10 回る影
夕暮れ時を指す言葉なのですが、
私はこの言葉がとても好きです。
太陽が沈み初めて暗くなり、
人の顔が見えづらくなってしまい、
「誰そ彼(誰ですか、貴方は)」と聞かざるを得ない時間。
それが転じて、黄昏時となったそう。
言葉の由来もそうですが、
音の響きがどこか謎めいていて、
夕暮れのまた違った姿を教えてくれるような
風流な言葉ですね。
あの日の黄昏時、
私が見たのは一体何者だったのか、
今だに答えが出せずにいます。
今から8年前、私が高校1年生の時に体験したお話です。
高校生になり、アルバイトを始めました。
親からのお小遣いがなくなった代わりに、
今まで手にしたことのないような大金が
自分だけの通帳に入ってくることに
驚いたのを覚えています。
人付き合いが苦手なことが幸いし
自分のために自由にお金を使うことができましたから、
今までのお小遣いの額では手を出せずにいた
雑誌や服などに散財しておりました。
夏休みも終わりに差し掛かったある日、
私は、夏の思い出にと
少し遠くにある大型の量販店に行き、
お買い物を満喫したのでした。
免許を持っていなかった私の
愛車は自転車のみで、
店内を歩き回り棒になった足に鞭打って
家を目指しペダルをこぎます。
時刻は17時過ぎ。
広い道路を挟んで田んぼがずっとあり、
歩行者のいない歩道を進みます。
車の通りはあれど、人っ子一人おりません。
とにかく、人がいる場所に行きたいと、
太陽を背に、
前方へ伸びる自分の影を追うようにして、
姿勢を低くし、ペダルを強く踏みつけました。
それほど怖くて、
1秒でも早く家に帰りたかったのです。
そうだというのに私は、
あと数十メートルで家に着くという場所で
足を止めて、自転車から降りてしまいました。
なぜなら、突然妙な欲求に襲われて、
いてもたってもいられなくなってしまったからです。
夕日が見たい。
とにかく無性に夕日が見たくなってしょうがないのです。
元々、私は夕日を眺めるのが好きでしたが、
この時に感じた“夕日が見たい”という気持ちには、
見なければならない、という義務感が強くありました。
私は心のままに、夕日を見るべく振り返りました。
鬱金のようにまっ黄色な空に浮かぶ、
地面に今にもくっつきそうになっている
真っ赤な太陽は、
毒々しく鮮やかでした。
見事な光景でありましたが、
不思議なことに、あれだけ夕日を見たがっていたにも関わらず、
「美しい。」だの「綺麗。」だの
微塵も思わずに、
私はただ、「夕方になったな。」としか感じなかったのです。
先程までの焦燥感は消え失せ、
あっさり帰宅を決して、
振り向きました。
そこで一つの建物と目が合います。
それは、田んぼの真ん中にぽつんとある、
真ん中に階段が備え付けられた二階建ての、
いたって普通のアパートでした。
なのに、どこか様子がおかしいと感じ、目を凝らしました。
アパートに焦点があった瞬間、
私は言葉を失いました。
真ん中にある階段を、何かが忙しなく動いている…。
それは、薄く透けた人影でした。
階段を左端から上り、
(私のいる場所からは見えませんでしたが、2階の部屋の窓が、左から順々に暗くなることから察するに)2階の廊下を左から右へと一周して、今度は右端から階段を下りる、
といった一連の流れを、何度も何度も繰り返しています。
驚くべきは影の動きの速さ。
一つ一つの動きの残像がはっきりとあるのです。
実際は一つの影が階段を上り、2階の廊下を巡って、そして、階段を下りているのですが、
残像によってこれら全ての動きが同時に見えてしまい、複数の影がそこにいるように見えてしまいました。
例えるなら、ゾートロープのアニメーションといった感じです。
呆気にとられ、眺めること数十秒。
私は目眩を起こしてしまい、よろけながら自転車を必死でつかみ、「これ以上見てはいけない。」と、慌ててその場を後にしました。
その後、何度かその道を通ったのですが、
あの忙しなく動く影を見ることはありませんでした。
夕方には目の疲れがたまり、物が見えにくくなると、とある眼科のサイトに書いてありました。
先代の日本人は、闇夜など視界が悪い場所では、柳や百合を幽霊と見間違うことがあったそうです。
私も、暗くなり始めた田舎町で、
何かを見間違えてしまったのかもしれません。
ただ、気がかりなのは、黄昏時と別にある、夕方を表すもう一つの言葉。
逢うに魔と書いて、
あの影達が、この世のものではなかった可能性もございます。
人がいたけれど顔が見えず影に見えてしまったのか、
ただ目に疲れがたまってあらぬ光景を見てしまったのか、
はたまた、異形の何かだったのか…。
一体、私が出会ったのは、誰だったのでしょうね。
アパートが取り壊されてしまった今、
確認する術は、どこにもありません。
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