第4話 女王候補:シュティーナ・ハグベリ(Side:シュティーナ)

 川沿いを歩いていたら、とても綺麗な花を見つけました。鮮やかなピンク色が日に照らされ、見る人を迎え入れるかのように大きく花弁が開いています。こんな目立たない場所でも、こんなに力強く咲いている。



 自分もこうあれたらいいのに。それができない自分に嫌気が差します。



「あ、見てママ。ひょっとしてあれ、シュティーナ姫じゃない? オレンジ色の長い髪だし!」

「ホントね、似てるわ。でも姫はこんなところにいないと思うから、そっくりさんかもね」



 私の名、シュティーナ=ハグベリを呼ぶ声が聞こえましたが、そっくりさんということで片付けられました。こういう時「本人ですよ」って挨拶すれば良いのでしょうか。


 いえいえ、そんなことしたら心が雨漏りしてしまうに決まってます。もう1人の私が言うはずです。「まだ女王になると決まったわけでもないのに、何を有名人気取りしてるのだ」と。


 ああ、こんなことをくよくよ考えていると、ついついまた自分の22年間の人生を振り返ってしまいますね。





 実家は薬屋でした。社交的な父が店長、調合と研究の得意な母が薬作りを担当して、小さいながらも繁盛していました。


 私は母の近くで彼女の仕事を見ていたので少しずつ知識がつきました。それに作業に没頭する彼女に憧れていましたから、大きくなったら薬屋になりたい、家を継ぎたいと思ったのも自然なことかもしれません。



 父と母は愛情たっぷりに、そして礼儀正しく育ててくれました。今でも感謝しています。ただ、「なぜ他の子と比べて自分だけこんなに行儀作法を躾けられるのか」と幼心に気にはなっていました。



 あれはすっかり物心ついた12歳の頃。あのときの父と母の説明は決して忘れません。


『お前は今の国王様の子なんだよ』


『父さんは子どもを作れない体だけど、子どもがほしかった。国王はそういう夫婦を対象に、子どもを授けている。それは、国王と女王の間に男児が生まれなかった場合、他の家で生まれた男児を次の国王にするからだ』


『だが、うちに生まれたのはシュティーナ、お前だった。お前は女子だから、よっぽどのことが起こらない限り世襲の件には巻き込まれないとは思うが、礼儀に厳しかったのはそういう理由だ』


『黙っていても良かったが、いずれ何かの拍子に自ら知ってしまうとショックが大きいだろう。だから思い切って話した。とにかく、これからもお前は、大事な大事なハグベリ家の一人娘だ』



 正直、怒ったり泣いたりはしませんでした。もちろんビックリはしましたけど、私のことを大切に育ててくれたことに変わりはないですし、別にこれからの生活が変わるわけでもないですし、その時はきちんと話を受け止めることができました。



 ただ、もともとそういう性分なんでしょうね、心の中がかなり不安定になったのを覚えています。

 そうやって落ち込んでいる時に、「周りはみんなにこんなに頻繁に落ち込んだりするのだろうか。落ち込まないとしたら貴女に問題があるし、落ち込むのだとしても周りはそれをうまく隠せているのだからやはり貴女に問題がある」と考えて更に沈んでしまいましたね。




 しかし、しかしです。つい先日あることが発覚し、暗雲どころか雷雲が立ち込めてきました。もう土砂降りです。心の中にいる私が「あなたにはこういうジメジメしたところが合ってますね」と皮肉を言ってきます。自ら勝手に傷付くという前衛的で退廃的な特技。



 国王様もだいぶ歳をとりましたが、結局どの女性との間にも、王子が生まれなかったのです。


 継承は血の繋がりが絶対、ということで、急に私を含め3人の女性が、数年後に交替する時期女王候補となりました。別に女王には全く興味がないのですが、何の因果か、一番年上のために辞退もできません。既に他のお二人からは宣戦布告も受けています。



 なんでしょう、この展開、そしてこの微妙な立ち位置。女王として振る舞うこともできないけど、一般人というわけでもない。こういう時に「私が女王になれるかも!」なんて喜べればいいのでしょうけど、表面上もそう取り繕えない自分が悲しいです。


 周りの環境に振り回されてばかり、人生って一体何なのでしょうか。やはり、生きる上での期待値をもう少し下げておけば良かったのです。そうしたらこんなに落ち込むこともありませんでしたから。はあ。



 そんなわけで、最後まで続けられるか分からない薬屋を継ぐ夢も、当面は保留となりました。悲しみです。


 両親はそれでも「女王になるなら、それはそれで名誉なことだ」と精一杯祝福してくれましたが、私にとってはあのこじんまりして皆に愛されてるお店の方が何倍も魅力的です。しょんぼり。



 薬屋の代わりに、何かあったときも抜けやすいので、薬師くすりしとしてパーティーに入ってみようと思っています。ミッションの役に立てたら嬉しいですし、家でじっと薬を作ったり売ったりしていても、悶々と考え込んでしまい「こんなことなら薬草に生まれたかった」なんて言い出しかねませんから。



 まだ組んで頂ける方は決まってませんが、大きな町に行くと「ここでパーティー相手を募集するなんて相当有能な薬師に違いない」と勘違いされそうなので、自分の心を守るためにもまずは小さな村でお相手を探すことにしました。





「よし、あそこにしましょう」



 バスカ村が見えてきました。少し向こうに見える山は、確かダークウルフがよく出る場所ですね。


 どんな出会いがあるか、楽しみではありますが、そう思ってて裏切られるのも辛いので、期待値をなるべく下げて行きましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る