13 お前は2等賞だから
私がまだ、一人暮らしをしていた
数年前の3月2日。
不思議な夢を見たことがあります。
その時、私は仕事が上手くいかず、
プライベートでも追い込まれるようなことがありました。
元々考え込みやすい性格が合わさって、
とうとう鬱症状を患ってしまったのです。
精神的に参ってしまうと、
体の免疫も弱くなってしまうようで、
喉が赤く腫れ上がってしまい、
滅多にならない喉風にかかりました。
心も体もぼろぼろで、
何もすることが出来ず、
昼間からぼーっと天井を眺めていると、
自分の境遇とやるせなさが静かに
乾いた体の亀裂から滲み出して、
無音の涙がだらだらとあふれます。
極限まで心をつかうと、
どうなるかご存じでしょうか。
「死にたい。」
「辛い。」
すら感じられない、ただの脱け殻になるのです。
涙が流れるのに、
悲しいとも悔しいとも感じられないことに
気がついた時、
「私はとうとう、
人間らしい感情を失ってしまったのか。」
と、呆れてしまって、「ははは。」と
乾いた笑いが口の端から漏れ出ました。
泣いてしまって疲れてしまったのか、
体が熱くなり、瞼が重くなってしまいました。
とうとうぴったりと閉じて、
私は眠ってしまいました。
目を開けるとそこは真っ暗な職場で、
どうやら停電をしているようでした。
なんの説明もなく現状を把握できる。
このおかしな世界は夢でありました。
夢の中でも仕事かと溜め息つきますと、
「川が氾濫しました。
逃げてください。」
という放送がはいったので、
私は施設の人達と一緒にバスに乗りました。
車窓ごしに見れば、
ねずみ色に濁った川が激しい
あげながら下流へ向かってうねっています。
(夢にしては妙にリアルだ。
川の音も聞こえるし、肌の感覚がまるで
現実でも濁流に対面しているみたいだ。)
夢だと分かっている以上、
死ぬことはないと踏んでいたので、
私は他人事のように自然の驚異を
眺めていました。
すると、横にいた人が突然、
「あれ!」と対岸を指さしました。
なんだろうと顔を上げそれを見て、
目を見開きました。
対岸にあったのは、
窓ガラスと壁にヒビが入った廃病院。
その一室に、
リクライニング式車椅子に座らされこちらを向いている、生気のないおじいさんがいました。
それは、この夢を見ている日から数えて
丁度3年前に亡くなった祖父の遺体だったのです。
末期の肺癌を患い、
顔にも腫瘍が転移して大きな出来物ができ
最後は呼吸さえもできなくなって、
黄色くなった祖父。
病室で息を引き取った時と全く同じ姿で、
祖父はそこにいました。
(じいちゃん!)
遺体だと分かっているのに、
助けても意味がないことを分かっているのに、
「じいちゃん!」と叫びながら
バスから飛び降りて、
濁流をかき分けて、
祖父の体に飛び付きました。
そして、車椅子ごと祖父を抱えて川に入ると、場面がパッと切り替わりました。
そこは温かな光で照らされた
老人ホームのフロア。
実際に働いているところとは
若干違いましたが、
馴染みの顔の職員や利用者さんが笑顔でそこにいました。
避難が成功したことに胸を撫で下ろす私に
パートさんが話しかけてきました。
その顔は少し焦っているように見えます。
「どうされましたか?」
と伺うと、
パートさんがこう仰いました。
「おじいさんが、
お前は2等賞だからって。」
と、顔を左に向けます。
目線の先には、車椅子に座らされた祖父の遺体がありました。
気がつくとそれの真ん前にいた私。
私の目の前で、遺体のはずの祖父が
両の手で車椅子の手すりをぐっと掴み、
全身を震わせて胸を上下に動かしながら、
「はあ、はあ。」と息を荒げ、呼吸を始めました。
あのまっ黄色だった血の気のない肌が
次第に色づき、
工場の作業員だった面影が残る
浅黒い肌に。
大きな腫瘍が消え、
ふっくらと艶やかな頬の顔に。
癌に侵され亡くなった遺体から、
散歩が大好きで
いつも快活に笑っていた、
元気だった頃の祖父に生き返ったのです。
呆気にとられていると、
祖父が目を開けて微笑み、
両の手を伸ばし、
私を包むように抱き締めてくれました。
驚き目を見開いた時には、
祖父の腕の力は抜け、
車椅子に倒れ、遺体に戻ってしまっていました。
祖父の遺体が滲んで見えて、
自分が泣いていることにきがつくと、
夢から覚めた現実でも、
私は号泣していたのでした。
(じいちゃんだ。じいちゃんが抱き締めてくれた。)
久しく忘れていた祖父の温かみを感じ、
私はしばらく声を上げて泣きました。
落ち着いた時に頭にある言葉が浮かびました。
(2等賞ってなんだろう。)
私は親戚にメールを送り、
夢で見たことを伝えて、
何か祖父に関わることをしなかったか
尋ねました。
すると、実家にいる祖母から、
こんなメールが届きました。
『今日はおじいちゃんの命日だったから、
お墓参りに行ったよ。』
携帯の日付を見れば、3月2日とあります。
この日はたしかに、祖父が亡くなった日です。
そこで、ああ、と腑におちました。
今日、祖父に最初に会ったのはお墓参りに行った祖母達なので、だから私は二番目だったのかと。
謎がとけてホッとしていると、
身体に違和感を覚えて喉を抑えました。
病院に行って薬を飲んでも治ることが
なかった喉の痛みが、
きれいさっぱりなくなっていたのです。
肺癌が進行した祖父は、
最後、話すことも出来なくなっていました。
彼がまだ話すことができていたとき、
病室のベッドで仰向けになり、
顔だけを私に向けて、
掠れた小さな声でこう言ってくれたことがあります。
「朋、お前の病気は、じいちゃんが持っていってやるからな。」
私はそれに対して、
何をもう死ぬ気でいるんだと
悲しみと怒りが混じった感情を抑えつつ、
「ありがとう。」とだけ言ったのをおぼえています。
そんなことより、自分のことだけかんがえてよ。
また元気になって一緒に旅行に行こうよ。
祖父が健康で長生きすることを望んでいた私にとって、死を覚悟した祖父のその言葉は、
残酷でしかなく、素直にありがとうと思えなかったのです。
ですから、夢から醒め、
喉の痛みがなくなったことよりも、
若々しく元気な祖父に抱き締めてもらったことの方が、何倍も嬉しかったのです。
辛いけど、もう少し生きてみよう。
どん底にいた私の胸に、小さくも熱い生に対する意欲が湧いたのでした。
人に話せば、
ただ大好きな祖父にあったただの夢と言われるかもしれません。
でも、
夢を見た日が祖父の命日であったこと、
現実では長期間悩まされていた喉の痛みが消えていたりと、ただの偶然では片付けられない不思議なリンクがありました。
夢か現か分かりませんが、
私はたしかに祖父に会えたとかくしんしております。
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