9  年末は大忙し



最近めっきり寒くなりました。




つい先日、年が明けたと思っていたのに、もう12月になって今年も終わるのかと思うと驚きを隠せません。



クリスマスとお正月準備が大型スーパーに交じり合うようになってくると、

年末はイベントが押し合っていて忙しないんだなと実感しますね。



こう寒くなり、年の瀬が差し迫ってまいりますと、作者はある不思議な光景を鮮明に思い出してしまいます。






丁度2年前。


年末に慌ただしくなるのは、どうやら我々のいる世界だけの話ではないのだなと感ぜられた

不思議な体験をしました。







さて、この夢か現かで重ねて申し上げておりますが、作者は老人ホームで介護の仕事をしております。


比較的、気候変動が少ないと言われる私の出身地ですが、12月に入りますとさすがにダウンコートが手放せなくなります。


本当であれば寒さが極まる夜中前に帰りたいのですが、当時は仕事が遅く、遅番という夜22時までの勤務ですと、夜中までかかってしまうことが多々ありました。




この季節、私が所属している部署では、年末に大掃除をすることになっていました。


窓ふきや浴室の細かな掃除など一般的なものがほとんどですが、そこは介護施設らしく、車いす掃除という項目がありました。


シャワーと濡れ布巾を使って丁寧に汚れを取り除けば、車いすがみるみる綺麗になっていきます。

それが爽快なので私は好んでしているのですが、この掃除は中々厄介な面がありまして…。



車いすは利用者様が普段座って使っていらっしゃるので、しっかりと掃除をするとなると、タイミングは夜中しかありません。


なので、ただでさえ仕事が遅いのに、大掃除の期間に入ると率先して車いす掃除をしてしまうため、施設を出るのは0時過ぎになることがしばしばありました。




その日は12月上旬、遅番だった私は、黒いダウンコートに首をうずめながら出勤したのを記憶しています。



前述したとおり、大掃除期間真っただ中で夜中まで必死に車いすを2台掃除しておりました。


ようやく終わらせて、施設を出たのは夜中の0時半過ぎ。


職員玄関の重い扉を開け、流れこんで来た肌を刺すような外気に、

(ああ、だから遅くまで残るのは嫌だったんだ。)という後悔を感じつつ、

噛み合わせた歯をカチカチ鳴らしながら駐車場に停めた車まで走ったのです。



当時、まだ実家で暮らしていた私は、片道40分かけて帰っていました。



その日は残業の疲れに加え寒さもありましたから、早く帰りたくて仕方ありませんでした。


なんとか早く帰れないかと考え、いつもと違う道を通ろうと思い立ちました。



帰り道の途中に片仮名のトを左右反転させたような形の交差点がありまして、

普段はコンビニの角を左に曲がっていくのですが、そこを曲がらずにまっすぐ行くルートを通ることにしたのです。



(今思うと、ただ回り道になるだけで余計に遅くなってしまうのですが、その時の私は何故かそれが妙案と信じて疑わなかったのです。)





職場から道なりに進み、どっしりと佇むY山が右手に見えてきた頃、例の交差点に着きました。


後続車もなくただ一台での信号待ちでした。



信号が青に切り変わったのを確認すると、普段は左に曲がる角を無視し、国道479号線を東に向かって真っすぐ進みます。



交差点を超えてすぐのこと。



視界の右端が妙に眩しい光が差し込んできました。


運転中だから、と無視しようとしましたが、どうも気になって仕方ありません。


私はフロントガラスとルームミラーで安全を確認し、スピードを少し落としながら視線をそちらに向けました。


そこで見た光景に、思わず口をあんぐりと開けてしまいました。





右手に大きく見えるY山。



暗い夜のベールが包むその山の中腹あたりに、小さくて丸くて白い光がぽつんとあり、強い閃光を放っていました。



その光はシャボン玉のように形をゆがめながらぶくぶくと膨らむと、まるで映画のスクリーンのように四角くなっていきます。


私には、光が大きくなる間、山の上半分が光の動きに合わせてぐぐぐっと上に押しあがっているように見えました。


山の幅と同じぐらい引き伸びて、その光は動きを止めました。



その白く四角い光の中を動き回っている何かがいます。



それは、白く長いローブを着た背の高い人間でした。

1人ではありません。

4人いました。



黒く短い髪を後ろに撫でつけ整った髭を生やした妙齢の男が3人、左側にある丸いテーブルのようなものを囲んで何かを談笑しています。



そこへ、右手から1人の女性が現れました。



精悍な顔つきをした美しい女性が、険しい表情で口をパクパクと動かし何かを訴えつつ、

背中ぐらいまでの長さの髪をなびかせながら、颯爽と歩いて男たちに詰め寄っていきます。



その瞬間、パッと光は消えてしまいました。



そこにはただ、闇に包まれたY山がぼんやりとあるばかりでした。





慌てて前を見ましたが、車はほとんど動いていません。


どうやら、光が現れてから消えるまでは、

たった2、3秒程の出来事だったようです。



体感では、10分程その光景を見ていたように感じていたにも関わらず、全く時間が経っていないことに驚き、しばらく首をかしげてしまいました。






あの光は何なのか、中で動き回っていた人間のような何かは一体何者だったのか…。



あの日以来ずっと考えていますが、明確な答えはいまだに出ていません。




ただ、あの4人の格好と神々しさから考えるに、私は彼らが山の神様だったのではないかと思っています。



特に、最後に現れた女性は、

整った顔が美しく、険しくゆがめた表情にすら気品が漂いっており、

日本神話に出てくる女神のようでしたので…。




姿こそ神々しくありましたが、

談笑する男性達に女性が迫る様子が、

大掃除を手伝わない夫に怒っている奥さんのように見えて、微笑ましく思われました。




神様も来年に向けて、

年末にはこぞって集まり、何か準備をしているのかもしれない。



そんなことを思ったのでした。




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