第12話 事故物件



とある街にある屋敷にて。


半透明な女が屋敷にいる。彼女はこの屋敷に住み始めてから30年ほど経つ。いや、正確には住んでいない。取り憑いているのだ。そう、彼女はいわゆる地縛霊だ。


(あら、また人間が私の屋敷に土足で踏み入ってきたわね。いつも通り適当に脅かして追い払うとしますわ。)


ちなみに、自分がなぜ死んだのかは覚えていない。事故死なのか、病死なのか、あるいは…他殺なのか。それどころか生きていた時の記憶さえ、ぼんやりとしか覚えていない。


(どういう脅かし方がいいかしら、よし。まずはお馴染みの…)


ギィー、バッタン!と玄関の扉が勢いよくしまった。


「ひぃ!?と、扉が勝手に…?」

「風でしょ?よくあることだぞ。」


(ふーん。一人は臆病者、もう一人はお化けとか信じないタイプかしら?)


「な、なあ、いくら安いとはいえ…事故物件だろ…それなりの理由があるんだろ?」


至って冷静な男が歩を止め、後方にいる怯えきった男の方向に振り返る。


「別に魔物が住み着いているわけじゃない。この持ち主の貴族達が皆殺しにあったってだけだ。」


「み、皆殺し…まじかよ」


ガシャン!と何かが落ちる音が屋敷の二階から鳴り響いた。


「ひぃいいい!」


ーーーー

ーーー

ーー


屋敷にある部屋の隅で身を小さくしている者がいた。


(私が…殺された…家族全員…誰に?どうして?)


思い出そうとしても何も思い出せない。それがどうしようもなく、苛立たしい。そして、彼女の心の中にふつふつと、ある感情が湧き出していた。

(必ず、犯人を見つけ出してやるわ。とりあえず、さっきの奴らを追い払わないとね。)


男達は屋敷内を見て回り、まずは部屋の掃除に取り掛かろうとしていた。


「よし、まずこの汚い部屋をなんとかするぞ。」

「な、なあ…やっぱ帰ろうぜ…?」

「馬鹿言うな、もうすぐボスがこの屋敷にくるんだぞ?俺たち下っ端は従うしかないのさ。」


男達は奴隷商人の部下達であり、この屋敷で奴隷商売をするため、屋敷内を綺麗にしろというのが彼らのボスの命令だった。


(奴隷商売ね…私の屋敷でそんなゲスな商売は許さないわ!)


彼女は霊力を使い、散乱していた食器や椅子、机といった家具を浮かせる。そして、男達目掛けて飛ばす。


「な、なんだあれ!!!」

「ば、ばかな…ものが勝手に!!」


飛んでくる物を男達は必死に交わす。


「ひぃいい!!あぶっ!!あぶねえ!!」

「き、気をつけろ!!外に出るぞ!!!」


(これで終わりよ!!)


彼女は廊下に飾ってあった甲冑をまるで人間が入っているように動かした。甲冑は抜刀し、男達目掛けて走り出す。


「「ひぃいいい!!!」」


なんとか窓から外へ逃げだせた男達は全速力で消えていった。


(ざまあみなさい!!!オーーーホホホホ!!!)


勝利のオーホホホを叫んでいると、玄関からガチャと扉を開ける音がした。


(まさか、また戻ってきたの?懲りない人ね)


同じように追い返そうと玄関に向かうと先ほどとは違う男達がいた。


「む、埃っぽいな。あとで眷属達に掃除をさせるか。」


彼女が様子を伺っていると、その男と視線があってしまう。


「おい、さっきから何をしているのだ?ここの住人か?」


(!?…見えてるの?)


「ああ、見えてるな。」


(こ、声まで!?)


どうするべきか考えていると男が先に口を開いた。


「先に言っておくが、お前は既に死んでいるぞ。この地に取り付いている地縛霊だ。」


(な、何者なの…?でも、やることは一つよ!私はこの屋敷を守るわ!!)


再び彼女は甲冑を操る。そして、一気に男に接近し、剣を振りかざす。


「えい。」


男は軽く虫を払うようにして甲冑を吹き飛ばした。吹き飛ばされた甲冑は壁を突き破り、そしてまた壁を突き破りを繰り返し、最終的には屋敷から飛び出し大木に激突したところで、動きを止めた。


(きゃああああ!!私の屋敷〜〜〜!!!)


屋敷を壊され、抑えていた彼女の感情が溢れ出した。


(許さない…絶対に許さない!!!)


「ん?お前、悪霊化しだしているぞ。」


屋敷にあるドアや窓、タンス、クローゼット等が開閉しだす。


(絶対に、生きて返さないわ。)


瓦礫や家具といった物が集まり一つの形を成す。それは巨大な握りこぶしだった。


「えい。」


男はデコピンで瓦礫の拳を吹き飛ばした。吹き飛ばされた瓦礫は再び壁を突き破り、屋敷を半壊させた。


(いや〜〜〜〜!!!!!)


「うるさい。」


男は女の頭を拳でぶん殴った。

(がはっ…私に…触れられ…るなんて…ガクッ)


既に死んでいるはずなのに、女は死にかけた。


ーーーー

ーーー

ーー


(…ん…ここは?)


「起きたか。悪いな屋敷を壊してしまって。」


女はすぐに自分の体に起きた異変に気がつく。


(体が…軽い。)


「お前の魂に傷があったのでな、治しておいた。そのうち記憶も取り戻すだろう。」


(記憶…)


ずっと靄がかかったように思い出せなかったことが次々に思い出される。


(私の名前は…エリス…そう、エリス。)


「エリスか、我は山本だ。」


(そう、山本…変な名前ね)


自分の生前の記憶を噛みしめるように思い出していた時に、再び玄関の方から物音が聞こえた。


(今日は、お客さんの多い日ね。貴方、とりあえずここで待っていてくれるかしら?)


「いや、我も行くとしよう。」


(ふん、勝手にすればいいわ!)


玄関にいたのは最初にこの屋敷を訪れた奴隷商人の部下達だった。


「ぼ、ボス…気をつけてください…物が急に飛んできたりとか、甲冑が動き出して襲ってくるかもしれません!!」


ボスと呼ばれる男は2mほどの身長がある筋肉隆々の大男だった。


「そんなもの俺の力でぶっ潰してやる!」


(ふん、威勢はいいわね。なら、お望み通りに)


エリスは屋敷内にある甲冑全て、20領を一度に動かす。


「この屋敷に我も用があるのでな、力を貸そう。」


山本…魔王は甲冑に妖気を注いだ。すると甲冑は禍々しいオーラを纏い、黒色に染まった。


(へぇ…面白いことができるのね!)


「あとはエリスに任せたぞ。」


(ええ…任せなさい!)


奴隷商人たちはガシャガシャという音に気がつき、その音の方向を見ていた。


「ああ?なんだあれ?お前が見た勝手に動き出した甲冑ってやつか?」


「あれ…色が違うような…」


「まあいい、ぶっ倒すぞ!!」


奴隷商人と、雇われた傭兵が一斉に甲冑に向かって走り出した。


そして、ガキーンと剣と硬い金属がぶつかり合う音が聞こえ出す。


「け、剣が折れた…!なんて硬さだ…!」


「防御の薄い関節部分を狙え!!」


そう言って奴隷商人は自慢の筋力から繰り出される斬撃で甲冑の首を切り落とした。


「はっはー!どうだ!!」


しかし、頭がなくなっても甲冑は動きを止めなかった。


「ちっ…!面倒だな…」


その光景を眺めていた魔王はあることを考えていた。


(あの能力…強化すればかなり使えるな…)


「くそ…!一旦逃げるぞ!!」


奴隷商人一味は甲冑に勝てないと判断し、即座に撤退の準備を始めていた。

(逃がさないわ!)


エリスは玄関や窓といった逃げだせそうな場所を全て瓦礫で塞いだ。


「くそ!!邪魔しやがって…!!!はやくこの瓦礫をどけろ!!」


部下に命令を出すが時既に遅し。背後まで甲冑が迫っていた。


「ひぃいいいい!!」


黒い甲冑が彼らには、死をもたらす死神に見えた。


ーーーー

ーーー

ーー


(ありがとう。貴方のおかげでアイツらをやっつけられたわ。)


「ああ、その代わり、完全に悪霊になってしまったがな。」


(………え?)


「よく自分を見てみるがいい。」


エリスは自身の体に意識を向ける。


(な、なにこれ…!!)


指先から肘まで黒く染まり、黒目は燃え盛るような赤に変化し、髪の毛もかなり伸びていた。


「先ほども言った通り、お前は悪霊になった。」


(悪霊…)


「そうだ、言い忘れておった。我は妖怪である。お前と近いと言えば近い存在だな。」


(妖怪ってなによ…?)


「説明をすると長くなるが、我ら妖怪は日本という異世界からこの世界へきたのだ。元々はこの世界に住まう者ではないのだ。」


(ま、いいわ…で、その妖怪様がこの屋敷に何の用があるの?)


「ああ、この街と我らの街を繋ぐ門を作ろうと思ってな。場所的にも門を作りやすい場所にあったのだ。てなわけで、拝借しにきた。」


(へぇ…まぁ好きにしたらいいわ。なんか、もうこの屋敷に未練ないのよね。)


「それは、悪霊へなったからな〜。無事、地縛霊から進化したわけだ。そんなお前に提案だ!我の眷属にならないか?」


エリスは目を細め、魔王を睨みつける。


(眷属…?私、別に暇になったわけじゃいのよね)


「それは分かっている。未だ思い出せない、家族の死、自分の死についての真相を探るんだろ?我も手を貸そうではないか。」


(…なぜそこまでするの?)





「我は面白いものが好きなのだ。」



こうして、始めて世界で仲間ができたのだった。





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