転生して無双できてるけど肝心のメンタルが治ってない
六畳のえる
第1章 転生 ~コシの強いうどんにでも生まれたかった~
第1話 せっかく転生したのにお前というヤツは
『皆さんが意外と気付いていないことをお教えしましょう。他の人ってね、実は案外アナタのことを見ていないし、気にしていないんです。誰にも見られてないんだから、アナタはアナタのままで大丈夫ですよね? ほら、まずは今の自分を、好きになりましょう』
(ラブ&ファンシー文庫 「自分と自分の笑顔が大好きになれる18のハッピーレッスン」)
バカにしてんのかお前は。
分かってる、そんなことは知ってるさ。でも分かってるだけで気にしなくなれるなら、万人レッスン要らずでハッピーになってるだろ。
違うんだよ、それでも気になっちゃう自分がいるんだよ、そういう「気になっちゃう俺」が俺自身を見てるから厳しいんだよ。
今だって、こんな本をついペラペラ捲ったことが恥ずかしくて仕方ない。俺を目撃した人々の視神経をどうにかして焼き切りたい。
この筆者、何も分かってないだろ。元から自分のこと大好きだろ。アロマ香る部屋で自分のSNSの投稿見返して悦に浸りながらワイン開けられるタイプだろ。
ああ、分かってるよ、そういうタイプの方が幸せなんだ。今の俺は、そうなれないからって僻んでるだけだ。
ダメだ、心がどんどん沈んでいく。あんまり生きるのに向いてない。コシの強いうどんにでも生まれたかった。
でもまあ、やるしかないんだよな。生きてるうちは進むしかないんだよ。人が生きると書いて人生だからさ。
***
「お前は死んだ」
「でしょうね」
展開が。もう展開が早すぎて。
「あまり驚かないんだな」
「まあ、うん、その、最近は小説や漫画やアニメでもこういう死後の世界がよく出てくるので……貴女みたいな女神とか」
ゆらゆらと波打っている水色の壁・天井・床。机も椅子もない空間の中にいるのは、書店にいたさっきまでの格好の俺と、向かいにいる女性。
透き通った真っ白な肌、美貌の塊のような顔、ウェーブしている金髪、白い一枚布の服。紛うことなき女神である。
そして彼女は、ちらと横を見て、その波打つ壁に浮かんだ文字のようなものを読み始めた。
「ええと……
「はい」
何これ、転職面接なの? 御社のこと何も知らないけど大丈夫?
「休日、地元の書店を出て帰る途中に、道路にいる猫を助けようとして飛び出し、車に轢かれて死亡、と」
ああ、確かそうだったな。気落ちしながらお店出て、ボーッとしたまま目の前の猫助けて、それで終わりだったな。自分の人生の幕引きもスマートにできなかったな。
「それで、なんで俺がここに?」
「実はな、その猫が私の使いだったのだ」
「使い?」
女神は説明を続ける。使いの猫は地上の様子を見るために歩いていたが、足を怪我してしまい、道路を渡るのが遅れてしまった。彼女の魔法で、猫も俺もどちらも助けるつもりだったが、焦っていたためにミスして間に合わなかった。
「というわけで、お前には悪いことをした」
「いや、あの、急に飛び出した俺も悪いので。それよりも猫は大丈夫でした?」
「ああ、足も治療して元気だ。ありがとうな、助けてくれて」
年齢不詳の彼女は、妖艶な表情を崩さないまま礼をする。
「良かった、不幸中の幸いです」
「しかし、あんな風に助けるなんて、よっぽど猫好きなんだな」
「いや、そんなことないんですよ。ちょうど心ここに在らずで、気付いたら道路に出てたというか、そんな感じで」
今思うと間抜けすぎるな。
と、俺を見ていた女神がフッと微笑んだ。
「
その言葉に、大げさすぎない苦笑いで返す。
「社会人やって磨きましたからね」
そりゃあ、本来喋るのはそんなに得意じゃない。人見知りはするから、知らないグループに入れられたら辛い。
でも、それじゃ会社ではやっていけないのも事実。黙って単純作業やるだけならまだしも、協力・協調して進めていかないと仕事は回らない。
特に営業事務だと「自分、人と話すのが大好きで、会話の片手間に酸素を取り込んでまっす!」というような営業マンとも話さなきゃいけないわけで、必然的に話ができるようになっていく。原始人が火を使ったように、生きていくために身に付けたスキルだ。
「極端に暗いわけでもないですし……まあ強いて言えば……」
「強いて言えば……?」
これも流れだ、言え、言ってしまえ。女神になら言っても変じゃないだろ。
「ふとしたときに、心が雨漏りするというか……」
「雨、漏り?」
おいバカ
ちゃんと説明しよう。「女神に分かってもらえるはずがない」って思っておけば後で傷付くこともないだろ。
「なんか、よく分からないんですけど、ちょっとしたきっかけで突然、『他の人に比べて自分はダメだ』みたいな感覚になったりするんですよね」
そして俺は、言葉を選びながらの補足を始めた。
ずっと沈んでて、ずっと卑屈になっているわけじゃない。
でも時たま、自分自身を認めて、褒めてあげることが出来なくなるときがある。そこが不安定で、コントロールできなくて、夜にふと泣き出しそうになることがある。というか実際泣いた夜もある。あの丑三つ時は長かった。
何かトラウマになるような体験があって不安定になった、というわけではないのが困りものだ。親から愛情を与えられなかった、親友だと思ってたのに裏切られた、恋人に「3ヶ月間アナタという人間を観察してみたけど、人として魅力がない」と別れを切り出された、なんてのがあれば、精神的にどこかおかしな部分が出るかもしれない。一番最後のとかやられたら、しばらく「オンナ、コワイ……」と呟くだけのロボットになる自信がある。
が、そういうのがあるわけでもない。きっかけがないから、安定を取り戻す方法も分からない。そんな風にして、今日まで何とか社会をよたよた、くよくよと歩いてきたわけだ。
そう話すと、女神は「あーあーあー」と、私全て分かってますアピールの含まれた軽い頷きをコクコクコクコクと何度も繰り返す。赤べこかお前は。
「自己肯定感が低いってことか」
「ぐああああっ!」
ダイレクト! 社会人としてハイコンテクストな空気の読み合いを磨いてきた俺に襲い掛かるド直球ストレート!
「他人の目を気にしがちなんじゃないのか」
「いや、他人もですけど、自分が自分を見てるので、俯瞰で見ている俺が『そういうところがダメなんだぞ』って指摘してきたりするというか……」
「なるほどな、そういう生き方は大変だな」
しかし蓮真、と彼女は続ける。
「そんなお前に朗報がある。使いを助けようとしてくれたお礼として、お前を異世界に転生させてやろう」
「転生……」
フィクションの世界だけだと思ってたけど本当にあるんだな。
「大体今くらいの年齢を基準に新しく体が作られる。記憶は今のまま保持されるし、言語は転生先にカスタマイズされるから普通に読み書きも会話もできるぞ」
新しい世界で、新しい人生をやり直せるってことだよか。うん、それは悪くないな。このまま存在が消えるなんて真っ平ごめんだし、せっかくもらったチャンスをふいにしたくないしな。
「じゃあ、ぜひやらせてください」
「もちろん。
おお、なんかカッコいいじゃないか。
「では早速始めるぞ、ちょっと痛いけどな」
「え、痛いの」
タメ口になっちゃったよ。そんな話、転生フィクションのどこにも書いてなかったぞ。アイツら騙しやがったな! 落ち着け自分、あの作者達は未体験だ。
「あとは、私なりの恩返しってことで、転生先でハッピーに暮らせるようにちょっと特殊な能力をオマケしてやるからな」
「特殊な能力? え、なんですか?」
「楽しみにしておけ。ではまたな!」
答える代わりに右腕を上下に振る女神。その瞬間、俺の体をチクチクとした針が刺すような感覚が押し寄せる。
「イテテ! 何か痛い! 何かイヤな痛さのヤツ! 痛い痛い痛い!」
「大丈夫だ、気にするな!」
「気にするなってのは俺が言うセリフだ!」
そのままチクチクが続く中で、どんどん睡魔が襲ってくる。そして俺の目と脳は、完全に闇の中へと入っていった。
***
「ん……んん…………」
鳥の鳴き声に気付き、日が昇る明るい草原で目を覚ます。ぐっすり眠った後のように体が軽い。
「ここが……異世界か……」
なるほど、確かに日本と違う。高い山と澄んだ川、生い茂る木々。レンガ造りの簡素な家々。映画でよく見るような、ファンタジー感あふれる世界。
体を見てみる。服が簡素な綿のものになってる以外、手や足に変化はない。身長もほぼ変わってなさそうだ。
「おお、顔も完全に一緒だな」
流れの遅い川の水に顔を映してみると、髪はダークブラウンになっているものの、目や鼻や口は元のままだった。なるほど、本当にそのまま転生させてもらえたんだな。
その安堵はそして、悲しみを連れてくる。
「やっぱりそうだよな……こうやってくよくよしてるってことは、そのままだよな……」
身勝手に期待してるお前が悪い。だからこうやって悲しくなるんだ。
「ふう、まいったな」
メンタルが……自己肯定感が治ってないぞ……一番大事なところだったのに……。
レンマよ、女神にお願いすれば何とかしてもらえる可能性あったんじゃないのか? こうやってお前は、自分のイヤなところを改善する努力もしないまま、のうのうと過ごしていくんだな。ダメだ、くよくよが止まらない。
「はーい、レンマ!」
そんな気落ちした俺の左耳元で、甲高い、明るい、人生の苦悩を表に出すことのなさそうな声が響いた。
「アタシは案内役の妖精モーチ! これからよろしくね!」
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