6 熊野


たしか、

介護福祉士になるために福祉の専門学校に通い始めて、

最初に迎えた夏休みに体験したと思います。



実家暮らしということで相当だらけておりまして、

暑さもあり、室温に戻したバターのようになっていました。


そのぐらい怠けて、外にも出ずに夏休みの自由な時間を謳歌していたのです。



その日も、時間を気にせず眠っていました。


ただ、

日が高くなる昼頃には太陽がカーッと照り付けて、

日当たりのよい部屋でしたから、暑さで目が覚めてしまいます。



(もうちょっと寝ていたかったのに。)と夜更かしした自分を責めることなく、

けだるげに半身を起こしますと、

枕もとでマナーモードにしているスマートフォンが振動しているのに気づきました。



その振動のリズムから、着信を知らせているのだと分かります。



(まずい!バイトのシフトを勘違いしていたのかも!)

バイト先の店長の起こった姿が浮かび、慌てて電源を入れました。



パッと映ったその画面に、登録している『バイト先』という名前が出ておらず一安心。



しかし、知らない番号からの着信に、また胸がざわつきました。


ただ知らない番号だけなら無視すればいいのですが、

その番号と画面の表示された文字に違和感があったのです。




相手側の電話番号がでかでかと表示されているのですが、

それは6か7から始まった、6桁ほどの短い番号。


私の携帯電話は、

市外局番の番号も表示されるはずなので、

その短さに疑問を抱きました。



また、

アドレス帳に登録していない番号の場合、

どこから発信しているか分かるように

地名(もしくは非通知という文字)が表示

されるのですが、

その場所に『熊野』と書かれています。




ハッと思い出したのは、あるクラスメイト。


その子は三重県の熊野というところに実家があるというのを聞いていました。


ただ、

その子に電話番号を教えた覚えもありませんし、そこまで仲良くないのになぜだろうと

不思議に思いながら応答ボタンをタップしました。




今でも、その不思議な電話の内容を思い出せます。

しかし、うまく言葉では表現できないのです。

ですので、その時のやり取りをそのまま文字に起こさせていただきます。

読みづらいと思いますが、ご了承ください。



以下がその内容です。





「もしもし?」

『(バラバラバラバラという機械のような雑音)…か?…な?』




中年の男性と思しき声。

雑音が多いのと、なまりが強いのとでよく聞き取れない。

強い口調でこちらに何かを聞いてきている。



「あの、すみません。どうしました?」

『…あ…?(機械音)…?』



向こうも混乱している様子。

ただ相変わらず雑音が酷く聞こえない。



「あのー、もしもし?」

『(機械音)…!…!(誰かに何かを聞いているような感じ)

 …?(中年の女性らしき雰囲気の声が電話主に何か話しかけた)

 ・・・。(なにか納得したような声を漏らす男性)』



ブツッ!とそこで電話が切れたのです。


訳が分からないまま電話を切られ、

怖いというよりも少し気分の悪さを感じました。



こういう時、私はどうするかというと

電話番号を検索にかけるのです。


ネット上にはご丁寧に、いたずら目的や悪質なセールスなどに使われた電話番号を

まとめているサイトがいくつかありますので、それで正体を見破ってやろうと思ったのでした。



ロックを外し、

アプリを起動して着信履歴からその番号を見つけ、ホーム画面の検索窓に打ち込みます。



桁が少ないので一瞬で打ち終わり、あとは結果を待つばかり。

白い画面に青いぐるぐる回る待機のマークが表示されました。

そしてぱっと結果が出ました。



「え?」と思わず声を漏らします。



普段なら、

番号を入力すれば

いつも利用している迷惑電話の番号を

まとめたサイト名が表示され、

その下に概要が書かれています。



例えば、迷惑電話番号まとめサイト-この番号は○○です。といった具合に。




しかし、今回は違いました。

検索結果に表示されたのは文字ではなく画像。

見慣れぬそれは、

海に浮かんでこちらに艦首を向けている

軍艦の白黒写真でした。






暑さにやられて幻覚を起こしていたのかもしれません。



しかし、時間が経ってから見返しても、

着信履歴にその短い番号がしっかり残っていました。

気味が悪くて履歴からその番号を消してしまいましたので、今は確認が出来ませんが…。




今も時々、熊野と軍艦で検索をして調べるのですが該当するものは出てきません。




あのざわざわした音と特徴のある声の主が

私に何を伝えたかったのか、

そもそも誰に何の用で電話をしようとしていたのか、気になるばかりです。



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