8 石拾い
作者が小学校中学年の頃、
子供達だけでキャンプに行くツアーのお誘いが
多方から舞い込んできていました。
そのお誘いは、家のポストにチラシが入っていたり、
学校のお知らせで親御さんに渡すようにと配られたりと様々であります。
どれも強制ではありませんが
『自立心が育つ!』とか『自然でのびのび。』ですとか、
子供をより良く育てたい、
窮屈な学校ばかりよりは自然と関わる時間を過ごすのが子供にはいいのではないか…
といった親心に訴える謳い文句が子供たちの笑顔と並んで書いてありますから、
我が子の為と親が参加に丸印をつけて、
気がつけば参加することになっていたものでした。
こんな嫌味な書き方から察して頂けると思うのですが、
親の思いと裏腹にキャンプに参加することはあまり嬉しいものではなかったのです。
子供の時分から外で遊ぶのも
コミュニケーションをとることも苦手、
1人でゲームをするのが好きで家にこもるのを好んだ、自然と関わるのとは縁遠い現代っ子の典型でありましたから。
私の家の場合は、
小学校5年生に控えておりました、
学校行事の自然教室(2泊3日、同学級と教師で山に泊まりにいくもの)の予習として参加したと記憶しております。
ですから、歳はその前になりますので小学校3年生か4年生で、夏休みの長期休暇を利用して参加しました。
何がきっかけかは忘れましたが、
ふと当時参加したキャンプの様子を思い出してみたところ、どうも納得が難しい、
もやもやとする記憶があることに気づかされたのです。
自分が住んでいる県の大きな駅に荷物を抱えて集合した早朝。
そこからバスで高速に乗りまして、着いたのはN県の山奥でした。
見渡す限り隙間なく木々が生え、
聞こえるのは川の水がごうごう流れる音と鳥のさえずりぐらいといった具合に、
完全に文明から隔離された、
人間が肩身の狭さを感じるような場所でありました。
しかし、ツアーというだけあって、泊まるのは荒れた野原に立てた薄っぺらいテントではなく、
砂利を敷き詰め整備された平野に建てられた、丸太を組んだ高床の立派な小屋でしたので、
馴染みの環境から離れることに不安を感じていた私は寝る場所だけは現代的でほっとしたのです。
さて、キャンプ自体はどうだったかというと、参加前の憂いはなんとやら、
とても楽しいものでした。
空に高々と輝く太陽の光に反射してきらっきらっと輝く川、色鮮やかな新緑の美しさ。
日光を遮るものはないのに、エアコンをつけているぐらい涼しく心地が良い。
そんな素晴らしい環境の中、救命具をつけて浮き輪に乗りながらする川下りは、つむじから入った涼やかな風が体中を吹き抜けるような清々しさで、その心地よさにうっとりと身を任せていました。
ここで悪い癖が出て「ずっと穏やかだとつまらないから揺らしてみよう。」と腕にくっと力を入れて浮き輪を押しましたら、誤って浮き輪から川にどぼんと落ちてしまったのは間抜け話。
茶色いショートヘアの快活なお姉さんが慌てて助けてくれましたが、
自分の方は「ごめんなさい。ありがとうございます。」と口では言いながら
「川の中も綺麗で気持ちがいいな。」なんて呑気に思っていたのでした。
ご飯は川で捕ったアユの塩焼きで、
新鮮で柔らかな身の美味しさに夢中になりました。
キャンプに参加した子供達は慣れているようで、引っ込み思案な自分にも優しく話しかけてくれてすぐに仲良くなり、孤立しないかなという心配は杞憂に終わりました。
1番テンションが上がったのは、
日中の体験が終えて夜を迎え、
戻った小屋の中に用意された寝袋でした。
ナイロン製でつるつるしており、フードのようにすっぽりと頭まで被ることが出来る寝袋の芋虫のような外観は、
見慣れぬものに対する好奇心を掻き立てて、
私だけでなく一緒に参加した子供達も目をきらきらさせていました。
みんなでわいわいお話をして時間は9時頃、
リーダーの男の子が寝ようと言ったのでみんな続々と寝始めました。
あたたかな寝袋にくるまりながら、
私はあることを楽しみにわくわくと胸を躍らせていました。
(明日の朝早くに川に行くんだ!)
そのことで頭がいっぱいでした。
というのも、この小屋に戻る前に大人の女性から
「せっかく山に来たのだから、朝早く起きたら川に行くんだよ。誰にも言っちゃいけないからね。」と言われていたのです。
(あの綺麗な川に朝早く行ったらきっと誰もいないぞ!楽しみだなあ!)と秘密基地にでも行くような心持ちで、はやる気持ちを抑えつつ目を閉じました。
翌朝、時刻は5時頃だった気がします。
自然とパッと目が覚めましてささっと長袖に着替えて、小屋の近くに流れている広い川まで斜面を滑り落ちるように駆けていきました。
早朝の白く柔らかな光が降り注ぐ川は、昼間のきらきらとした輝きとは違い、
とろりとした上品な光沢を放ちながらゆったりと流れています。
その場全体、白いベールをかけたように霞がかかっていました。
川岸には大磯の玉砂利のように滑らかな丸い石が敷き詰まっています。
そこには先客がいました。
半袖半ズボンなどいかにも夏の格好をした幼い子供達が数名いたのです。
その子達は川には入らず、砂利の上で上半身をぐっと折り曲げたり、かがんだりして足元を探っています。
その光景を見て「あ!珍しい石を探してるんだ!」と思った私は、
彼らに続いて足元の石を見ていきます。
自宅の周りにある石と言えば、ごつごつした色の汚い物ばかりですが、
この川にあるのは川の流れで角や表面を削られた滑らかで綺麗な石ばかり。
ただ丸いというだけで喜んで、その肌触りと形を楽しんでいました。
より丸い石はないかと探していると、ぱっと目についた石があり、その形を見て飛びつきました。
なんとそれは機械で削ったように綺麗なハートの形をした石だったのです。
(こんな形、自然に出来るの!?すごい!ほかにもないかな?)
すると、1歩進めば1つ、1歩進めば1つといとも簡単に合計3つのハートの石が見つかりました。
戦利品のように地面に並べて眺めながら(あと1つあれば四葉のクローバーみたいになるな。)とまた探そうとした時です。
伏せた視界の端に子供の足がいくつか映り、そして隣にはいつの間にか女の子が一緒にしゃがんでハートの石を見ていました。
その子は黒髪を真ん中から左右に分けて耳の下あたりで二つに結んだ可愛らしい女の子でした。
どうやら、先にいた子達が興味を持って集まってきたようです。
隣にいる女の子に「あと1つあれば四葉のクローバーになるんだけどな。」と話すと、その子は石を一緒に探してくれました。
「ないね。」
「ハートならすぐ見つかりそうなのに。」
話し合いながらあたりを見回しますが、
どうしてもあと1つが見つかりません。
夢中になって探しているうちに、突然胸の中がざわざわとしてきました。
(どうしよう。結構長い時間ここにいちゃった。キャンプのみんながもう集合しているかも。集合時間すぎてたら怒られる!)と3つのハートの石を並べたままにしてその場から走り去りました。
何とか集合時間に間に合いまして、
アクティビティを楽みました。
その最中は石のことを忘れられたのですが、
また夜になって寝袋にくるまれば思い出されます。
(あと1つなんだけれどな。あと1つでそろうのに。悔しいな。絶対キャンプの最中に見つけてやるんだ。)
と意気込んで眠りにつきました。
翌朝、(他の子達に石を横取りされたら嫌だ!)と全力疾走で川岸に向かいます。
今日は湿気が少ないのか、
昨日のような霞はなく、
日光で川がきらきらと輝いていました。
昨日の子供達がいなかったことに横取りの不安が消え、はやる鼓動を抑えつつハートの石を探します。
(確かここら辺に…あれ、もうちょっと先だっけ?…ないな。)
昨日確かに並べておいたはずのハートの石がどこにもないのです。
丸い石の中、形が違うあの石はすぐに見つけられそうな気がするのに、どこをみても見つかりません。
これ以上探してもらちが明かないし、集合時間に遅れてはいけないと後ろ髪をひかれる思いでその場を去りました。
その後も楽しい体験はありましたが、心にあるのは見つけられなかった1つのハートの石。
心残りがあるまま、N県を後にしたのでした。
さて、ここまでがキャンプの思い出ですが、
冒頭で書きましたもやもやする記憶というのは、
子供達と早朝に石拾いをしたという部分です。
子供の頃はその記憶を思い出しては、
石を4つ揃えられなかったことが悔しいと思うだけだったのですが、
大人になった今、当時のことを振り返りましておかしい点がいくつもあったことに気がついたのです。
まず、第一に誰が私に「朝早くに川に来て。」なんて言ったのでしょうか。
それは低く冷たい女性の声だったと記憶していますが、その声の主が分からないのです。
ガイドの大人の中で女性は、私を助けてくれた茶髪のショートヘアの人だけでした。
しかし、彼女ははきはきした元気な声で、私が聞いた声とは調子から何から違うのです。
左後ろの斜め上から話しかけられたので、恰好どころか顔も分かりません。
それに、「誰にも言っちゃいけないからね。」とはどういうことでしょう。
早朝の自然の美しさを伝えたいのであれば、
参加した子供達全員に言えばいいことで内緒にする必要なんてないはずです。
もっと言えば、誘っておいたくせに、川に子供達以外誰もいなかったなんておかしいじゃありませんか。
万が一川で溺れでもしたら、責任を負わないといけないのはその人なのに、
私にやさしく語りかけてきた女性は、その川にいなかったのです。
第二に子供達についても疑問点があります。
その子達はキャンプに参加している子達ではありませんでした。
何故そう言い切れるかというと、服装がキャンプの参加者とは大きく違ったのです。
キャンプのチラシには虫さされや怪我の防止、見つけやすさのために派手な色の長袖か上着を用意するようにと書いてあったのに、
どの子も淡い水色のTシャツやピンクの半袖の洋服などで、服装があまりにも身軽でした。
ということは必然的に、私が聞きました「朝早くに川に行くんだよ。」という声を聴いていないことになります。
何故、あんなにも早い時間に川にいたのでしょうか。
普通に考えて親と一緒にキャンプに来て朝から遊んでいたのではないか、と思いますでしょう。
繰り返し言うように大人は一人もいませんでした。
川岸にテントも張られていませんので、側に誰かがいるような雰囲気もないのです。
人里から大分離れた山奥ですから、近くに住んでいる可能性もありません。
いったどうやって子供達だけで川に来たのでしょうか。
もしかして私が行ったのはただの川ではなくて…と思いいたる場所がありますが、
それ以上は考えないようにしています。
怪談として語るがために
不審な点をおどろおどろしく書きはしたものの、
美しい川のほとりで、子供達と仲良くハート型の石を探したことは純粋に楽しかったのです。
今後も子供の頃と同様に、
あくまで見知らぬ友達と
楽しく石拾いをした思い出として
心にとどめておくつもりです。
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