7 すみませんが、左へ。



怪談師の方々のお話を聞くと、

「流石!」とうならされます。



聞き取りやすくはっきりとした声に、

映像が思い浮かぶ表現力、

確実に恐怖させる強弱とリズム…。



話だけで相手に分かりやすく情景を伝えながら、しっかりと恐怖の感情を引き出させるのは、

経験を積み、技術を磨かれたからこそ。

プロのすごさを、どなたのお話を聞いても感じます。




そんなプロの怪談師の方々のお話は、

耳だけでも楽しむことが出来るので、

長時間の課題や仕事、作業など目と手は離せないが無音だと集中できない、

退屈だと感じることをする時に聞かれる方も多いのではないのでしょうか。




数年前のことです。




当時は実家に暮らしながら職場に車で通勤していたのですが、

片道40分、渋滞や通勤・帰宅ラッシュに巻き込まれると1時間はかかっていました。



ラジオや音楽を流していたのですが、それにも飽きてきた頃、

動画配信サイトでAさんという怪談師が自分の怪談を投稿していることを知ります。



もともと怪談やオカルトが好きなため、

通勤のおともに流すように。



動画1つは10分程ですが、

再生リストに何十本かまとめてあるので、

長距離の通勤中でも途切れることなくずっと聞けるわけです。



怖くはありましたが、

知らない世界を知ることが出来るので、

とても楽しい通勤時間を過ごしていました。







ある夜のこと。


遅番といって13時から22時まで働く勤務形態があるのですが、

その日は少し遅くなり、23時頃に職場を出ました。



いつも通りスマートフォンのアプリを開いて

怪談を再生します。




仕事で心身ともに疲れていたので、

怪談を沢山聞いて気分転換したくありました。



ふと、前々から職場の先輩に、

片道40分もかかるわけない、別の道を探したらどうかと助言されていたことを思い出します。



明日は休日です。

道に迷って遅くなったとしても、

支障はあまりありません。



それに、

迷った分長く怪談を聞けると思ったわけです。


普段の道を大きくそれて、別の道へとハンドルをきりました。




分かりやすいように大通りの道を通って行ったので、

見慣れぬ景色でありましたが心に余裕があり、ちょっとした冒険のように感じていました。



耳には異世界を語る怪談師の声。

日常を離れて冒険をしている気がして

わくわくしてきます。




さて、だいぶ進み、

白い歩道橋のかかる大きな十字路が見えてきた時、

閑散とした空気が急に騒がしくなってきたのを肌で感じました。



側まで近づいて分かったのですが、

信号を渡って200メートルほど進んだところ、左側に幅寄せして白い軽自動車が止まっています。



すでにパトカーが来ており、

赤いランプが点滅して歩道橋に反射し

あたりを赤く照らしています。


交差点の中央には警察官が警棒を振りながら交通整理をしていました。



怪談を聞いている時に事故現場に遭遇する。


ただの偶然なのですが、

急に怪談を聞いていることへの罪悪感と

恐怖心がこみあげてきます。




時間は深夜、走る車は私だけ。


信号は青信号ですが警官が前に来て、

警棒を両手で持って掲げ止まるように指示したので停止していました。



車がしっかり止まったことを確認してから、

警官はこちらの運転席に向かって歩いてきます。



何か言いたいことがあるのだろうと、

話の邪魔にならないように動画を停止して

スマートフォンの電源を落としました。



案の定、運転席まで来た警官は

警棒を持っていない左手でコンコンと

窓ガラスをノックして

窓を開けるように促したのです。




スイッチを操作して窓ガラスを下げると

警官の顔がはっきりと見えました。

短髪で整った顔立ちの若い男性であります。




「こんばんは。すみませんが事故が起きまして。どちらに行かれます?」



別の道を通ってきていましたが、

だいたいの方角は分かります。


ナビの表示する道によると、この大通りの道をまっすぐ行けば家に着くようです。



「このまま真っすぐ行こうかと思います。」

「ああ、でしたら、

まず信号を渡っていただいて

すぐ左手に道があるので

そこを曲がって迂回してもらってもいいですかね?申し訳ないです。」

「ああ、はい。分かりました。」



警官が言うには、

信号と事故現場の200メートルほどの間隔、

そこに左に伸びる道があるので

そこから迂回してほしいと。



その言葉と警官の手信号に従って、

アクセルを踏んで進みます。



するとすぐに左手に道が見えたので

そこでハンドルをきりました。






車一台ほどが通れるほどの狭いあぜ道。

街灯もなく、真っ暗な道を進みます。



念のためハイビームにしましたが、

視界が広がったとはいえ、

暗いことには変わりありません。



音もなくしーんと静かな車内。

タイヤが砂を踏む音とエンジン音だけが聞こえます。



しばらく進んで気づきましたが、

この道は一本道で迂回出来るような道が出てきません。

枝のようにぽつぽつと細い道が左右に伸びていますが、

歩道のようで車が通れる幅はないのです。



だんだんと不安な気持ちがこみあげてきました。

すると、瓦屋根の住宅街が見えてきたのでほっとして田んぼと家の道の境目に踏み込みます。


道がアスファルトに変わり、

2、3分進んだ時です。



道がT字路になり建物に突き当って、

ハイビームにしたライトが眼前にある物を照らしました。



そこは墓地でした。

ブロック塀に囲まれていますが、

お墓の頭、

石柱が何本も並んでいるのが見えたのです。



全身に鳥肌が立って慌ててハンドルを左にきりその場から去りました。


すぐに大通りの道に合流したので、

左折しあの十字路に向かって走ります。



(あ、事故があって迂回したのに同じ交差点行ったらダメじゃない!)


ですが今更道を変えることはできませんし、

もうその十字路は見えています。



また指示に従えばいいやと直進し信号まで来ました。

そこには警官はおろか、事故車両、パトカーもなかったのです。



さっきまでの光景が嘘のようでした。



迂回した時間は数十分のこと。

その時間で作業は終わるものなのか。

どこか腑に落ちませんが、信号が青に変わったので本来行きたかった道へと左折したのです。





お墓にたどり着いたのも、

事故現場の復旧が早かったのも

すべて偶然に過ぎないと思いますが

その日から通勤中に怪談を聞くのをやめました。

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