第2話 妖精モーチとの出会い
「は……?」
声のする方に振り向くが、誰もいない。
「へっへっへ、こっちこっち」
今度は右耳の辺りで声がする。
「……うおっ」
振り向いた俺の視界に飛び込んできたのは、誰がどう見ても「妖精」や「精霊」とかいう類のものだった。
「やっほー! ビックリした?」
「あ、ああ……」
体長は15cm~20cmくらいの、少女のようなとても可愛らしい顔立ち。
青い服に青いショートカットで、体型や顔は人間と一緒。ふわりと宙に浮いている彼女を包む光も淡い青色だった。
「妖精……?」
「そうよ、女神様から『レンマの案内役をしてあげてくれ』って頼まれて君についたの。このセノレーゼに棲む妖精よ」
「セノレーゼってのはこの国の名前か?」
「そう、セノレーゼ王国! ここはそのかなり東の方だね」
姿勢を変えないまま、ヒュンヒュンと飛び回りながら話す妖精。なんかドローンみたいな飛行で違和感すごいな。羽でパタパタやるんだと思ってた。
「妖精ってのも本当にいるんだなあ……まあ女神に会ったし転生もしたから何があっても驚かないけど。やっぱり結構長生きしてるの?」
「ちょっと! レディーに歳聞くなんて失礼よ! でもそうね、150歳は超えてるし、まだまだ寿命はあるわ」
レディーへのマナーを
「これからよろしくね、レンマ!」
「ああ、よろしく。それにしても、妖精ってもっと穏やかなイメージだったけど元気なんだな……」
その言葉に、彼女はその小さい首を傾げた。
「あーそれは妖精に拠るわよ。アタシはほら、セノレーゼの元気印を目指してるじゃない?」
「いや知らないけど」
どこの世界にもマイ情報を世間常識のごとく喋る人はいる。
「日々幸せに、自分を愛して、しなやかに生きるようにしてるわ。座右の銘は、『死ぬこと以外はかすり傷』だからね!」
「へ、へえ……」
やばい、何これ。なんでよりによってこんな俺と正反対の、「キセキって『君が、世界を、綺麗に見せてくれた』の略でしょ」みたいなこと真顔で言いそうなキャラが俺の案内役なの。
女神か、女神の差し金か。「お前も彼女から生きることの心構えを学べ」ってことか。そうだよな、モーチみたいな過ごし方の方が人生得なんだよな。そんなことは分かってるんだけどな。
「あ、レンマ、なんか今考えてたでしょ? 座右の銘について?」
「いや、そうじゃないけど……でもまあ、その座右の銘は俺には合わないな」
鼻先に近づき、「どこが?」と言わんばかりにきょとんとするモーチ。
「んん……死ぬこと以外はかすり傷っていうのはさ、『かすり傷なんだからちゃんと歩けよ』って強い言葉にも聞こえるんだよな。俺もそうだけど、プレッシャーに弱い人には、ちょっと受け止めづらい」
「へええ、そういう見方もあるんだあ。考えたこともなかったよ」
「いや、別にいいんだよ。人それぞれだし、そういう言葉に鼓舞されて頑張れる人だっているんだからな」
モーチはその矮小な顔でも見えるくらい、ほっぺをむにむに揺らして口角をクッと上げる。
「そういう否定一辺倒じゃない考え方、良いわね」
「それは……どうも」
急に褒められてうまく返せず、おでこを掻きながらお茶を濁した。
「で、モーチ。まず俺は何をすればいいんだ。王様に会ったりするのか」
「まあ、先立つ物は金だからね、今日を生きるために日銭を稼ぐといいわ」
「現実的だな」
転生したのにあんまりワクワクしないぞ。
「そういえば、なんか女神が特殊な能力を授けてくれるとか言ってたけど」
「あ、うん。魔法が使えるはず!」
「魔法か!」
ワクワクが止まらない!
「どうやって使うんだ、教えて教えて」
「まあまあ、そう慌てないで、余裕のない男はモテないわよ」
そのちょっと男をリードしてる風のイイ女キャラをやめるんだ。
「まずはセノレーゼをもう少し歩いてからね」
「ちぇっ、しばらくお預けか。ところでさ、特殊な能力ってことは、この世界で魔法が使えるのはごく少数なのか?」
「ううん、それはそうなんだけどアナタの場合はもう少し特殊で……まあ追い追い分かるわ。あとは……そうそう、アタシもずっとレンマの近くを飛んでるわけじゃないから。しばらくは一緒にいるけど、そのあとはたまに様子見に来たり、必要なときに念じてくれれば出てきたりするわ。それも魔法みたいなものね」
「分かった。便利なもんだな」
近くを散策しながら、モーチに「セノレーゼ王国って結構広いのか?」と訊いてみる。
「それなりにね。端から端まで、歩いて横断すると10日、縦断すると15~16日かかるって聞いたことがあるなあ」
更に話を聞くと、四方を海に囲まれているらしい。隣接してる国はないってことか、日本みたいだな。
「おおっ、人がいるな」
畑の反対側にある、町というより「村」の方が的確に思える規模の集落。老婆が
「バスカ村って名前よ」
「モーチ、これ勝手に村入ってイヤな顔されないかな?」
「は? なんで?」
「いや、その……ここはここでコミュニティーとして完結してるから、余所者が入ると向こうもやりづらいとか……」
「ったく、心配性なんだから。セノレーゼは国中を旅してる人も多いんだから、『おっす、旅してます! 今日から友達!』でいいのよ」
呆れ顔のモーチ。いや、そりゃ君はそうかもしれないけどさ、俺は違うんだよ。
向こうがもう心地いい関係ができてるのにわざわざ不純物が混ざりにいくの、申し訳なさしかないでしょ。相手2人が顔見合わせて愛想笑いとか始めたら少女漫画の初恋並に胸が痛むでしょ。
「あ、宿がある」
バスカ村に入ってすぐのところに「空室あります」と看板の提げられた大きな家があった。
「旅人用だね! この辺りには空き家はないから、レンマもしばらくはこういうところに泊まることになるわね」
「そうするとやっぱりお金が必要なんだな」
歩きながら、ふと気になったことを尋ねてみる。
「そういえば、モーチは他の人には見えてないのか?」
「ううん、見えてるよ。レンマがぶつぶつ独り言言ってる変な人には見えないから安心して!」
「そっか、良かった」
「でもセノレーゼでは妖精自体が珍しいから、みんなの目は引くと思うよ」
「全然良くなかった」
そんな好奇の目、耐えられないでしょ。妖精のお兄さん呼ばわりされて、下手したらそのうちモーチが近くにいない俺には誰も見向きもしなくなって俺の存在感自体が妖精みたいになるやつでしょ。想像しただけで悲観のハンマーに正面から殴られる。
「ここが服の店でここは……あれ、武器の店もあるぞ。モンスターでもいるのか?」
「そうなの! 中にはめちゃくちゃ強いモンスターもいるのよ!」
急に声のトーンを2段階上げるモーチ。なんでハッピーな口調でシビアな内容話すんだよ。冒険は人生の最高のスパイスだ、みたいなテンションやめろよ。
「モンスターって、その皮とか牙とか骨が、服や薬の素材になるのよ。だからこの辺りではモンスターを狩ってその部位を持っていけば買い取ってもらえるわ。で、レンマはモンスターを簡単に狩れるよう、この世界でもほんの一握りの人しか使えない魔法の力を授かってるのよ!」
「いや……直接お金もらっても良かったんだけど……戦いたくないし……」
「あのね、魚を欲しい人には魚の捕り方を教える。常識でしょ」
ぐうの音も出ない正論! これが年の功!
「はあ……魚の話聞いたらお腹減ったな。お金ないけど」
「じゃあ料理店覗くだけ覗いてみる? お金ないけど」
文無し2人で、村の真ん中にある店へ行き、開いている窓から中を覗いてみる。
小さい子を連れた家族から1人でお酒を飲んでる老人まで、ファミレスくらいの広さの空間で思い思いに楽しんでいた。美味しそうだな……仕方ない、俺もお金稼ぐかな。
と、人の気配を感じて振り向く。既に相当飲んでいるらしい、剣を提げた、いかにもガラの悪そうな男3人組が、モーチを指差して大声で笑いだした。
「兄ちゃん、変なもん連れてるな! 何だそれ!」
「うはっ、よく見ると女だぜ。お前、こんな小さい女で楽しんでやがんのか! 変態だな!」
「そんなおもしれーお前に相談があんだけどよ、これから俺達この店で一杯飲もうと思ってんだけど金がねえんだ。あとは分かるよな?」
2人が鈍く光る剣をシャッと抜いた。
え、どういうこと、転生していきなりゲームオーバーってことありえるの。また転生させてもらえるのかな。そしたら猫とドーナツしかない平和な世界に行きたいな。背中撫でながらホイップクリームつけてふわふわの食べるだけで月給19万もらえたらそれ以上多くは望まない。
現実逃避してる場合じゃない。どうすんだよこれ、どうやって逃げればいい? モーチに「この人はついさっきこの世に生を受けた人なんです!」って説得してもらうか——
「レンマ、両手を前に翳して、風のイメージを浮かべて!」
「は? え? お、おう」
言われるがままに手を翳す。
「ああ? お前、魔法使いか。どうりで変なの連れてると思ったぜ。でもお前、初心者だな。この辺りじゃ魔法なんか使——」
相手の言葉を遮るように、俺の手がやや熱を持ち、白い光を纏う。
そして。
ビュオオオオオオオッ!
「うおおおおおおっ!」
両手から放たれたとんでもない勢いの突風を思いっきり受け、十数メートル後ろまで吹き飛ばされて地面に転がる酔っ払い達。
「………………は?」
あまりのことに、思わず自分の手を見返す。
やがて、ほぼ同時に3人が跳ねるように起き上がり、驚嘆と恐怖の入り混じった顔でこちらを見た。
「バカな! ここで魔法が使えるなんて……!」
「それにその威力、どんだけの使い手だよ……」
「ちょっとヤバいってコイツ、行こうぜ」
捨て台詞もなくその場を去っていく。
これは……なんか俺の能力、めちゃくちゃすごいヤツなんじゃないか……?
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