3 ケサランパサラン
皆さんはケサランパサランというものをご存じでしょうか。
ウィキペディアには
「白い毛玉のような物体で、空中をふらふらと飛んでいるといわれる。
一つ一つが小さな妖力を持つ妖怪ともいわれ、未確認動物として扱われることもある」
という謎な生物であると説明されています。
私がこの存在を知ったのは小学校高学年の時、
オカルト好きな両親が買ってきた実話ホラーの漫画に、ケサランパサランが紹介されていたのです。
その漫画の中では、
幸運を運ぶ妖怪という紹介がされていました。
「これを飼っている喫茶店があるんだって!いつか行ってみたいね。」
と当時目をキラキラさせて母親と話したのを覚えています。
(残念ながらその喫茶店、今はないようです。)
高校2年生の冬、部屋にふわふわとしたものが飛んでいました。
それはふわふわとした白い毛が
箒のように扇状に開いている
直径1cmほどのもの。
私は「ケサランパサランだ!」と、
住処のカゴや食事になるおしろいを買って
毎日声をかけて育てていました。
ある、寒い日。
母親が袖のないダウンのベストを羽織っていました。
よく見ると、そのダウンに小さな穴が空いて何かが飛び出ています。
ばれないようにつまんで引っ張ると、
なんと、飼っているケサランパサランと
同じものが飛び出てきたのです。
そうです。
私がケサランパサランと思っていたそれは
ただのダウンの中身、羽毛だったのです。
1人赤面して、
元ケサランパサランにさよならし、
おしろいとカゴを処分しました。
そんな経験のある作者。
ケサランパサランに夢見ることをやめていました。
老人ホームに入社して1年と半年ほどたった頃でしょうか。
Aさんという利用者様のお部屋に用があり、
持ち場を離れることをパートさんに伝えました。
そのAさんのお部屋、
普段利用者様が過ごされるリビングを抜けて
廊下を進み、
L字に右へ曲がった先の突き当たりにあります。
そのため、
リビングで何か問題が起こったとしても気づけませんから、
他のスタッフに声を掛ける必要があったわけです。
その用事というのが洗濯物の返却か、
ベッドメイキングだったかは忘れましたが、
少し長居をしなければいけなかったのは覚えています。
さて、用事を済ませて、
ただ帰ればいいわけではありません。
利用者様が生活されているお部屋ですから、
乱したままではいけない。
ごみが落ちていないか、
ベッドの位置や家具の位置に変わりはないか、
部屋をざっと見まわして確認します。
「あれ?」とあるものが目に留まりました。
先ほどまでなかった、
大きな埃のようなものがあるのです。
そのままにしておいたら利用者さんに失礼にあたります。
速やかにそれを捨てようとしました。
少し近づいて、
それが綿のようなものだと分かり、
さらに近づいて、
それがただの綿ではないことに気づきます。
それは綿毛になったタンポポのようで、
起点から花火のように放射状に白く柔らかな毛のようなものが伸びています。
だいたい40本ほどだったと思うのですが、
それらは密集しておらず均等に間隔があいており、一本一本の毛がしっかりと目視出来ました。
その直径は7~8cmで手のひらほどの大きさです。
目で見て柔らかさが分かり、1ミリもないほどの細い毛。
それにも関らず、
へたることなくぴんと伸びて
球体を維持したままその場に留まっています。
一度、赤面するほどの勘違いを経験しました。
存在なんてしていない、みんな何か別のものを勘違いしているだけだと思い続けておりました。
しかし、目の前にあるその物体を、
私は、ケサランパサランだと思わざるを得なかったのです。
植物のキク科に属するアザミの綿毛は、よくケサランパサランと間違えられるそうです。
写真を見て確認しましたが、
たしかに私がAさんのお部屋で見たものと
そっくりでした。
ただ、
外から飛んでくるであろうアザミの綿毛が、
その部屋に紛れ込んだと
にわかには信じられません。
利用者様のお部屋は、窓からの転倒を防ぐため2~3cmほどしか開かないようになっています。
蚊などの外注対策の為、開けるのは網戸のある部分のみ。
加えて、
Aさんのお部屋はその日の昨日か午前中、
とにかく直近で掃除に入っています。
そんな大きな綿毛を気づかずにそのままにしておくでしょうか。
さて、その物体をどうしたかといいますと、
しばらく眺めたり手のひらに乗せて遊んだ後、
そのお部屋から出てすぐの小窓から外に放ちました。
そのままAさんのお部屋に置いておいたら
誤って飲み込むなどして
Aさんに何か害が出るかもしれませんし、
ご家族様がいらした時に、
掃除が出来ていないのか?と苦情が入ってしまいます。
というのは介護職としての建前。
ケサランパサランでなかったとしても、
その白くてふわふわした愛らしい物が
ただのゴミとして捨てられるのは悲しいと、
わずかに残った私の純真がそうさせたのです。
これもまた私の勘違いで、
真相を知って赤面をする日がまた来るかもしれません。
ですが、どこかでそのケサランパサランが
幸せそうにふわふわと
自由に空を飛んでいたらいいなと
今でも思うのです。
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