2
二
女王は囚われていた。
彼女が民を裏切ったのか。民衆に責められ、検察に責められ、裁判で裁かれたが、彼女には自分の罪が理解できなかった。
この暗い牢獄に一年以上囚われている。もうすぐ二年になるのかもしれない。
何度責められても、民を裏切った自覚がわかない。現に、今でも彼女を支持する民が多くいるのを知っている。
何度も責められたが、彼女の心は平穏を保っている。あきらめと言っても良いのかもしれない。
もうこの世に興味はなかった。知った者を見かけることのないこの牢獄で、これから何年も過ごしていく。ただ、心を平穏に日々を過ごしていきたい。
しかし、何日も前から、ささやきが耳に入るようになった。誰にも分からないように、誰がささやいているのかも分からず、そのささやきは日付と時間を何回も彼女に伝えた。その時、彼女がどうすれば良いのかも。
自由になれる。
忘れていた希望が女王の心の中に灯った。牢獄の外の世界が彼女の心の中に広がる。
ささやきが始まった日から少し遅れて、知っている顔が彼女の近くに現れた。
勇敢で誰よりも強い兵士。
まだ捕われる前、本当の女王だった頃に勲章を与えたことがあった。
ハマオ。
三
軍の司令官からの命令は、捕らえてある女王の警備だった。
ずっと戦闘ばかりを行ってきたハマオは守備、警備の仕事などしたことが無い。それに、その仕事は軍では無く警察の仕事のはずだ。現に今、警察隊が女王の牢獄を警備している。そこに配置される軍人はハマオ一人だけだ。
「現政権の反対派が女王の身柄を保護しようと、要するに脱獄させようとしているという情報がある」
司令官の顔は憂鬱そうに見えた。どんな時も、こういう表情だとハマオは知っていた。
「牢獄を警備するとなると、それは警察の仕事だ。この情報を掴んでから、女王の周りには倍の二十人の警察官が配備されている。しかし、敵が本気になって襲うとなると、それでも不安だ。お前一人だけでも、戦闘の専門家がついていてくれると安心なのだよ」
ただ、直立不動で聞いているハマオに、司令官は気を許したような口調で語る。実は全く気を許してはいないこともハマオはよく知っている。
警察の警備隊はハマオの事を知っていた。
英雄。
警備隊長は、ハマオの指令に全面的に従うと言った。
思い詰めたような表情の男だった。
ハマオは、そっちが専門なんだから、警察は警察の判断で動いてくれと言った。ハマオは自分が必要となった状況で戦うだけだからと。
隊長は、少しホッとしたように見えた。
誰でも、自分の領分というものがある。それに悔いのないように全力を出せればいいのだ。
何かあったら、すぐに自分を呼ぶように警備隊長に伝えた。ハマオは警備隊と離れて、自分の好きなように動くことにした。こちらは一人だけだから休んだり眠ったりする時間が必要だ。警備担当は、隊長とハマオの両方に情報を報告することになった。
*
今の政権は、女王の反対派であるセリニが新たな王となって握っている。
女王が民を裏切り、国の資金を個人的なことに費やしていると言い出したのは民衆だ。もしかするとセリニの息のかかった連中なのかも知れないが。そんな非難が噂となって、枯れた草に火がつくように広がっていった。
大きなデモだった。仕込んである連中と噂を信じて騒いでいる連中と、そして大勢がそう言うから同じように動いている連中。
首都の一番大きな通りを、女王の宮殿を押しつぶすような多勢の民衆が満たした。
女王は民衆の前に出た。しかし、もう民衆は女王の言葉を聞いていなかった。
女王は、女王ではなくなった。
選挙が行われた。
女王の政党は女王以外の候補を立てなければならず選挙に敗れた。セリニが新しい王となった。票差は僅かだったのだが。
そして、検察の取り調べ、一方的な裁判が行われた。裁判は、新しい王セリニが全てを握っていた。裁判官はセリニの思う通りに判決を言い渡した。
ハマオは女王が本当に民衆を裏切ったのかどうか知らなかった。この国で、裁判が公平でないものであることは分かっている。女王の罪は誰も知らない。それでも、今の国が、彼女は民衆を裏切ったと言うのならば、軍人の自分はそれを前提に行動するしかない。
選挙に負けたとは言え、女王の支持者は未だに多くいる。
裁判の結果は、女王の残っているであろう寿命を遙かに変える年数の懲役である。セリニは完全勝利したのだが、女王を粗末に扱えない状況だった。多くの政策はうまくいかず全くの失敗ばかりだった。
選挙が行われてから二年経過しているが、セリニの昔からの支持者も批判的なことを口にするようになった。セリニとしては女王の支持層に対しても気を使わなければならない。
もうすぐ女王の誕生日が来る。
女王の支持者からは誕生日祝いを牢獄の中でさせてくれと希望が出ていた。そんな希望など無視すれば良いのだが、セリニは、これを受け入れて人気取りにつなげることも考えなければならない状況だった。
外の人間が牢獄建物に入ってくる。囚われの女王の救出作戦も十分あり得るだろう。
そんな事情がハマオの投入の理由のようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます