第4撃

 ダイガクの授業を終えて三人で帰宅してから、シオリは俺とヴィノに自分のことを語った。

 彼女は読書から同性間、特に男同士の恋愛に興味を持ち、創作でそれを表現するのが趣味だったという。だが、実家では厳格な両親にそれを認めてもらえず、ダイガクに入ったと同時に家を出たらしい。

 ダイガクで同じ趣味の仲間と出会ったシオリの生き方は、劇的に変わったようだ。そして、俺やヴィノと関わったことによっても。

「俺もそうだ。逃げたかった」

「え?」

 夕食の食器を洗うシオリの手が、止まる。

 洗い終えた食器を『フキン』という布で拭きながら、俺も静かに語る。

昨夜ゆうべも言ったが、俺たちの世界では戦争が絶えない。俺は、魔族がどうのとか人間がどうのとかどうでもいいんだ。ただ、毎日のんびり暮らせればそれでよかった。それでも、争いは終わらない。俺が止めようとしても、どうにもならない」

「メルさん……」

「もう何もかもが面倒だった。むしろ死にたかった。魔族は人間より寿命が長いからな、無駄に。ヴィノがそばにいなかったら、俺はきっと自死してた」


 ――どうか生きてください、メル様。


 あの時のヴィノの切実な訴えが、脳裏によぎる。

 魔族軍内で最年少の幹部候補だったあいつのあどけなさは、俺にとっては癒しだった。感情が凍てついていた俺の代わりに笑い、怒り、泣き、喜んだ。子どもの感情表現の素直さに、幾度救われたかわからない。

 それを本人に言ってやるつもりはないが。

「この世界に飛ばされたのも、新しい逃げ道ってことなのかもな」

 いつかは帰らなければならないのだとしても、まだここに留まりたい。

 微笑をこぼしたシオリが、濡れた皿を俺に手渡す。

「メルさんも、本当にヴィノさんがお好きなのですね」

「わかるのか」

「メルさんはうまく隠していらっしゃるようですけれど、わたしの腐った目はごまかせませんよ」

 意味ありげな言葉に、目を瞬かせる。シオリの目は腐ってなどいないし、むしろ綺麗なのに。

 他愛のない会話を交わしていると、ヴィノが風呂場から出てきた。

「シオリさん、ありがとうございます。あの『シャワー』という道具、とても便利ですね」

「ふふ、お気に召したようで幸いです。メルさんもどうぞ」

「ああ。それより、今夜こそ俺を欲望のままに陵辱りょうじょくしろよ、ヴィノ」

「わーッ! シオリさんの前でそういうことを仰らないでくださーい!」

「リアルBLキターッ!」


 しばらくは、楽しい夜が過ごせそうだ。

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魔王は虐げられたいらしい 蒼樹里緒 @aokirio

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