11 すれ違った人



突然、妙なことをお聞きしますが、

皆さんは人とすれ違ったことはありますか?



出掛ければ店内でお客さんや店員さんと、

道路でも車に乗った誰かとすれ違いますから

今まで一度もないということは

ないと思います。



では、失礼ながらもう一つ質問を。


その数多のすれ違った人々の中で

一人でも顔や姿を覚えている人はいますか?



近所の人や知り合いなどは除いて

全くの他人の顔を、です。



これまで生きてきた人生、

すれ違った人なんて数えきれないほど

いますから、覚えていることの方が

難しいでしょうね。


それに、わざわざ覚えることでは

ないですから。



私も全ての人は覚えておりません。



ですが、今まですれ違った人々の中で

今でも忘れることの出来ない通行人が

2人います。



今回は、彼らにまつわるお話です。







1、電柱の影から



私が高校生の頃。


隣の市まで電車で夜遅くまで遊び、

駅から家まで自転車を走らせて

いたときのことです。



時刻はとうに21時を過ぎていて

空はすっかり真っ暗になっていました。



門限は特に決まっていませんでしたが、

こんなに遅くなるとは親に伝えておらず、

帰ったら怒られるのではないかという

不安がわいてきました。



居酒屋のある通りですが人の姿がまばらで

余計に心をざわつかせます。


こんな夜更けに一人だけで

暗い町中を通ることなどありませんでしたから

不審者が出てきそうで怖くなり、

少し早くこぎ始めました。



早く帰りたいときに限って信号に

つかまり、なかなかたどり着きません。


本来ならすでに家についている頃なのにも

関わらず、半分ほどの地点で

足止めを食らってしまってました。




(さっさと青になってよ!)

と赤信号をにらみつけペダルを

けたたましく踏みつけます。



ぱっと青色に変わった瞬間

私はその勢いのまま自転車を発車させ

ました。



歩行者のわきをすり抜けていった

その時です。


左手に建つ

すでに明かりが消えた携帯ショップ側に

細めの電柱が立っていたのですが

その後ろから突然、一人の人間が飛び出して

目の前に立ちはだかったのです。



その人は、禿げ上がった頭の

肥満体型をした中年男性で、

丸っこい眼鏡をかけた脂ぎったその顔を

にたりと歪め、口を半開きにし、

にたぁと気味の悪い笑みを浮かべていました。



突然の飛び出しにスピードも緩めることも出来ず、前輪が今にも男性の腹にめり込んでしまう、といったところでようやく両の手に力が入り、ぐっとブレーキを握りしめます。



キキー!

という耳をつんざくような音がして、サーッと血の気が引きました。



完全に自転車が動きを止めると、肩にどっと罪悪感がのし掛かりました。


(人をひいてしまった…。)



運が良かったとしても、打撲は免れないでしょう。


(とにかく、怪我の状態を見なきゃ。)

と自転車から降りて振り返り、男性を探します。



(あれ?)



辺りをいくら見回しても、男性の姿はどこにもありません。


いるのは2、3人の通行人がいるだけです。



先程、衝突事故があったはずなのに、彼らはこちらを見ることもなく、平然と歩いていました。




そこで、私はようやく気がつきました。



ぶつかったはずなのに、ブレーキ音しかしなかったことに。


ぶつかった衝撃も、男性の唸り声なども全く聞こえなかったのです。





翌日の明るい時間にその道に訪れましたが、

やはり、事故が起きたような痕跡はありません。


改めて電柱を見ましたが、普通のものに比べてかなり細い。



肥満体型の男性が隠れられるようなところではないのです。



あの男性は、一体何者だったのでしょうか…。








2、橋の上で佇む人



3年前の晩秋、私がまだA市で一人暮らしをしていた時の話。



勤め先の介護施設では、22時から翌朝7時までの夜勤という勤務があります。


その日、当時住んでいたアパートを21時に出て車で施設へ向かいました。



周りは田んぼだらけで、外灯が1つ2つしかないため、車のヘッドライトが唯一の頼りであります。



途中、大きな橋を渡るのですが、

そこは特に暗いんですね。



明かりも暗いですし、

左右のわきに流れる川が真っ黒く、

闇のようでした。




橋は横幅が広く、二車線で左右に歩道があります。



歩道にはランニングウェアに身を包んだ人や、

夫婦で散歩を楽しんでいる歩行者が見えました。



(夏と違って秋の夜は運動に向いているんだろうな。)




なんて、眺めていますと、左側の歩道にいる、ある人が目につきました。



行き交う人の中でその人は、

川の方を向いて立っています。



身長は170cmぐらいの長身の男性で、

橋の手すりにもたれることもなく、

両手をぶらんとおろし

まっすぐ立っているのですが、

首だけを根本から90度曲げて、

川のなかを覗き込んでいました。



実は、その姿は別に怖くもなんともありませんでした。


というのも、たまにこの橋の上から川を覗く

釣り人がよくいたからです。



ただ、一点妙なことがありました。



その男性のまわりを、青い光の柱のようなものがとり囲んでいるのです。



(なんだろう、あの光…。)

と思いましたが、仕事がありますし

なにより運転中ですので、

特に気に止めることもなくその場を通りすぎました。





もしかしてスマートフォンを見ていて、

そのブルーライトが辺りを照らしていたのかな

とも思ったのですが、

その人は両手を体の横につけていたので、

ありえません。




それに、その橋で夜、スマートフォンを使っている方を見ましたが、青い柱がその人を覆うほどの強い光が出ていることはありませんでした。





正体は分からずじまいです。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る