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   四


 牢獄建物の一番大きな部屋、個別の牢獄では無いホールとして使う部屋が女王の誕生祝いの場所となった。

 女王の有力支持者やケータリングのサービス、五人組の楽団などが入ると、このホールが一杯になった。

 警備の警察官と監獄の守衛達が会場をチェックしていく。かなり細かいチェックだ。届けられた参加者と実際に来ている人物の一致、所持品、持込品の検査。

 問題無いと警備隊長に報告が来た。

 始めても問題無いと警備隊長は判断を出した。女王を会場に出す。

 女王が移動するのは、同じ建物内部だけだ。警察の警備隊は会場を見張っているが、建物の周りは監獄の守衛達が見張っている。今日入れた連中に問題がなければ、何かが起こることは無い、はずだ。


 誕生祝いの進行予定は、皆が待つホールに女王が登場する。その際、楽団がファンファーレ。

 女王の支持者イーナムから開会宣言と女王に対する誕生日の祝辞。

 誕生を祝う曲を楽団が演奏。

 女王からの挨拶。

 祝いの宴、一時間半。

 監獄の中だが、出席者のうち罪人は女王一人だけなので、宴には酒が出される。

 楽団は、宴が開始されたら楽器などをしまい、退席する。五人の楽士とバンドボーイが一人の計六人が部屋を出る。入った者が一緒に退出してくれた方が警備は楽なのだが、料理の配膳の都合で、楽器と演奏者が邪魔になるのだ。

 宴が終われば、女王が礼を言って誕生日祝いは終了。


 ハマオは、ホールの出口の廊下に陣取った。このホールのドアはここ一箇所だけだ。何があろうと、女王を含めて参加者はここを通るしか無い。退屈な挨拶や、他人の飲み食いを薄暗い部屋で眺めているよりはマシだ。

 女王は警備の者四人とともに廊下を歩いてきた。牢獄生活でやつれてはいるが、背筋をしゃんと伸ばして気高く歩いてきた。まだ威厳がある。

 彼女は、ハマオの前で足を止めた。

「あなたに勲章を渡したわ、以前」

「はい、憶えています」

「大事になさい」

 女王はニッコリ笑い、すっとドアの前に立ち、警備の者がドアを開けるのを待って入室した。


 部屋の中の賑やかさが、ドア越しに伝わってくる。

 ハマオは軍人らしい直立した姿勢で、ドアを見つめていた。

 やがて、厨房の方から手押しのワゴンがいくつも料理を乗せて運ばれてきた。

 会場の用意でホールがざわついた。

 楽団の退出も、言うほどスムースにはいかない。

 黒い色の板と金属でできた楽器の箱がいくつかホールから出され、廊下に置かれた。遅れて底に車輪のついた大きな箱が廊下に出てきて、準備ができたようだ。楽士とバンドボーイの六人が廊下に勢揃いして、箱とともに歩き出した。


 しばらくするとホールの中が騒がしくなった。

 宴会が始まったせいだけでは無さそうだ。

 ドアが開いて、警備隊員が六人ほど出てきた。楽団員の後を小走りに追いかける。

「もう一度確認させてくれ」

 先頭の一人が楽団員に声をかけて、全員の顔をチェックしている。

 楽団員は、怪訝な表情をしながら、おとなしく立っていた。

「女王が消えた」

 他の警備隊員がドアを開けてハマオに言った頃、楽団員を調べていた警備隊員は一番大きな楽器の箱に手をかけ、中を調べさせろと言っていた。

 楽団員の一人が、下げているトロンボーンの箱の角から細くてしなやかな金属を引き出した。

 細い剣。

 六人の楽団員は、それぞれ異なった楽器の箱から特殊な剣を引き出した。

 そこにいた警備隊員が声もなしに崩れた。それぞれの体から血が吹き出している。

 ハマオは走った。

 部屋から出てきた数人の警備隊員も並走した。

 楽団員たちは信じられないくらい素早やかった。空を切り裂くように襲ってくる刃は、予想もしない動きだった。

 あっという間に、並走していた警備隊員たちは倒れていた。

 襲いかかる刃を避け、本能的に剣を振るった。何も考えない。ただ体が動くままに任せた。

 建物の入り口の方から守衛たちの一段がこちらに向かって走ってきた。ハマオの後ろからは新手の警備隊員が駆けつける。

 さすがに、これだけの人数が集まると荷物を運ぶことは無理だ。

 楽団員はハマオの足元で息絶えている一人を除き、窓を破って庭に飛び出て、走り、驚異的な跳躍力で塀を越えて逃げた。

 ハマオは、彼らを追わずに、置いていった大きな楽器箱を開けた。

 女王がいた。


「あまり良い考えだとは思いませんでした」

 女王はそう言って、腰を伸ばした。

 警備隊員が女王の腕をつかんで引き立てようとした。その腕を振り払い、女王は背筋を伸ばして自分の部屋に向かって歩き出した。

 ホールへやってきた時と同じ人数の警備隊員が、周りを取り囲み護送していった。




 

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元女王のためのパヴァーヌ 江藤 祐太郎 @ddpskink

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