、旅人が増えたおかげで最近できたらしい。
「よし、じゃあレンマ、今日の宿泊の予約しちゃおう」
まだ無一文だけど予約はできるらしい。少しずつ日が傾きつつある中、ベッドが埋まると野宿になるとモーチに脅され、宿に入る。木製のカウンターには、恰幅の良いおばちゃんが立って忙しなく動いていた。
「あの、今日泊まりたいんですけど……」
「あいよ、1人だね。前金もらえるかい?」
「え……必要ないって聞いてたんですけど」
その瞬間、おばちゃんは目を見開き、もともと大きい声を更にボリュームアップした。
「アンタねえ、今みたいに気候も良くて混んでる時期に、前金無しで予約できるなんてバカなことあるかい!」
「え、あ……すみ、ません……」
そのまま目線を合わせないように出てくる。モーチが両手を合わせながら、虚ろな顔をした俺の眼前まで飛んできた。
「ごめんねレンマ、時期によって前金必要だったみたいね。暗い顔してるけど大丈夫?」
「いや、ちょっとダメだ……」
こういう風に怒られると精神が……後で思い返して「お前の常識ない言動のせいで怒られたんだぞ」って心がざわざわするヤツだ……。
「そんなこと気にしてどうするのさ! ちょっと怒られただけじゃない!」
いや、分かってますよ。おばちゃんだってちょっと大声でツッコんだだけですよ。
でもさ、「お前のせいで向こうに宿泊の期待持たせたんだぞ」とか「前金制でも大丈夫なようにお金準備すべきだったろ」とかもう1人の俺が俺をガンガンに責めてくるよな。何なんだろうな。
「レンマ、もう覚悟を決めてモンスター倒しにいこう! これから少しずつ寒くなって服の素材足りなくなるから、皮が高値で売れるわよ! 皮剥ぐのイヤなら代理でその道の人にやってもらってもいいわ。買い取ってもらったお金の一部をあげればいいんだし」
「ううん、まあ倒した後のことはいいんだけどさ……」
え、これさ、これまで何人かいたであろう転生の先輩はさ、「素晴らしい能力をあげるからモンスター狩りに行こう!」って言われていきなり倒しに行けたの?
怖くない? そりゃ慣れれば大丈夫だろうけど、初めての時とかさ。いくら魔法が使えるからって、対峙したこともない敵に立ち向かうってそれなりに自分に自信がないとできなくない?
そうそう、そうなんだよな、結局普通の人は、「力を授けてもらった」ってことで自信を持てるから勇気が湧いてきて一歩踏み出せるんだよな。
お前はどうだ、
そして今度はそうなれない自分に嫌気が差してくる。一部のスキもない悪循環に身震いするね。
「倒しに、か……」
さんざん迷っていると、横から「あの」と男性に声をかけられた。
「さっきあのバカ3人組を追い払ってくれた人だよね?」
「へ? あの酔っ払いですか? はい、まあ……」
そう言うと、エプロンをしたその30代くらいの彼は、ガシッと俺の両手を握ってブンブンと振る。
「ありがとう、助かったよ! 僕はここの料理店で働いてるんだけど、アイツら最近、連日うちの店で昼から飲んで暴れてやってるせいで他のお客さんが来なくなってたんだよ。今日も来そうになってたのを君がやっつけてくれてさ、ホントに助かった!」
「いえ、そんな。でも、はい、良かったです」
突然の展開にしどろもどろ返事する。もともと身に振る火の粉を払っただけだったけど、人助けにもなったみたいで何よりだ。
「お礼と言っちゃなんだけど、ご馳走させてよ」
「ホントですか!」
世界で一番美味しいご飯は、労働も対価もなく食べるご飯である。使えて良かったどこでも
「レンマ、良かったわね! もし魔法のこと聞かれたら、都度『この魔法は女神様の提供で使用してます』って説明するのよ」
「毎回言わせるのかよ」
俺はどんだけスポンサーに媚びるんだ。
「さ、こっち入って入って」
テーブルに通されると、まずは程よい甘さの赤い果実酒が出てきた。体と脳を心地よくほぐす酔いに身を委ねていると、気分良さげに鼻歌を歌う店員の彼が次々と料理を運んでくれる。
ピクルス的な野菜の漬物、芋を潰した塩気のあるサラダ、じっくり炙った骨付き肉、マカロニのような食材に旨辛のソースを絡めたメイン。味覚もセノレーゼ用に変えられてるのか、どれもこれも舌に合って、出てきた先から平らげてしまう。
満腹感と幸福感に包まれていると、さっき名前を教えた彼が「レンマ」と水を注ぎに来た。
「君、旅人かい? 今日は泊まるところ決めてるの?」
「いや、実は恥ずかしい話、お金持ってなくて……」
「なんだ、じゃあ隣の宿使っていいよ!」
「え、あの宿ですか?」
話によると、夜更けまで店を開けている日に店員が寝られるよう、長期で一室予約しているらしい。
「今日は早めに店じまいの予定だからさ」
「ありがたいですけど……本当にいいんですか?」
もちろん、と言いながら4杯目、今度は黄色の果実酒を注いでくれた。
「こっちこそありがとうだよ! 本当に助かったからさ! いやあ、ちょっとだけ見てたけど、あれ魔法だよね? すごいね、この辺りで魔法使ってる人初めて見たよ! 僕、感動しちゃった! あの風、本当にすごかったよ!」
褒められながら飲む酒は最高に心地良い。
と、思うじゃないですか。違うんですよこれが。俺そういうタイプの人間じゃないんですよ。
ほら、なんか浮かない表情してる俺をモーチが不思議そうに覗き込んでるでしょ? 今ね、酔いが醒めてるんですよ。
感謝されてるけど、賞賛されてるけど、それさ、俺の本来の力じゃないんだよね……女神にもらった力なんだよね……そこ褒められると、なぜか辛いよね……。
こんなんさ、人によっては「何言ってんの?」って話だと思うのよ。特殊能力だろうがスキルだろうが、その人固有のものに変わりはないんだから。
それが単なる偶然でも女神の恩返しでも、「これは転生して俺がもらった力だ! すごいだろ!」って胸張って言えると思うんだよ。
でも悲しいことにそうなれないんだよな。元の記憶がある分、「付加されたものだ」ってのが自覚できて、それを賞賛されている。
何だろう、「お前、イケメンの友達メチャクチャ多いよな」って褒められてる感じ。そりゃ友達になったのは俺の力なんだろうけど、褒められてるのは俺じゃない、というか。
これさ、いや、もう間違いなく自分の脳内解釈のせいなんだけどさ、「すごいのはお前がもらった能力であって、お前個人は別に」ってもう1人の俺が言ってくるんだよな。じゃあ俺個人は? 俺個人の存在価値ってどうなってるの、っていう。
そりゃ魔法の力が俺に帰属している以上、俺がいなくなったらその力もなくなるわけで、そこに俺の存在意義はあるんだけど……ダメだ哲学モードに入ってしまった。精神が
大体な、レンマ。この店員さん、そんなこと微塵も思ってないんだよ? 純粋に褒めてくれてるのに勝手に悪意に解釈して、ちょっと距離置きたい気持ちにもなってて、お前がどんだけ偉いんだって話だよ。自己嫌悪が止まらない。「自己嫌悪が止まらない」って、歌のタイトルみたいだな。そんな地獄みたいな曲誰が聞くんだ。
「レンマ、お言葉に甘えてそろそろ宿に行こ」
虚ろな目をした俺を心配したのか、モーチが退店を促し、件の店員さんに「魔法使いさん、ホントにありがとう!」と全力で感謝されながら店を出る。
いつの間にか日が沈みかけている空は徐々に暗くなっていて、今の自分には眩しいくらい星が光っていた。
「まったく、さっきは何を嘆いてたのよ」
「いや、実はさ……」
少し立ち止まり、歩きながら彼女に全て話す。彼女は「逆にそこまで悩めるのすごいわね……」と片手で両目を覆った。
「小さいことでくよくよしすぎよ」
「いや、俺にとっては小さくないんだよ……」
「よし、走ろう! 汗流せば全部忘れられるはず!」
「俺はそういう思考のヤツが一番苦手だ」
そのまま宿に入り、「なんでアンタ達が料理店用のベッド使うんだい?」と
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