第10話 蜘蛛の巣⑤
勇者カケルは街の異常を聞きつけ、ヨコハマへ来ていた。来るやいなや、街から聞こえてくるのは悲鳴。街に現れた化け物を倒しながら進んでいく。そして、街を見渡す為に建物の屋根に登った。すると化け物の親玉らしき女に冒険者が追い詰められている光景が見えた。
(何となく理解した。あいつがこの混乱を引き起こしているのか。)
カケルはすぐに冒険者たちの元へ屋根を伝い向かった。
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勇者はそこにいた冒険者に「真実の手鏡」を渡した。そして、糸の壁を拳のみで破壊し住民の救援に向かわせた。
「くふふ…勇者、ね〜?それで、貴方は何が出来るのかしら〜?」
「貴様を倒せる」
ただの強がりではない、事実カケルは強い。
彼は日本から転生し、この地へやってきた。転生する際に神から特殊な能力を与えられており、この世界の人間からすれば、別次元の強さである。そして、その力を使いこの異世界に住まう魔族の王…魔王を倒すことが使命として神より与えられているのだ。
「くふふふ…まぁいいわ〜」
スッと高速移動で女郎蜘蛛の姿が見えなくなる。
しかし、今までの冒険者の様にはならなかった。
「なッ!?」
女郎蜘蛛の高速移動から繰り出される強力な蹴りは、カケルに受け止められていた。
「その程度か…?」
「くふふふ…これならどう?」
女郎蜘蛛は炎を吐き出しながら、高速移動でカケルの周りを移動する。すると、空気の流れが代わり、やがて巨大な火柱を発生させた。カケルはその渦の中にいる。しかし、剣を一振りするだけで火柱は消滅した。
「そ、そんな…!?」
「次はこっちからいくぞ!」
カケルは己の剣に魔力を流す、聖属性の魔力だ。それは、魔物や魔族に有効であり、魔王を倒す為に神から与えられた力だった。そして、彼の持つ剣も特殊であり「聖剣」と呼ばれている。勇者にしか扱えない剣であり、強力な聖属性を常に宿しており、勇者の持つ聖属性と組み合わせることでその力を何倍にも膨れ上がらせる。
カケルは目にも留まらぬ速さで、女郎蜘蛛を切り裂いた。
「ぎゃぁあッ!!ぐぬぅ…がぁああああああ!!」
ただの傷ではない、ありったけの聖属性が宿った剣で切られた傷だ。彼女は苦痛に顔を歪め、傷口を抑えているが吹き出す妖力が治らない。
「な、なに…これは…!?」
「聖剣だ。お前みたいな邪悪なものに特に効くんだよ。」
「くふふ…なるほど…油断しちゃったわ…」
(しかし、こいつ…今までの敵の中ではヤバい部類に入るな。単体の力はそこまでではない。だが、こいつらは群になると厄介だ。『真実の手鏡』が無ければどうなっていたか。そういえば、あの冒険者たちは上手くやっただろうか?)
「くふふ…でも、私は引き下がるわけにはいかないの…!」
女郎蜘蛛の脳裏に魔王の顔が浮かぶ。
(あぁ…魔王様…もう一度…お会いしとうございました…)
「死になさい!!」
女郎蜘蛛が最後の力を振り絞り勇者に向かっていく。
「女郎蜘蛛、大丈夫か?」
名前を呼ばれた女郎蜘蛛はハッと声が聞こえた方向に振り向く。
そこには、先ほど思い浮かべた顔があった。
「ま、魔王様…」
「随分とボロボロだな」
魔王が女郎蜘蛛の近くまで歩み寄ってくる。
「我の妖力を分けてやろう。目の前で己の眷属がやられるのは面白くないのでな。」
魔王は女郎蜘蛛の背中に触れ妖力を注ぎ込んだ。妖力が注がれると、みるみるうちに先程付けられた傷が消えていった。
「魔王様…どうしてここに?」
「ん?ああ、つい先日、魔王城が完成したのだ。それを祝って宴を開こうと思っていてな。観光ついでにお前を呼びに来たのだ。」
「そ、そうでしたのね…」
(そうよね…ついで、よね…もしかしたら私をって…本当に手強い魔王様だこと…くふふ)
魔王は勇者の方へ視線を向けた。
「で、貴様が女郎蜘蛛をここまで追い詰めた人間か?」
問いかけられた勇者は何故か震えていた。
「ひっ、ひいい!!!そ、そそそ、そんな…!!なんで…なんでお前が!!!!」
勇者がこの魔王に会うのは初めてではない。正確に言えば、日本で会っていた。
勇者の脳裏にあの時の出来事、あの時の恐怖がトラウマとなって思い出される。
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(『魔王様!見てください!美味そうな人間を捕まえました!』)
(『ひぃいい!!た、助けて!!お、おおおお、お願いします!!!!』)
(『おい、お前。食うならさっさと食え。我はいらん。』)
(『へへへ、魔王様は意外と遠慮しがちですからな!ならば、一人でじっくりと食べようと思います!』)
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「あ…ああ…なんで…なんでお前がここにいるんだ!!か、神ッ!!は、はは、話が違うぞ!!」
勇者の狂乱ぶりをしばらく眺めていた魔王だが、一人で暴走する勇者に嫌気がしてきたようで、やっと口を開いた。
「おい、さっきから何を言っておるのだ?神?それに我は貴様など知らん。」
「覚えていない…?く、くははは!!そうだ!!俺はあの時の無力でデブでブスな僕とは違う!!この世界に転生して理想の容姿、圧倒的力を手に入れたんだ!!このチート能力で僕は英雄になるんだ!!!」
勇者カケルは聖剣に再び聖属性の魔力を込め始めようとした。しかし、すぐに異変に気がつく。
「な、なんで…?魔力が…魔力が…使えない…?」
勇者は知らなかった。魔王に戦いを挑む際に絶対に守らなければならないことを。
それは、恐れてはいけないのだ。魔王に対して恐怖心を抱いた時点でその人物は魔王の手中に落ちる。「踊れ」と言われれば踊り出し、「死ね」と言われれば死ぬ。自分の意思とは関係なく、体の全細胞が魔王に服従してしまうのだ。そして、勇者は過去のトラウマから魔王を恐れてしまった。故に、魔力を操る組織が機能しなくなり、身体機能も格段に低下してしまった。
身体機能が低下したことにより、通常の剣よりも遥かに重い聖剣の重みに耐えられずに勇者は地面に落としてしまった。
「お、重い…!どうして…なにが!!」
「お前は我を恐れてしまった。その心の隙間に我の力が流れ込んだのだ。残念だ。少しは楽しめるかと思ったのだが、期待はずれだったようだな。」
「ひっ…ひぃいいい!た、たすけて…!!おおお…お願いします!!!」
「妖怪相手に命乞いは無駄だと思うがな。」
勇者の視界が暗転した。
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「…ここは?寝ていたのか?」
(あれが夢ならどれほど嬉しいことか…)
カケルが体を動かそうと手を前に出そうとしたが、すぐに何か壁の様なものにあたり阻まれてしまった。
「な、なんだ?」
よく確認してみると箱の様なところに閉じ込められていた。中からは何も見えない。外の状況が全くわからない。
(どこなんだ!?なんでこんな場所にいるんだ!?)
「おい!誰か!!誰かーー!!」
ドンドンと箱を叩くが誰もいないのか全く反応がない。カケルは閉所恐怖症ではないが、次第に恐怖に心が崩壊を始める。
すると、外から声が聞こえてきた。耳を済ますと聞き覚えのある声だった。それは懐かしい、母の声だった。
「か、母さん!?母さん!!!開けてくれ!!!!母さん!!!!」
「うぅうう…カケル…カケル…なんでお母さんを置いて逝ってしまったの…」
「母さん…?何を…はやくここから出してくれ!!!!」
今度は別の知らない男の声が聞こえてきた。
「それでは、まもなく火葬となります。これでご本人様のお顔を見れる最後の機会となります。思い残すことがないよう、改めて最後のご挨拶をお願いいたします。」
そして、初めて光が見えてきた。顔の正面にある壁が扉の様に開かれた。
「カケル…お母さん…あなたともっと接してあげればよかった…ごめんね…天国からみんなのことを見守っていてね…うぅう…愛しているわ…」
「母さん!?何を言っているの!?火葬!?僕はまだ生きてるよッ!!!」
「みなさま、よろしいでしょうか?それでは、釘を打たせていただきます。」
再び扉が閉められる。
「待って!!!母さん!!!母さん!!!母ぁあああああああんッ!!!」
ガン、ガン、と釘を打つ音と振動が伝わってくる。
「や、やめてくれ!!たすけてぇええええ!!誰かぁあああああ!!!!!」
釘を打つ音が鳴り止むと、ゴロゴロという音とともに箱が動き出したのが分かった。
ガシャ、ガチャンと鉄の扉の様なものを開ける音が聞こえてくる。
「まだ生きてるって言っているだろぉおお!!だせぇええええ!!!!」
再びガシャンという音が聞こえた。そして、ジィーーーー、ボウっ!と火が付けられた。
「あ、熱い!!ひっ…ひぃいいい!!!助けて!!助けて!!!!助けてぇええええ!!!!ぎゃああああああ!!!」
どれだけ叫ぼうが誰も助けにはこない。カケルは人生の中で一番大きい声を出していた。喉が裂け、口から血が出てくる。
「だすげでぇえええええええええ!!!!!おねがい”じまず!!!!たすけでてえええええええええ!!!!!」
再びカケルの視界は暗転した。
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「たすけッ…こ、ここは?」
カケルはまた別の場所にいた。
汗で来ていた服はビシャビシャになっていた。
「はぁはぁ…ゆ、夢?」
カケルは自分の体を隈無く探った。しかし、火傷はおろか傷の一つもない。
「な、なんなんだ…てか、ここはどこだ…?」
周りを見渡すとすぐにどこか分かった。
カケルは巨大なまな板の上にいた。
「ひぃいい!ま、まさか…」
すぐに逃げようと走り出す。しかし突然現れた巨大な人間に足を捕まれ捕らえられてしまった。
「は、離せぇええええ!!!」
巨人はカケルをまな板に押さえつけ、手足に大きな千枚通しをブスリと刺した。
「ぎゃああああ!!痛い痛い痛い!!!!やめてくれぇえええ!!!」
手足の激痛に顔を歪めながらカケルはさらに恐ろしいものを見てしまった。
巨人の手に握られていたのは三徳包丁だった。これから何が行われるのか明白だった。
「やめて…やめてくれぇえ!!!!誰か!!助けてぇえ!!!」
巨人は躊躇うこともなく、カケルの胸に三徳包丁を刺し、そのまま股間まで引き裂いた。
「ぎゅうううああああああ!!!がああああああああ!!!!!」
なぜかカケルは死ねなかった。
そのままピンク色のはらわたが引きずり出された。
「ゴフッ…ご…がふ…た、たす…け」
口から大量の血を吐き出しながらカケルの意識は再び暗転した。
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カケルは白目をむき、口から泡を吹き出し倒れていた。
「魔王様…なにをしたんですか?」
「あぁ、無間地獄をちょっとな。」
「無間地獄って、あの永遠に死の恐怖を苦しみを味合わせるという…?」
「うむ。正確には無限ではないがな、あいつの体感で50億年もすれば戻ってこれる。現実世界だと大体10時間くらいか?あまり長い時間だと餓死してしまうからな。せめてもの慈悲だ。」
女郎蜘蛛は、それは慈悲なのだろうかと喉まで出てきた言葉をそっと飲み込んだ。
(この魔王様には絶対に逆らわないようにしなきゃね…くふふ)
「さあ、魔王城に行くぞ!!今日は宴だ!!」
「くふふ…はい、どこまでもお供いたしますわ〜」
こうして、妖怪たちはこの街から姿を消した。
後日、勇者は白髪まみれで廃人となっているところをレウスたちに発見された。キースやロックたちは全員大怪我はしたもの無事だった。
レウスから勇者の話を聞かされたキースやロックたちは、女郎蜘蛛と激戦を繰り広げ、街のために尽力してくれた勇者を街の英雄として、自分たちの命の恩人として最大級の感謝をするのだった。
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