5 再会


新しく利用者様が

入居されたばかりということで

大分慌ただしい日々がここのところ続いています。



その方がいらして初めての遅番勤務。

いつもと違い感覚が掴めず、

退勤時間より30分ほど時間が押してしまいました。



夜勤者に申し送りをして、

洗濯物をたたんで返却し、

食器の片付けや掃除などの雑務を終える頃には

もう夜の10時半であります。




そこから記録を

パソコンで入力せねばいけませんから、

ああ今夜は長くなるな、と

腹をくくっていました。



集中していれば

あっという間に終わるのですが…

業務後の解放感からか、

夜勤者のAさんとの会話に

花を咲かせてしまったのです。



ついにはキーボードから指を離してしまったのでした。




最初は幼少時代に見ていたアニメや

戦隊ものの話に。



今の時代のものは面白くなくなったね、

こんなこと言い出す歳になってしまったな、

と若くないことを思い知らされて、

互いに苦笑いを浮かべました。




話がそこで一区切りつきましたので

足で床を蹴って回転椅子を回し

パソコンに正対します。



あ、と一つ申し送りするのを

忘れていたことを思い出し、

背後で雑務をこなすAさんへ

軽く振り向きながら言いました。



「Bさんのお部屋のラジカセ、

 故障してるのか勝手に電源がつくんです。

 壊れているなら持って帰って頂いて

 処分してもらおうと思うので

 夜間注意しておいてもらって

 いいですか?」



それを聞くと

持っていた道具を卓上に置いて

肩を落とすAさん。



「怖い話?聞いたよ。

 怖い話のブログみたいなの

 書いてるって。」



特に秘密にはしていませんでしたが、

同期の一人に伝えただけなのに

Aさんの耳に入るまで伝わっていることに

驚きました。



「違いますよ!ただ、気になったので…。」

「やめてよー。これから夜勤だよー。

 実はさ、Cさんの部屋でもこの間

 変なことあってさ…。」

「え、なんですか?詳しく教えてください!」



こんな具合にまた仕事から脱線して

怪談を話し始めてしまったのです。



テーマは職場で体験したことでした。



そこで、私は“夢か現か”の第1話、

“月光に照らされた”を話したのです。



まあ、ざっくり言いますと

職場の前にある稲穂が実った田んぼ、

その上を月光に照されて白く光る

真っ白でのっぺらぼうの犬が歩いていた

という作者の体験談であります。



「うわー。それほんと?」

「本当ですよ。びっくりしました。」

「てか、こんな話してていいのかね。

 ほら、寄ってくるって言うじゃんか。」



たしかに、怪談話をしていれば

それに異形のものや霊、怪異が寄ってくるのは

よく聞く話であります。



「また来るかもよ~。」

「だからAさんに話したんですよ。」

「最悪。殴って良い?」

「ははは。ダメです。」



こんな具合で笑ってしめて、

やっと記録に取りかかり、

帰る頃には23時半でした。




自分でも馬鹿だなと思います。

裏口から出る時になって、

先ほど話したことを後悔しました。



このドアを開ければ

目の前に例の田んぼがあるわけです。

もし、またいたらと怖くなってしまったのでした。


勇気を出してぐっと開けますと

そこには何もいません。



あの体験から一年も経っているのに、

怖がっている自分に呆れてしまいました。






愛車でマンションへと向かいます。



一車線ですが広い道路で、

見晴らしが良く、法廷速度ギリギリの

50キロで走り抜けます。



視線を一瞬、ヘッドライトに照らされた

出前側の道に視線を落としました。



しかし、慌てて目線を上げます。

何かが道の上に出てきたからです。




「えっ?」

と思わず声を出してしまいました。



30メートル先、

1年前に見たあの白い犬が

道の真ん中に突然現れて

左に向かいとっとっとと、

軽快に駆けていったのです。




慌てて白い犬が向かって行った方へと

視線を向けると、

そこは住宅に挟まれた狭い道でした。



私がそこに行くまでに、

数十秒しか経っていないはずなのに、

そこには何の影も気配もなかったのです。





久しぶりに会ったその犬。


もう寒い季節なのに、

毛がサマーカットをしたかのように短く

整っていました。


ヘッドライトに反射してか、

左目がきらっと輝いたのを覚えています。



特に印象に残っているのは尻尾です。



細く長い尻尾をぴーんと立てていて、

その先だけがくると内側に丸まっています。


犬であるはずなのに、

猿の尾のような奇妙な細長さと動きでした。





あれから調べたところ、

ホワイトシェパードという犬種が

私が見たものに1番近くありました。




ここら辺は野良犬が多いと聞きますので、

もしかしたらただの犬かもしれません。



では何故、

あんなにも綺麗な毛並みなのでしょう。

どなたかが飼っていて

夜な夜な逃げ出しているだけかもしれませんが…。





だとしても、

ホワイトシェパードにしては

あの犬の尻尾の長さは異常であります。





そして、自分的に恐ろしいのは、

その犬の出現した場所です。


最初は職場、次は帰り道の途中。



自分の家に近づいているような気がして

なりません。





1年前に見た犬の話をしたら、

帰り道に同じ犬を見たなんて

ただの偶然でしょうか。




話したら呼び寄せられるというのは

本当かもしれないと

思った次第でございます。


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