4 黒いゴム



今はだいぶ短くしておりますが、

若い頃は背中半分ほどの長さがあった

私の髪の毛。



長い髪をまとめるのにゴムは重宝します。



安売りされている、

一袋に沢山入ったビニール製の細いゴムもありますが、

あまり好きではありません。



髪に絡まず痛くないと謳っているのに

一体何本の髪の毛が犠牲になったことか。



太くしっかりした髪の毛のため、

それらをしっかりまとめ上げるには

太めで丈夫な作りのゴムがぴったりでして、

よく愛用していました。





高校2年生の夏休み。


日が高くなり始める10時頃で

動かなくても汗が滴り落ちるような暑さでした。



ただ、その日は家に私一人しかおらず、

もったいない気がして冷房をつけなかったのです。




頭皮にじっとりと脂がにじみ、

薄手のシャツが汗ばんだ肌にへばりつくので

その不快感たらありません。


髪が長い方は分かるかと思うのですが、

密集した髪の毛というのは

遮光カーテンのように熱を閉じ込めるので

うなじあたりがこもった熱で蒸されます。



体のどの部分より、一層気持ち悪いのです。



そこで、

いつも使っている黒いゴムで少し高く

一つに結びました。


首回りが空気に触れて、気温は変わっていなくても涼しく感じられます。



しばらくはそれで過ごせたのですが、

さらに日の光が強くなり気温が上がってくると

耐えられなくなりました。





暑さはまだいいのです。

ただ、汗でべたつく気持つ悪さに耐えられませんでした。

さっぱりするためにシャワーを浴びることに。



着替えを準備し、

台所の壁に設置してある給湯器のスイッチを入れて、

浴室のドアを開きます。




驚いて半身を引いてしまいました。





いつも通りの浴室であります。



しかし、まるでポラロイド風の写真のように

その場にある物の輪郭がぼやけ、

色だけがくっきり浮き上がり、

全体が色あせたような、

妙な景色に見えたのです。




「ん?」と目をこらすと、

中心に普段見えているくっきりとした風景が見え

じわぁっと円状に広がっていき、

数秒でいつもと変わらぬ景色になりました。




暑さでおかしくなっているのだろうと、特に気にはとめず髪をほどいてゴムを棚に置き

服を脱いでシャワーを浴びました。

乾かすのが面倒なので、髪を濡らさないように気を付けて。



汗とべたつきが流されてさっぱりし、気分も晴れ晴れとしてタオルで体を拭く。



さらっとした服に身を包み、髪をまとめようと棚の方を向いた。



「え?」と思わず凝視してしまいました。








髪をまとめる黒いゴムというのは、

軸に白い伸縮性のあるゴムがあって、

その周りを黒い糸で複雑に編みつけてあります。



シャワーを浴びる前まで、

真っ黒く滑らかな円を描いていたゴム。


しかし、今目の前にあるゴムは

黒い糸がほつれて

軸の白いゴムがあらわになっているのです。


そのゴムはいつ買った物かわからないのですが、

髪をとめるときに触った感触からすると

たった数分でそんなボロボロになるとは考えられませんでした。



(ゴムは湿気に弱いのかな?)首を傾げつつ、手にゴムを通すために指を差し入れた時でした。


バツンっとゴムがはじけて床にぼとりと落ちたのです。


その瞬間、

足裏からせりあがるような恐怖を感じ、

落ちたゴムをゴミ箱に投げ捨てて

浴室から逃げました。




ゴムが切れる感触が指先から伝わったのですが、

それは例えるなら、

大分昔に買ったまま放置して

乾燥して伸びなくなった輪ゴムと

同じ感じでした。



太く強い量のある髪をまとめられるゴムがほんの数十分で

何十年も経ったかのように劣化するなんてあり得るでしょうか。




何の本だったか、

誰から聞いたか忘れてしまいましたが

こんな噂を耳にしたことがあります。


霊が使ったり触れたりすると、その物は使い物にならなくなる、と。




私がシャワーを浴びている間、

何者かが脱衣所にいて

それを自らの髪に通していたのかもしれない。



そんなことを考えてしまいました。

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