第7話 蜘蛛の巣②

レウス、ヤン、リーネ、アリスの4人は冒険者ギルドへ来ていた。




「最近、お金を使いすぎたから今日は稼ぐぞー」




レウスはクエストボードに貼られた依頼内容に目を通す。ここに良い依頼があれば、それを受注して、なければ街の外へ出て魔物を狩り、その素材を売る。それが基本的な冒険者の収入源だ。




「お、貴族からの依頼が来てるな」




貴族からの依頼は基本的に報酬が高い。どうやら、まだ張り出されたばかりのようだ。




「依頼内容は、と。」




貴族の屋敷に忍び込んだネズミを退治してほしいと、報酬は…金貨100枚!?




「なぁ、この依頼どう思う?」




アリスが依頼書を手に取りしばらく考えたあとに答えた。




「まぁ、いいんじゃない?ちょっと怪しいなぁとは思うけど、屋敷ってことは相当広いのよね?つまりは、想像しているよりも大変な仕事なんじゃないかしら?」




確かに、そうだ。この貴族の屋敷は相当広いのであろう。その中からネズミを見つけ出し退治をする…なるほど、たしかに金貨100枚は妥当な金額かもしれないな。




「よし、これにするか」




こうして4人は依頼主の貴族の屋敷へ向かった。




屋敷につくとやはり想像以上に広いことが分かった。屋敷につくとすぐに使用人が出てきた。




「初めまして、この屋敷でお世話になっております。メイドのサラと申します。依頼を受けてくださる冒険者の方ですか?」




「はい、この依頼書をみてきました。リーダーのレウスと申します。」




「それはそれは、きっとお嬢様もお喜びになられます。では、こちらへ。」




そういってメイドは屋敷の中へと4人を案内した。




「お嬢様をお呼びいたしますので、少々こちらでお待ちください。」




案内されたのは如何にも貴族らしい部屋だ。金に銀、沢山の宝石で装飾された家具など贅沢の限りが尽くされている。今座っているソファーも大柄な男が座っても音の一つもしない。立派なものだ。




しばらく待っていると奥のドアが開いた。




「冒険者の皆さん、初めまして。この屋敷の主人、シャルロット=ラノエルです。」




現れたのは今までみてきた女性の中で1番の美人と言っても過言ではない美の化身だった。綺麗な金髪にパッチリとした目、瞳は赤い。すらっとしたスタイルに、豊かな胸、女性の欲しがるもの全てを手に入れたかの容姿をしている。レウスたち4人も思わず見とれてしまった。




「す、すみません。あまりにも美しいもので見とれてしまっておりました…」




シャルロットは目を細め静かに笑う




「うふふ…別にいいのですよ。私は気にしません。さあ、依頼についてのお話をしましょう。」




シャルロットがソファーに腰を下ろし話をはじめた。




「最近、この屋敷で物音がするんです。壁の裏側や、屋根裏…それでもしかしたらネズミの親子でも住んでいるのではと思いましたの。そこで、冒険者様の皆さんにはその確認、もしネズミがいるようでしたら、ついでに退治もお願いしたいのです。」




なるほど、でもそれこそ使用人にやらせればいいのでは?そう思ったが、怒らせて依頼がなかったことになるのも困るし、なによりこんな大きい屋敷に住む貴族を怒らせるのは恐ろしい。




「わかりました。予定通り、その依頼引き受けさせていただきます。」




「ありがとうございます。それでは、私は別の仕事がありますので、これで失礼します。サラを置いていきますので、彼女を屋敷の案内役に使ってくださいませ。」




彼女はニッコリと微笑み、部屋を出て行った。




シャルトットがいなくなるとアリスが口を開きだした。




「レウスってば鼻の下伸ばしすぎじゃない?」




「し、しかたないだろ…ヤンだってそうじゃないのか?」




悪い、ヤン。道連れになってもらうぞ。




「な、なぜ俺に振ってくる!?」


「そーんなことより!!さっそく依頼を進めようよ!!」




珍しくリーネが真面なことを言い出した。




「そうね、リーネの言う通りね。さ、いきましょ。サラさん、とりあえず物音がした場所まで案内してくれるかしら?」




「かしこまりました。こちらへどうぞ。」




そうして、4人はネズミ退治をはじめたのだった。






「こちらが、物音のした部屋になります。」




そこは、今は使われていないという書斎だった。本棚で壁が見えないくらい並べられている。どうやら、この部屋を掃除していたときに壁の向こうから物音がしたようだ。




レウスが本棚を眺めながらサラに話を聞く。




「サラさん、壁の向こうにはなにが?」




「屋敷を点検する際に使われる通り道があったはずです。」




「はず、って最近は使ってないのですか?」




「すみません、詳しい話は聞かされていませんので…」




まぁそうだよな。これだけ大きい屋敷なら隠し通路の一つや二つありそうだしな。防犯面からしてもそのことは屋敷の主人か、それに近しい者しか知らないだろうな。




「なるほど、なら少しこの部屋を探索してもいいですか?」




「はい、問題ございません。」




4人はそれぞれ部屋の探索を始める。




「私はこの部屋にネズミが住み着いていないか確認するわね〜」




そういうとアリスは探知系魔法を使用する。




『探知系魔法(生物)』ーー生き物の反応が付近にないか調べる魔法。使用者によって探知可能範囲は異なる。また、罠を感知するものや、洞窟の構造などを調べるタイプもある。






「とりあえず、この部屋にはいないみたいね」




「そうか、なら次はその点検用の通り道ってのに入れる場所がないか探してみるか」




レウスはそういって本棚の裏を調べ出した。




「もしかしたら、本棚で扉が隠れてしまっているかもしれないな。」




…ん?この本棚…他の本棚に比べて古いな。




なんだこれ、すごい重そうな本棚なのに動かせそうだ。






レウスが本棚を動かそうと力を入れた瞬間、本棚が開き戸のように動き、下へ続く階段が姿を現した。




「点検用の通り道…って感じはしないな。もしかしてこれって隠し通路ってやつか?」




サラに聞いてみたところ、どうやらこのような通路は知らないとのことだ。




「もしかして、ここにネズミが住み着いているんじゃない?」




アリスの言う通り、その可能性が非常に高いだろう。




「入ってみるか?どうする?」




ヤンが全員の意見を聞く。




「私は別にいいわよ。ちょっと薄暗くて怖いけど。」




「私も入ることに賛成!ちょっとワクワクするねー!!」




と、女性陣は賛成のようだ。




「ああ、俺も問題ない…サラさん、少しこの通路の確認をしてきます。大丈夫だとは思うが、もしいつになっても戻ってこなければ冒険者ギルドに報告してもらえますか?」




「わかりました。どうかお気をつけてください。」






隠し通路の中は暗くて何も見えなかったため、アリスの魔法で明かりを作ってもらっている。魔術師とは便利なものだ。




「ん…なにか見えてきたな」




レウスの視線の先には重厚な扉が顔を見せてきた。




「鍵は…掛かっていないようだな…」


ギギギィ…と音を立てながら扉を開けた。




扉が開くと同時に鼻に突き刺さるような悪臭が立ち込めてきた。




「ぐっ…!?なん…だこれ…」




思わずレウスは鼻を摘んでしまった。




他の3人も同じような感じだ。




「げほっげほっ!なによ…これ…」




「く…くさい…吐きそう…」




恐る恐る4人が中に入っていくとそこには…




何に使うか分からない金属製の道具が鎮座しており、よくみると血痕のようなものが付着しており、最近まで使われていたようだ。




「これって…もしかして…拷問器具ってやつじゃ…」




アリスが恐る恐る言う。




ヤンが拷問器具の一つを手に取った。




「まさか、あの可愛らしいお嬢様がこんなことをしているのか?」




レウスの頭の中にあのお嬢様の姿が映る。




まさか、そんな…




「と、とりあえず…外に出ようか…ここにいると気分が悪くなりそうだ…」








「あら、もう引き返しちゃうんですか」




いきなり後ろから声が掛かってビクッと4人は振り返った。




「サラさん…?ついてきていたんですか?」




レウスがサラに問いかけると、彼女は不気味な笑顔を浮かべた。




「えぇ…あなた達を喰らうために…ね」




殺気を感じたヤンが3人の前に出て大楯を構える。


「全員、俺の後ろに!!」




次の瞬間、サラの口から炎が吐き出された。




炎は大楯に当たり、ヤンを含めた4人はなんとか無事だった。




「あら、やるじゃない。他の冒険者は大抵これで死ぬんだけど。それなら、これはどう?」




サラの背中から蜘蛛の足のようなものが皮膚を突き破り出てきた。口は裂け、そこから長く細くバラバラな歯が飛び出した。目は大きく見開き、まるで血のように赤く光り出す。




「ウヒヒヒヒイイ!バカなニンゲンだネェエ!!今日はタイリョウ!タイリョウ!!」




カサカサカサと一気に距離を詰めてくる。




「フラッシュ!!」




アリスが『フラッシュ』という魔法を使い、強力な光を放つ。




「ヒギイイイイイぃいいい!!!」




「今のうちよ!早く出口に!!!」




4人は一斉に走り出す。




「な、なによ!あの化け物は!!!」




アリスが恐怖の表情を浮かべながら叫ぶ。




「見た所…蜘蛛の魔物のようだが…人に偽装し、このような罠を仕掛けるのは聞いたことがないな…」




ヤンが困惑の表情を浮かべながら答えた。




「う、後ろ…!!来てる!!!!」




リーネが悲鳴に近い声で皆に伝える。




振り向くと、そこには最早人間の姿だった痕跡は一切ない、蜘蛛の化け物がいた。




「ニガスカァアアアア!!」




レウスは全員に指示を出す。




「全員!後ろを振り返るな!全力で走れ!!出口までもうすぐだ!!!」




出口の光が見えてきた!もうすぐだ!!!




四人は最初に入った本棚の隠し通路から外に出ることができた。




「早く閉めるんだ!!!」




4人は急いで本棚を元あった位置に戻す。意味はないかもしれない。だが、この隠し通路を塞げばこの恐怖が少しだけ和らぐような気がしたのだ。




「ねぇ!屋敷の使用人の中に化け物が紛れ込んでいたってシャルロットさんに知らせないと!!」




リーネの言う通りだ。このままだと屋敷の人間全てがあの化け物に食われてしまう。




「そうだな…シャルロットさんのところへ急ごう!」




次の瞬間、さきほど閉めた本棚が吹き飛んだ。




「ミィイイツケタァアア!!!」




化け物が下から突き破ってきた。通路の入り口はこの化け物からしたら狭かったようで、無理やり出てきた感じだ。




「くそっ!!どこへ逃げても同じか…!!お前らやるぞ!!!」




レウスが全員に戦闘態勢をとるように指示を出した。




ヤンが構えた大楯を片手剣で叩き音を鳴らす。




「おい!化け物!!こっちだ!!」




ヤンが化け物を引きつけているうちにアリスが攻撃魔法の準備に取り掛かる。




化け物がアリスの方へ顔を向けそうになったため、リーネが弓で化け物を射抜き、注意を自分に向ける。




「私から目を逸らすと目玉に矢をブッさすからね!!!」




「ギィイイイイイ!!」




化け物の足がリーネを突き刺そうとしたため、ヤンが大楯で防ぐ。




「お待たせ!いくわよ!!ファイヤーアロー!!!!」




『ファイヤーアロー』ーー炎の矢。魔力を込める量によって威力が変化する。




アリスの放った魔法が蜘蛛の化け物に直撃する。




「ギキイイイイイィイイイ!!」




化け物は苦痛の声を漏らす。




「トドメは任せろ!!!!」




レウスの武器は両手剣だ。頭のテッペンから化け物の体を分断した。




ブシューーと人間と全く同じ赤い血を吹き出しながら、化け物は沈んだ。




「た、倒したのか…」




ヤンが化け物が本当に死んだのか確認をする。




「ああ、綺麗に真っ二つだ…」




「なんなんだったのよ…とりあえず、シャルロットさんにこのことを伝えに行くわよ…もうネズミ退治なんてしてる場合じゃないわ…」




アリスの言う通り一刻も早くシャルロットさんの元へ向かおう。






シャルロットさんは意外とすぐに見つかった。先の化け物との戦いで発生した大きな物音を聞き、こちらに向かっていたのだと言う。




レウスが自分たちの身に起きたことを説明する。




「とりあえず、化け物は倒しましたが、まだ紛れ込んでいる可能性もあります。すぐにシャルロットさんはこの屋敷から避難したほうがよろしいかと」




シャルロットは目を閉じ何かを考えるように少しの間黙り込んだ。




「それにしても、口から火を吹く化け物なんてよく倒せましたね…とても頼もしい冒険者の方達ですわ…」






「ヤン?どうしたの?」




ヤンが突然、背中に背負っていた大楯を構えた。




「みんな、下がれ。」




「なっ!?いきなりなによ!!」




アリスがヤンを問いただす。




ヤンは口を開き言った。




「シャルロットさんよ、俺らは化け物を倒したって言っただけで”口から火を吹く化け物”なんて一言もいってないぞ?どうして知っているのか、教えてもらえるか?」




「くふふふ…それはね…」




シャルロットはこちらに顔だけ向けて話を続けた。




「私が…あの子達の親…女郎蜘蛛だからよ」




バキバキッと体のあちこちが不自然な方向へ曲がり、先ほどの蜘蛛の化け物と同じように背中から蜘蛛の足が皮膚を突き破り出てくる。ただ、先ほどの化け物と違うのは…大きさが2倍近くあることと、黒い足に黄色い帯の模様があることだ。




「この屋敷の人間はみーんな食べちゃったわよ、そして私の子供達がその皮を被り化けているの。くふふふ。それに沢山の冒険者さんも来てくれたわね〜。もれなく全員殺して、同じように子供達に化けさせているわ〜。くふふふ。」




女郎蜘蛛という魔物が恐ろしいことを口にしている。その話を聞き、レウスの脳裏に最悪のシナリオが浮かび上がる。




「まさか…この街の住民が突然姿を消すのは…」




「くふふ。なんでもかんでも私のせいにしないでくれるかしら?それは知らないわよ。さぁ、お話は終わりよ…死んでくれるかしら?」




ズンッ!と女郎蜘蛛の足が襲いかかってくる。ヤンが大楯で防ぐが後ろへ吹き飛ばされてしまった。




「くふふふふ。この大妖怪、女郎蜘蛛さまをナメないでくれるかしら?」

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